Moon Fragrance

11月26日 あの日してやれなかったこと
あの日してやれなかったこと



 もうすぐ昼時だと、ミーティングを終えて今日も仕事に熱中しているであろうリクを呼びに行こうと部屋を出た。すると、珍しいことにリクが既にリビングのソファーに座ってぼーっと宙を眺めていた。
「リク、今日はどうした? キリ良く終わったのか?」

 そう問いかけながら近づくと、緩慢な動きでリクが振り返った。オレを見上げて目をパチパチと瞬かせる動作すらゆっくりだ。何か様子が変だ。起床した時点ではいつも通りだったはずだが。

「リク?」
 
 呼びかけてリクの隣に腰掛けると、リクが珍しく自分から擦り寄ってきた。

「るー?」
「ん?」
「あのね、寒いの……」

 ポツポツと話し始めたリクは、最初は仕事部屋の暖房で凌いでいたらしいが、寒気は治らずただただ部屋の空気が悪くなっていく一方で、切り上げてきたそうだ。

「まだ熱はないな」

 リクの額に手を当てて体温を確かめる。平熱と言える温度だ。きっとこれから上がっていくのだろう。

「他に何か異変は?」
「あとね、腰が痛いかな」
「わかった。寝室に行こう」

 そう言ってリクを抱き上げる。そんな状態でも恥ずかしさはあるようで、自分で歩けるよと言うのを聞かずに階段を上がった。

「あれ? リクさん?」
「熱を出しそうだ。起きたら消化にいい物を作ってやってくれないか」

 ちょうどミーティングルームから出てきたイリーナにそう告げて、向かいの寝室へと入る。リクをベッドに下ろす際に、何も食べたくないとごねる彼女を布団を掛けながら宥めにかかった。
 薬が飲めないぞ言えば、それだけで大人しくなることにはまだ素直だった。

「ねえ、ルー。風邪だったらうつしたくない……」

 と思えばこれだからな。

「ここはオレのベッドでもある」
「じゃあ私がソファーで……」
「体調の悪い妻をソファーで寝かせる夫がいて溜まるか。それにオレはもう星痕ではない」
「そう、だけど……」
「諦めろ。本当は?」

 笑って問かければ小さな声が返ってきた。

「ここにいてほしいな」
「最初からそう素直になればいい」

 寒いのか布団を引き上げて口元まで覆うリクの頭を優しく撫でる。それが嬉しいのかふふっと声が聞こえた。
 布団を一枚追加してやり、頭を撫でていれば目を瞑ってなんとか眠りにつく。眠りが浅いのか、2時間ほど寝たところで目を覚ましたリクは、予想通りに熱が上がっていた。
 腰が痛いのかうぅっと声を漏らして体勢を変えるが、オレがちゃんとここにいたことに安心したようで、オレの手をペタペタと触っている。その手は熱く、力は弱かった。

「寒気は?」
「今は暑いから大丈夫」
「食事をして、薬を飲んでもう一眠りだ」

 弱々しく分かったと頷くリク。イリーナが用意したスープをなんとか飲みきり、再び横になった。熱を出したリクのそばにいるという、ヒーリンでしてやれなかったことをやっとしてやれた。
 甘え下手なリクを、元気になるまで嫌と言うほど甘やかしてやろう。寝苦しそうなリクの手を握り、髪を梳いていれば、静かな寝息が聞こえてきた。
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