Moon Fragrance

6月25日 安らぎの場所
安らぎの場所



 最近は梅雨入りしたせいか雨の日ばかりだ。数年前の怪我が痛むのか、天気の悪い日が続くとルーは肘掛けについた腕に頭を乗せて怠そうにソファーへと腰掛けていた。
 私が仕事を早めに終えてリビングに向かうと、いてくれていたレノさんが入れ替わりでそそくさと出て行った。ルーの空いているほうの手の指が、自分の膝の辺りをコツコツと打っている。どことなく部屋も薄暗いし、ルーの機嫌が悪そうに見えるから落ち着かなかったみたいだ。
 全身を怪我していたルーほどではないけれど、私も以前に骨折したところが痛むことがあるから、気怠く感じてしまう気持ちが分かる。

「痛む? 薬持ってこようか?」
「いや、いい。数日先までこの天気だろう」

 静かに声をかけると、薬を飲み続けることになるからと溜め息をつきながらルーは首を横に振った。ベッドに行こうとも聞いたけれど、また首を振って私の手を引いた。

「ここにいてくれ」

 気怠げな重たい声で言われた頼みに、私は分かったと隣に腰掛けた。ルーが背もたれにもたれた私の腰に腕を回し、肩へと頭を置いた。
 目を瞑ってふーっと息を吐き、私の肩に頭を預けるルーの眉間には深い皺が刻まれている。体の痛みで力が入っているみたいだ。思わずその皺の部分を人差し指で軽く揉んでしまった。流石のルーも驚いたのかハッと目を開いて頭を持ち上げた。

「あ、ごめんね。でも、眉間に皺ができてる。頭も痛くなっちゃうよ」

 なにをするんだと言わんばかりの表情に、私は言い訳する。それに少し表情が柔らかくなったけれど、まだ目元は険しいままだ。ルーの目線が横へと動いて、一瞬間考えたあと口を開いた。

「リク」
「なあに?」
「すまない。少しだけ……」
「ん……」

 ルーが言い終わらないうちに頬に手を添えられ、少し体をこちらへ捻った彼に唇を重ねられた。驚いていると珍しくねだるように上唇を喰まれる。唇で挟んで軽く引っ張って、離してはまた喰んだ。
 ちゅうっと湿った音を鳴らして離れると、その唇は頬に、顎のラインに、そして首筋に柔らかい感触を残していく。また頭を私の肩に預け直したときには、満足したような息を吐いて表情が和らいでいた。

「少し落ち着いた」
「よかった……?」

 目を瞑ってポツリと呟いたルーに、今ので落ち着いたの? 私は逆に心臓が煩いんだけれどと思ってしまった。不思議に思っているうちにルーの呼吸が静かになってくる。本当に落ち着いてどうやら眠気がきたようだ。もしかして夜も痛みで眠れてなかったのかな……。本当に我慢する人だと思う。
 そう考えながら穏やかに眠っているルーの頭を少し撫でてみた。腰に回っていないほうの手を繋いで、私も気づけば眠ってしまう。起きたときには、今度は私がルーの肩へと頭を預けていた。腰に回っていたはずの手は、私の頭を抱えるように撫でていた。

「ん……ごめん! 体、大丈夫?」

 頭を上げて慌てるとルーがにこやかに笑った。

「ああ。今はもう痛くない。オレのほうこそ悪かった。だが、助かった」
「どういたしまして。ねえ、もしかして最近、あまり眠れてなかった?」
「そんなことはない。薄暗いからな、リクがいたし心地よくなってしまった」

 あんなふうにキスして、唇だけじゃなくて首にだってしてたのに、その心地よさって一体、ええと……どっち?

「あれで?」
「安心する」

 私はすっごくドキドキしてたのに、ルーは安心するんだと思っているとクスッと笑い声が聞こえた。リクは違うのか? と体を寄せてくる彼から逃げようと立ち上がった。

「ば、晩ご飯をそろそろ作らないと……」

 もうバレてるに違いないのに、往生際の悪い私の手をルーが捕まえた。綺麗な目が私を見上げている。その目は優しく細められていた。

「また、頼んでもいいか?」
「うん!」

 静かで心地のいい声に、私はにっこりと笑い返した。
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