Moon Fragrance

刺さる純粋
02



 おっちゃんと2人で店のホールに置かれた冷蔵庫を覗き込みながら、ああでもないこうでもないと相談しながら、話してもらった。
 メテオを壊すためにロケットの整備をしたことは知っていたけれど、エンジンの指揮を執らせてもらったこと、シド兄とシエラお姉ちゃん、アバランチの人がそのロケットに乗ってしまったこと、皆ちゃんと無事に脱出できたことを聞いた。
 よかった。危険なことだったけれどシド兄のことだ、きっと宇宙を見られたと喜んでいるかもしれない。
 シスター・レイはミッドガルへの移設のために私がロケット村にいきなり頭を下げに行ったと聞いた。そしてうちの鉄工所の従業員だった皆を集めて八番街に短期間でシスター・レイを移設させたのだという。
 その話を聞いて、本社ビルの周りに鉄骨が落ちていたことに納得がいった。そんな普段ではあり得ない期間で支柱を作製し、建造すれば強度がないのは当然だろう。それをやり遂げたと言ってもいいのかは疑問が残った。
 そして発射前日におっちゃんたちに逃げるようにと伝えて、みんなは無事だったそうだ。運命のあの日、と呼ばれた日もなんとか助かり、他の皆も特に星痕症候群に罹ることはなく、全員生きているそうだ。それだけはよかったと心から思った。
 私が記憶を失ったのはそのときなんだろうか。棚の下敷きになっていたとは聞いたけれど、私は一体どこにいたんだろう。

「神羅がなにをすんのかは驚いたけどよ、あのシスター・レイが北の大空洞のバリアを破ってくれたから、俺たちも目標達成ができたんだぜ。そんな所でもねーちゃんに助けられてたとはな」
「せっかく会えたんだし、お礼にサービスしないとね」
「あんたいつでも店に来な。永年無料だ、無料!」

 バレットさんが豪快に笑って言った言葉に耳を疑ってしまった。永年無料だなんて、そんなことして大丈夫なの?
 ティファさんもそれがいいねと同意している。

「え、でもそんな……、気にしないでください。仕事でやったことなので」
「リクさんこそ気にしないで。旅をするのに本当に助けられたんだから」
「どんな旅をしてたんですか?」
「星を救うための旅だ。俺たちアバランチって言ってな――」

 アバランチ……? って、もしかして……。会社で初めてルーにあった日、私が押しつけられたハンドレッドガンナーを壊したテログループの名前だ。あのときは文句のひとつでも言ってやりたいと思っていたけれど、こんなに好意的に話してもらえて本当は悪い人たちじゃないんだと黙っておくことに決めた。
 星が星を守ったのだと聞いていたけれど、きっと彼らがいなければこうやって生きていることもなかったんだろう。
 楽しそうに話しているバレットさんの話を聞きながら、おっちゃんと冷蔵庫の修理を進めていると小さな影が差した。見上げると女の子が覗き込んでいた。

「こんにちは」
「こ、こんにちは」

 女の子は少し恥ずかしそうにしながら、ニコッと笑った。この子は、誰だろうと思っていると、すぐ近くでバレットさんが自慢げに口を開いた。

「俺の娘でな、マリンってえんだ。マリン、ねーちゃんな父ちゃんたちの命の恩人だ」
「ほんと?」
「言いすぎな気もするけど、ホント、なのかな?」

 私がそう言うと、バレットさんが言いすぎなんかじゃねえよとまた豪快に笑った。

「リクっていうの。よろしく、マリンちゃん」
「よろしく、リクお姉ちゃん! とーちゃんたちを助けてくれてありがとう!」

 真っ直ぐにそう言われて、私はなんだか恥ずかしくなってしまった。はにかみながらまた修理を進めると、マリンちゃんがずっと興味深そうに冷蔵庫を覗き込んでいる。

「気になる?」
「うん。リクお姉ちゃん凄いね。女の子なのに」
「ありがとう。私ね、ロケット村にあった鉄工所で育ったの。私のお父さんもお母さんも、こうやっていろんなものを作ったり、修理したりして仕事してたんだ」
「嬢ちゃん、こいつな、こんなことばっかやってるから男っ気が全くなかったんだ。好きなことばっかやってるのもいいけど、ほどほどにな」
「もう、おっちゃん!」

 私は終わり終わり! と誤魔化すように言って冷蔵庫の裏蓋を閉じに掛かる。そんな私にマリンちゃんが、お姉ちゃん好きな人いないの? なんて聞いてくるから逃げ道を塞がれた気になってしまった。
 それをおっちゃんどころか、ティファさんもバレットさんも笑っていた。子供に余計なこと言わなくても!

「いなくは、な、うぅ……」
「どんな人?」
「どんな!? ええと……」

 え、それをここで言うの? おっちゃんがいるのに?
 おっちゃんの方をみると、さっさと言っちまいなと言いたげな顔でこちらを見ている。

「んと、かっこよくて、綺麗で、優しい人、かな。強いけど、たまに心配になるの」
「大好き?」
「う、うん。すごく」
「マリンね、とーちゃんが好きなの! 大きくなったらとーちゃんと結婚するんだ!」

 それを聞いた瞬間、バレットさんが雄叫びを上げて喜んでいた。そのままマリンちゃんを抱き上げて、泣きそうな勢いでグリグリと頬ずりをしている。マリンちゃんが髭が痛いなんて言いながらも楽しそうにしていた。
 私も小さい頃、よく同じことをされていたなと思い出して懐かしくなった。

