Moon Fragrance

6月6日 雨に想う
雨に想う



 仕事に集中していたからふぅと息を吐いて顔を上げると、ルーが窓際で肘をついた手に頭を乗せ、静かに目を閉じていた。私に仕事があって、彼に仕事がない日のルーの定位置。その膝の上には開いたままの本が。
 外は大雨。部屋の灯りをつけていても、どこか薄暗い。私も無言で仕事しているだけから、眠くなっちゃうよね。
 雨の音も心地いいし、止みそうにもない。数日は雨続きだし、お出かけにも行きづらい。早く晴れたらいいのに、と思いながら私は椅子から立ち上がる。静かにルーの近くへと寄って、どうしようと悩んだ。体が痛くなっちゃうだろうから起こしたいんだけど、ルーも最近忙しいしうたた寝でも寝かせてあげたい気もする。それでも起こそうと、顔を少し近づけて手を伸ばしたとき、ふわりと甘い香りが漂って手が止まった。雨の匂いと混ざり合って、懐かしいと感じたその香りに、胸がキューッと締めつけられるような気がした。
 それは今の私だから分かる、愛おしいという気持ち。
 あれは雨の日だった。あのとき、私が誰かにこんな感情を持つ日が来るなんてちっとも思っていなかった。ただひとりの人に、大切にしてもらえる日が来るとも思っていなかった。いつも一緒にいるのに、改めてちゃんと見る整った横顔に自分の顔が綻ぶ。深呼吸をするように静かに息を吸って、さぁともう一度手を伸ばすと、バサッと大きな音が鳴って驚いて固まってしまった。ルーの膝から読みかけの本が落ちたらしい。

「……ん、寝ていた、の、か?」

 起きたのか大きく息を吸ったルーがゆっくり目を開けると、固まっている私を見て彼も固まった。

「あ、えっと……」

 静かに起こそうとしていたから思った以上に顔が近く、まるで頬にキスしようとしているようにも見える。

「起こしに来たん、だけど……」

 本当なのに言い訳に聞こえる理由を呟いて、私は姿勢を正して顔を背けてしまう。ふっと笑ったルーが、私の手を引いて横抱きに膝の上に座らせた。そのまま捕まってしまって、もっと近くなった距離に甘い香りがもっと香る。ルーと懐かしい匂いに包まれるまま、私は頭を素直に彼の肩に預けてみた。
 雨の音が優しい。それに釣られるような優しい気持ちに、私は今度は起こすとは違う意味で顔を近づける。ルーの頬にそっと唇を触れさせて、愛おしい気持ちに自然と言葉が漏れた。

「ねえ、ルー。……あいしてる」

 どうした? と言いたげだけれど、なにも聞かないルーは、私をもっと引き寄せるように抱きしめる腕に力を入れた。

「オレも愛している」

 乾いた地面に水が染み入るように、低い声が心を満たす。私はまたルーの肩に頭を預けて、少しのあいだ抱きしめていてもらうことにした。それで幸せだったのに、ルーが首を捻って私の顔を優しい手つきで上を向かせた。ゆったり重ねられる唇に、うっとりと息が漏れてしまいそうなほど幸せな気持ちが強くなる。雨が続いたって、悪くない。
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