Moon Fragrance

2月14日 大本命



 バレンタインの朝、イリーナさんがルーと、他のタークスのみなさんを昨日の宣言通りに追い出しにかかった。レノさんはルードさんを連れ立って半笑いで、ルーもツォンさんを連れて出掛けて行った。レノさんとルードさんは分からないけれど、ルーはきっと事業のために新たに建てた事務所に行くだろう。そして私はイリーナさんに預けてあった、昨日買った下着を受け取った。

「ありがとうございます。洗濯までしてもらっちゃって」
「いいえ、自分が買ったもののついでですし、これくらい。さあ、見つからないところに隠してきてください!」
「はい」

 私はその綺麗に畳まれた下着を、洗面所のたくさんストックしてあるバスタオルの下の方に挟んで隠した。棚の扉も閉まるし、ここのバスタオルを使うのはルーと私だけ。わざわざ下から取るなんてことはないから見つからないはずだ。それに、お風呂から上がればすぐに着られる。今からなんだか緊張するな……。
 そして、私はまたキッチンへと戻って、イリーナさんと2人でチョコレートの準備をする。いつもお世話になっているタークスのみなさんには、チョコレートトリュフ。板チョコと、生クリーム。数種類のナッツとドライフルーツ。模様をつけるためにチョコペンを。
 ルーにはそれと、生チョコを渡すつもりだ。同じく板チョコに、生クリーム、無塩バター。そしてココアパウダー。少しビターに仕上げて。洋酒を混ぜ込んだから、私は食べられないのでイリーナさんに味見してもらった。
 余ったチョコレートはクッキー生地を作ってタルトにし、流し込んでショコラタルトに。
 分量を間違えないようにしっかり測って、生地を寝かせたり、チョコを分離させたりしないように気を遣う。普通にご飯を作るよりもなかなかに疲れる作業だった。時間はあっという間に経ち、全部のラッピングが終わったころに、みんなが帰ってきた。

「今帰った」
「おかえりなさい。ごめんね、追い出しちゃって」
「構わない」

 そのあとはいつも通りみんなで夕食を食べて、ショコラタルトをデザートに食べながら包みを渡していく。それぞれに美味しいと言ってもらえてほっとした。
 ルーは先に食べ終わると、ソファーでゆったりと食後のコーヒーを飲んでいた。私はその隣に腰掛けて、小さな声で話しかける。

「ルーの、まだあるの。あとで別に渡すね」
「楽しみにしている」

 ルーはそう言うと、微笑みながらコーヒーに口をつけて私の手をそっと握った。それに嬉しくなる。
 みんなが解散し、私たちもお風呂に入ってあとは寝るだけ。先にルーに入浴してもらって、今日の私は落ち着かずにソファーで待つ。なにかの拍子にバレなければいいけれど、心配だ。
 膝を抱えて、見る気もないテレビをぼーっと眺めていると、脱衣所のドアが開いた音がした。

「待たせたな」
「う、うん……。あ、の、ねぇ、ルー。今日は、ソファーで待っててくれない?」
「分かった」

 頷いてくれたルーに、私はじゃあと立ち上がって逃げるように、入れ替わりに脱衣所へと向かう。小さく息を吐いて、一度バスタオルの入れている棚の扉を開いた。乱れてはいないようだし、ルーの様子も普通だったからバレてはいないみたい。
 私は急いで、それでも丁寧に体を洗う。熱めのお湯を被って、自分を落ち着かせた。緊張する……。
 体を拭いて、バスタオルのストックに挟むように隠しておいた下着を探り出した。まずは溜め息をひとつ。それから深呼吸。
 私がこんなの着てて、やっぱりルーは引いたりしないかな。店員さんのベタ褒めは営業トークだ。私にはこれが本当に似合っているかなんて、分からない。でもここでずっと逃げてるわけにもいかないし、一度でも着なければこれをどうするかなんて……。
 私は思い切って、その下着を着た……。慣れないショーツの紐も、店員さんに教えてもらった通りに結んでみた。それは少し、布の面積が小さい。透けている胸も気になるし、紐も解けたりしないよね?
 心臓がドキドキ言っている。今はまだ、上にパジャマを着るのに。脱衣所から出るドアのノブを握って、そこでもまた深呼吸。よし。

「お待たせ。もうちょっと待ってね」

 私はまずキッチンへ向かって、渇いた体にミネラルウォーターを流し込んだ。冷蔵庫を開けて、少し奥のほうへ置いておいたルーへあげる包みを出して、それを持ってソファーに座っている彼の隣へと座った。

「どうぞ」
「ありがとう」

 頑張って綺麗にラッピングした箱をルーのほうへと差し出した。ルーがそれを受け取って、丁寧に包みを解いていく。そしてその手が、じっと箱を見ていた私の頬をくすぐった。

「リク」

 私を呼ぶ甘く低い声が、なにを言いたいのかが分かる。滅多にない、ルーが甘えてくるとき。食べさせてくれと言う、合図。

「はい」

 私は一口サイズに切り分けている一粒を取って、ルーの口元へと差し出した。それをルーが口を開けて迎え入れる。私の指先に、柔らかい唇の感触を残して。もう、と私は熱くなった顔を背ける。それにルーがクスッと笑った。