「リクお姉ちゃん、その人と結婚できたらいいね!」
「けっ!?」
「もー、マリンったら。お姉ちゃんびっくりしてるよ」

 本当に驚いている。驚きすぎて、声が裏返ってしまった。きっと今の私は百面相をしているに違いない。
 意識して火照ってしまった顔をどうすればいいのか考えていると、お店のドアが開いてレノさんが戻ってきた。今まで大きな声で笑っていたバレットさんの空気が変わった。

「なんでてめえがうちの店に来やがる」
「用があんのはアンタじゃないぞ、と。そこの姉ちゃんだ」
「なに?」

 バレットさんがマリンちゃんを下へ降ろすと守るように、私と一緒に背に隠した。

「バレットさん……!」
「ねーちゃんは心配すんな」
「バレット、違うの! レノはリクさんを迎えに来ただけ」
「あん? 迎え?」

 意味がわからないとでも言うように、バレットさんが私とレノさんを交互に見ている。
 そうか、バレットさんはさっき自分たちはアバランチだと言っていた。神羅カンパニーのタークスであるレノさんたちと彼らは、元は敵同士なんだ。
 私、ここに来ないほうがよかったんじゃ……。

「おめえさん、神羅のところにいるのか」
「は、はい……」
「威嚇すんじゃねえよ。ほら、姉ちゃんがそんな顔しちまっただろ。帰るぞ、と」
「わかりました」

 守ってくれているバレットさんの横を通り過ぎて、私は振り返った。

「ごめんなさい。わたし、もうここには……」
「とーちゃん!」

 言いかけると、マリンちゃんが腰に手を当てて怒ったように声を上げた。それにバレットさんが、バツが悪そうにガシガシと頭を掻いた。

「父ちゃんは、ねーちゃんにじゃなくてだな……、その……。あー! あんたなら歓迎だ。いつでも来な!!」
「うん。リクさん、また来て。今日のお礼もしたいし」

 バレットさんがニカッと笑って私の方を向いて勢いよくそう言った。ティファさんもそれに頷いて、微笑んでくれる。

「ありがとうございます」
「マリン、またリクお姉ちゃんとお話がしたい!」
「ありがとう」

 マリンちゃんと視線を合わせるように屈んで言うと、マリンちゃんも眩しいくらいに笑ってくれた。
 立ち上がっておっちゃんの方を見ると、行け行けと手を振った。

「ごめん、最後までできなくて」
「もう終わってんだ、あとは大丈夫だ。心配すんな。文句言われたくねえから、さっさと行け」
「ありがとう」
「リクさん。シドがロケット村に戻っているの。機会があったら顔を見せてあげて」
「はい」
「んじゃ、行くぞ、と」

 私がレノさんに続いて店を出ようとしたら、後ろからマリンちゃんがまたねと言ってくれた。それに振り返って、手をバイバイと振った。
 時々、私がちゃんとついて来ているかを確認しながら前を歩いていくレノさん。その後ろ姿に声を掛けようとして、レノさんが先に口を開いた。

「気にすんなよ、と。一般社員だったアンタには関係のない話だ。アイツらだって、そんなこと気にする奴らじゃねえ。来たけりゃまた来りゃいいさ」
「ありがとう、ございます……」
「随分楽しそうだったじゃねえか。顔が茹で蛸みてえだったけど、なんの話してたんだ?」

 茹で蛸って……。私、そんなに真っ赤な顔してたの?
 純粋すぎる女の子の言葉にそんなに過剰反応していたなんて、思い出しただけでも恥ずかしい。そして結婚という言葉を思い出して、また顔が熱くなった。そんな私を見たレノさんが本当に可笑しそうにケラケラと笑っている。
 結婚なんて、考えたことない……訳ではない。つい先日思い出した記憶の中に、いつだったか本社ビルの医療フロアでハイデッカー統括と居合わせた際に、ルーが私を婚約者だと言って処分をさせないようにしてくれたことがあった。あのときも、凄く慌てたのを覚えている。
 まだ思い出せない記憶の中で、そういう話があがったことはあったのかな。
 できることならずっとルーの側にいたい。ルーとそうなれたら、きっと誰よりも幸せだと思える自信があった。でも、世界がこんなときに結婚のことなんて考えられない。考えちゃいけない、気がした。
 それに私はまだ、思い出していないことがたくさんある。飛空艇で会ったという彼女たちのこと。処刑なんてなんのことかわからないし、どうして私が記憶を失っているのかも棚の下敷きになって頭をぶつけたらしいということしかわからない。
 ――話がある。すべて終わったら、聞いてくれるか?
 今、ふと頭の中に聞こえたのは、ルーの声? 頭痛はしなかった。すべて終わったら? 話って、なんのことだろうか。聞いたら答えてくれるかな? 知りたいことが山ほどある。
 こんな状況でも前を向いている彼。彼の隣にいたいと願うなら、私もそろそろ自分と向き合わないと。少しだけ記憶を取り戻した日の夜、彼に言われたんだ。愛していることに変わりはないと。でも、その言葉に甘えてはいられない。彼が愛してくれている私は、きっとうだうだしている今の私じゃない。
 どんな形であれルーと共に生きていきたい。それは私が、私自身に胸を張って彼の隣にいられるようにならなければ。
 思考を飛ばして黙り込んで立ち止まった私を、深刻そうな仕方ないといった顔でレノさんが見ている。
 またひとつ、大切な夢が、できてしまった。それは、持ち続けてきた夢と同じように、今の私にとって叶うかどうかわからない、心細いものだった。
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