Moon Fragrance

12月14日 何度でも
12月14日 何度でも



 一層、冬へと近づいた冷たい風が頬を撫でていく。夕方ごろにヒーリンへと着いて、軽い夕食の予定。私としてはまだ時間をかけず比較的簡単に作れるシチュー。そして付け合わせにバケットとヤングコーンのベーコン巻きを用意することにした。

「なぁ、その鞄にはなにが入っているんだ? 随分と膨らんでいるが」

 車を降りたときにリュックを見たルーにそう尋ねられる。確かにちょっと泊まるだけで荷物は多いように見えるかも。でも重くはないし、今はちょっと見られたくない大事なものが入っている。

「えっと、これは、その……。あとで!」
「持つか?」
「ううん。大丈夫。ありがとう」

 それならいいと、少し不思議に思われながらも私はなんとか断った。そのリュックを寝室へと置きに行って、ベッドの準備がてら一息つく。流石に車で2時間はちょっと疲れるようになったかな。今日は日帰りじゃないからマシだけれど、やっぱり寒くなってくると体が鈍くなるかも。
 ルーはまだ書類仕事があるからと書斎へ行っちゃったし、送ってくれたツォンさんはすぐに待機部屋に引っ込んじゃった。ふぅと息を吐いて、私はキッチンへ向かうことにした。
 夕食の準備をしないとね。シチューの具材はあらかじめ家から切ってきた。お肉も冷凍してきたのがいい感じ溶けている。人数の関係で明日の朝もシチューになっちゃうのは許してもらったから、よし作っちゃおう。
 できあがるころにはルーもツォンさんもリビングに集まって来たけれど、ツォンさんはお皿を持って部屋へと戻ろうとしたのを引き止めて、みんなで一緒に食べた。運転と護衛のためについて来てくれたとは言え、1人は寂しいよ。結局食べたらさっさと戻ってしまったんだけれど。
 あとはお風呂にお湯を張って、寝る準備だけはしておく。観測が終わったらすぐに眠れるように。そしてルーに随分と膨らんでいると言われたリュックの中身もこのあいだに用意しなきゃ。しかも、彼にバレないように。

「あの、ルー? 流星群を見る準備したいから、その……」
「ああ、先に入っておいで」
「ありがとう!」

 流星群を見る準備といっても、ちょっとだけ違う。まずはお風呂に入る前にいつもの私のパジャマを取り出した。それ以外はまだリュックの中。準備するのは、ルーがお風呂に入っているあいだだ。
 お風呂に入りに行って、普段通りに見えるように上がったらいつものパジャマを着る。髪を拭きながらルーにお待たせと言って、入れ替わりで入りに行く彼を見送ったあと、私はまたリュックを漁りに行った。中に入っているのは2着のパジャマ。ブルーグレーのは私。ダークブルーのがルーの。その2着の生地はふわふわと柔らかく手触りがいい。そしてもこもこと厚いので暖かい。流星群を見るのに寒いし、いつもルーがいろいろプレゼントをくれるから今日は私から。
 湯船に入っているときだと物音とか気配とかで気づかれてしまうだろうから、ルーがシャワーを浴びているあいだに手早く。彼が寝巻きとして着る予定のスラックスとワイシャツは回収させてもらった。綺麗に畳んで寝室の机の上へと置いた。あとはルーがお風呂から上がってくるのを待つのみだった。と思ってソファーに座って改めてちゃんと髪を拭いていたら、脱衣所のドアが静かに開いた音がした。

「リク、オレの服――」
「ぅわ! わっ!」
「うわ……?」
「パジャマ置いたよ! それ着てっ!」

 呼びかけられて振り向くと、思わぬ姿に持っていたタオルを投げそうになりながら叫ぶ。見慣れているだろうと不服そうなルーが脱衣所へと戻って行った。そういうときと、なんでもないときは見慣れてても違うの! なんて言ったとしてもルーはどう違うんだと分かってくれないんだろう。
 なにも言わずに素直に着てくれるとは思ってなかったけど、まさか腰にバスタオルを巻いただけの状態で出てくるなんてもっと思ってなかった。せめてドアの隙間から呼ぶくらい……。

