Moon Fragrance

5月23日 雨音のように
雨音のように



今日のお店は静かだった。昼前に降り出した雨に、電化製品を持ってくるお客さんはなかなかいない。仕事も落ち着いてできたし、ノルマとプラスアルファは余裕で終わらせられた。あとはもう暇だからと、雨音を聴きながら店のカウンター椅子に腰掛けて本を読む。雨が地面に打つ音、窓に当たる音。たまに窓の桟に当たった水滴がトコンと音を鳴らした。
 ゆったりとした時間にページが進む。日の暮れはじめた店内は薄暗くなっているけれど、私にそれを気付かせたのは左頬に触れた柔らかな感触だった。本から視線を上げると、私の横には仕方なさげに微笑むルーが立っていた。

「もう店じまいしたらどうかと来てみれば、随分と読書に集中している」
「お客さん来ないし、雨の音が心地よくてつい」

 へへっと笑うと、ルーが釣られたようにふっと笑った。さて、言われた通り今日は店を閉めようと立ち上がるために本を置いたら、カウンターに手をついたルーが顔を覗き込んできた。近づいた顔にドキッと心臓が跳ねた瞬間、唇がそっと重なる。もういいかげん慣れてもいいころなのに時間がゆったりに感じているせいか、そんな不意のキスの数秒が長く感じて、固まるしかなくなる。

「……ここ、お店だよ」

 離れた影に相変わらずのなんとか絞り出した言葉を、ルーはいつものように悪戯に笑うだけだ。そして最後にもう一度、一瞬だけ唇同士を触れさせて雨音のように優しい声が呟いた。

「手伝おう」
「もう……!」

 私が膨れはじめるのが早いか否か、ルーはクローズドの札を掛けに店の玄関へと向かっていた。窓のカーテンを下ろしに行けば、きっと捕まる気がして私は動けなかった。
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