「甘さもちょうどいいし、オレンジか。洋酒の香りもいいな。美味しい」
「よかった。味見はしてもらってたんだけど、やっぱり分からないから」

 それを咀嚼して飲み込んだルーが、おいしいと言ってくれてほっとした。本当は自分で味見したかったんだけど、そのあとはずっと寝てしまうだろうし。

「リクは食べないのか? 美味しいぞ」
「お酒入ってるから……」
「今はオレしかいない」
「いいの! ルーに作ったんだもん、食べて。はい、もう一個」

 今、ここでもアルコールを摂取して、台無しにしてはいけないと誤魔化すように、もう一粒ルーのほうへと差し出す。それを分かったと笑ったルーが、また口へと入れた。
 どうしよう。いつ、切り出そう。どうやって、切り出そう。バカなことに、いっぱいいっぱいだった私はなにも考えていなかった。
 寝室に戻ってから? でも今、チョコを楽しんでくれてて、いい感じだと思うし。このあと歯を磨きに行ったら、途切れちゃう気がする。

「さっきからなにをソワソワしている」

 考えて黙り込むと、ルーが私の顔を覗き込んで、ゆったりと口付けてからそう聞いた。カカオの香りと、お酒のオレンジの香りがした。それだけで少し、ふわっとする。

「そんな、こと……」
「なにか企んでいるのか?」

 もっと近づくルーの体に、私は気圧されるようにソファーへと横になってしまう。それに覆い被さる彼の唇が、私の喉に触れた。

「オレのほうを見てくれない」
「まって……、お願い」

 拗ねるような言い方に、私はなんとかルーの胸を押し返して離れてもらった。それにルーが体を起こして座り直し、少し納得がいかなそうに腕を肘掛けに置いた。私もなんとか体を起こして、胸に手を当てて1度深呼吸した。心臓が今にも口から出てきそうだ。
 ルーのほうを恐る恐る見て口を開く。たぶん、今、なんだ。だって、じゃないと、なんのためにこれを買ったというか、買わされてしまったのか分からない。それにルーが探るように私を見ている。

「あの、その……。凄く恥ずかしいんだけど、見て、て……」

 そう言って私は自分のパジャマのボタンに手を掛けた。震える手でゆっくりとボタンをひとつずつ外していくと、ルーの目が思った以上に釘付けになっている。少しずつ開かれた中に見えるのは、繊細なレースが垂れ下がる淡い水色のランジェリー。イリーナさんと店員さんに押し切られて買った物。
 全てのボタンを外し終えて、私はハラリとパジャマを落とした。暖房はついていても、少しの肌寒さに肌が粟立つ。そして今度は立ち上がってズボンにも手をかけた。躊躇って、まるで焦らすように脱いでしまったそれも床へストンと落とすと、結ばれた紐で留まっているだけの、心許ない布に見えるショーツが現れた。
 もう今更なのに、やはり透けている胸が気になって、恥ずかしさに手で隠そうとする私を見るルーの口元には、笑みが浮かんでいた。
 胸の先は、既に芯が通ったように固くなり、ツンとした痛みを感じる気がした。それは透けた布の刺繍の合間に、ぷっくりと形を主張させていた。

「隠さずに見せてくれ」

 そう言われてもなお、手を退けようとしない私の手を取って、下へとおろさせる。恥ずかしさに目をぎゅっと瞑って、緊張で息が少し早くなった。

「目を開けてこっちを向け」

 優しくも低い声でそう言われ、私は恐る恐る目を開けてルーを見る。透き通った綺麗な青い瞳と目が合った。いつものように、絡んだ視線に目を逸せなくなる。口元は笑っていて、細まった目に射抜かれた私は身震いした。
 ルーに手を引かれて、私はソファーの座面に膝を、彼の肩に手をつく。近くなった距離に、ルーの大きくて綺麗な手が私の頬を包んだ。

「可愛いぞ、リク」
「わ――」

 私じゃない、とは言わせてもらえなかった。

「下着も可愛いが、似合っているリクが可愛いんだ。ちゃんと分かっているな? その色も、いつも以上に雰囲気が柔らかくなっていい」

 自身のない私を、ルーがこれでもかと褒めてくれる。それだけで頭から湯気が出そうだ。

「もっと近くにおいで、オレの可愛い人」
「はぁ……ん」

 ルーが私を引き寄せて、透けて主張している胸の尖りを布の上からそっと舐め上げた。暖かくざらりとした刺激に、私は喉を反らせて天井を見上げる。ルーの手が垂れ下がるレースの下に入り込み、腰を優しく抱いて口が胸を覆った。その熱さに腰が砕けそうになった。

「んっ……」

 ルーの指が、ショーツと肌のあいだに入り込み、お尻をするっと撫でた。その感触に負けて、私はルーの頭に抱きついてしまう。ルーの口に押しつけられた胸は、熱く濡れた舌が何度も往復して吸いつかれた。どんどん息が上がってくる……。

「バレンタインの本当の贈り物はどちらだ? チョコレートか? それともリクか?」
「え? ぁ、ぁぁ……」

 そう聞いてくるルーの息も荒く、声だけで蕩けそうなほどに熱い。
 バレンタインの贈り物は私じゃなかったのは確かなんだけれど、なんでこんな状況に……。ルーも興奮しているみたいで、私の肌を掻き抱くようにまさぐり、胸を舌先で弄っている。広がる唾液の染みがヒンヤリと冷たい。

「まって……ひぁっ」
「こんなご馳走を前に待てると思うか? じっくりと味わってやろう」

 ルーはそう言って、まるでプレゼントのリボンを外すように、ゆっくりと丁寧に、私のショーツの紐を解き始めた。私はそのまま、チョコレートのように溶かされて、一晩かけてルーに食べられることになった。
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