Moon Fragrance

2月15日 決定事項
決定事項



 目が覚めると流石にオレも体が怠かった。あれだけ遅くに寝ても、起きる時間はそう変わらない。何時に寝たかは覚えていないが、相当遅い時間だったことだけは確かだ。隣で寝ているリクは、深い寝息を立てている。これは当分起きないだろう。
 上は着せたままだったランジェリーの隙間からは……、いや、それどころか全身に無数の口付けの痕と幾つかの歯形が残っている。気持ちが昂りすぎてどうもやり過ぎたらしい。
 だが、リクのこんな姿が見られるとは夢にも思っていなかった。彼女の頭の中にランジェリーの選択肢がないことも、恥ずかしくて本来は着たくないということも分かりきったことだ。それがどうしたことか、胸の先まで透けて見えているような大胆なものをいきなり身につけるとは。
 昨日の、手で隠しながらも潤んだ深紅の瞳でオレを見るリクを思い出して、また昂ってきた。目を瞑って深呼吸をすると、立ち上がって適当な物を羽織り、シャワー浴びにいく。その後に今日の仕事はいいとアイツらに伝えて、寝室へと戻った。流石にこの状態のリクを1人にしておくのも可哀想だ。オレも少し寝直したい。
 再び抱き締めて眠りにつけば、その数時間後か、リクがもぞもぞと動いて目を覚ました。

「んー……? いたーい!」
「りく……?」
「わぁっ!」
「どうした!?」

 体を起こそうとしたリクが、うずくまったあとに大声で彼女らしい悲鳴を上げた。それにまだ眠りの淵にあった頭が覚醒し、オレは飛び起きた。
 見下ろすと、リクが涙目で、これでもかとオレを睨みつけている。

「ルーのばかばかばかばか!」

 リクがオレの二の腕の辺りをぽかぽかと叩いているが、力加減はしているようで全くもって痛くない。恐らく、体中に付いている痕のことを言っているのだろう。

「リクが可愛くてつい、な」
「もう着ない!」
「それは……、それは、困る」

 リクの泣きそうな宣言に、オレも思わずわけの分からないことを口走る。なにが困るだ。困りはしないが、たまの楽しみくらいなら譲歩してくれないだろうか。

「こま、る……?」

 当たり前にリクも戸惑いの声を上げる。彼女の目尻に溜まった涙が、ポロッとこぼれ落ちた。さて、どう丸め込んだものか。
 オレはもう一度横になり、リクの目元を拭った。

「せっかく可愛いのに、もう見られないのは、な」
「だって、こんなに……」
「悪かった……。初めて目にしたから抑えが効かなかったんだ」

 見慣れれば大丈夫なはずだと呟けば、リクがヒクッと声を漏らして身を硬くした。その後すぐに、なにかを考えるように黙り込んでしまう。そんなリクの頬を撫でていると、彼女がポツリと呟いた。

「のど、いたい」
「ああ」
「せなか、いたい」
「うん」
「こしもいたい」
「そうだな」
「あしも……」
「悪い」
「からだじゅう、ヒリヒリする……」
「すまない」
「……」

 痛いところを上げていくリクが、オレに擦り寄って顔を押しつけてなにか言ったが聞き取れない。

「リク? なんと言った?」
「……って」
「ん?」
「かわいいって、いって……」

 そうやってオレの罪悪感を煽ろうとしなくても、何度だって言ってやるのに。どうやったらもっと自信をつけてくれるのか。

「可愛いよ、リク」

 覆い被さるように額に口付けて言ってやると、耳まで真っ赤に染めている。そんなリクがオレを見上げて、嬉しそうにはにかんでいた。

「変じゃない?」
「もちろん」
「似合ってる?」
「とてもよく似合っている」

 耳元で囁いてやると、体を縮こまらせてオレの胸に頭を擦り寄せてくる。

「もっと見たい」
「っ……」

 ダメ押しにそう言えば、リクが息を詰まらせた。また悩んでいるのだろう。彼女の唇が、いつものように尖っている。子供のころからの、なにか言いたいときの癖だ。もうひと押しか? そう考えていると、リクのほうが先に口を開いた。

「たまに、なら、いいよ……」

 消え入りそうな声で呟かれた言葉に、オレの口元が自然と綻んだ。ああ、ホワイトデーは決まったな。
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