「これでいいか?」

 頭の中が沸騰しそうなくらい熱くて、俯いて待っていると今度こそパジャマを着てくれたルーが出て来た。
 いいなって思ったのがセットしかなかったから、お揃いになってしまった物。お揃いは結婚のお祝いにもらったパジャマ以来で、それにルーはいつもスラックスにワイシャツだから嫌がるかなとも考えた。さっき脱衣所から出て来たときに私が同じものに着替え直しているって気づいたはずだし。

「似合ってる!」
「リクからのプレゼントか。ありがとう」
「えへへ、こちらこそ着てくれてありがと」
「ったく、リクもわざわざ着替え直さなくとも言えばよかったものを」

 呆れながら言う彼に、自信がなかったのだと伝える。

「だって、いつもスラックスとワイシャツだし、パジャマとかお揃いとか本当は嫌なのかなって悩んでたらつい……。今日だけでもって思ったんだけど」
「いつもの部屋着はなにかあればすぐに動けるようにだ。オレは、お揃いの物をリクが嫌がっているのかと思っていた」

 私が? どうしてそうなったんだろうと首を傾げていると、ルーが私の隣に座りながら合点がいったようにふっと笑った。

「今までお揃いにしたいと意識していなかっただけか」
「あ、うん。このパジャマもルーにプレゼントしたいなって思ったのが、お揃いだっただけなの」

 少しだけ恥ずかしかったんだけどね、と付け加えると優しい顔で笑ってくれた。

「そういうのをねだられると思っていた。嫌、というわけではなく、リクはなにも欲しがらないからどこか少し期待していたのかもしれないな」
「じゃあ、今度なにかいいなって思ったら、いい?」

 もちろんと返してくれたルーに、嬉しいと擦り寄る。パジャマも温かくて気持ちいい。なんならこのまま寝てしまいそうだけど、今は我慢しないと。
 本当は朝方のほうがいいんだけれど、さすがにそんな時間には起きられないし0時を回るくらいまでルーと話しながら過ごした。

「そろそろかなぁ」
「ロッジから出ずに玄関で待っていてくれ」

 時計はちょうどいい時間だ。外に行こうかと立ち上がると、そう言い残してルーが2階へと上がっていった。なにをしに行ったんだろうと疑問に思いながらも、私は言われた通りに玄関で彼を待つ。そうしていると、ルーが1枚の毛布を持ってきた。

「毛布!」
「流石にこのパジャマでも寒いだろうと思ってな」
「1枚?」
「1枚で充分だ。行こうか」

 なるべく観測の邪魔にならないようにリビングと玄関の灯りを消して外へと出る。吐く息が白い。今回の流星群は真上を見上げなくても、どの方向からでも見えるはず。雲だってなく、明るい星がいくつか見えていた。ロッジの階段は開けた場所にあるし、段差がちょうど良く椅子になるからここでいいかな。
 段差に座ろうと言うと、ルーが毛布を纏って階段へと続く踊り場へと腰掛けた。ここに座れと広げた足のあいだをポンポンと手で叩く。普通に隣に座ろうと思っていたのに、なんだが先手を打たれた気がして、だけどもう隣に座るのは許されない状態だから私は大人しくルーの足のあいだへと座った。すると彼が私を抱きしめて毛布で一緒にくるまった。

「だから、毛布1枚?」
「その通りだ。こうしたほうが暖かい」
「そう、だけど……!」

 体が完全に密着していて、確かに暖かい。暖かいけれど耳元で声が聞こえるから恥ずかしいし、変な気分になる。それに喋ったときの息がかかってくすぐったい。
 私がなにを言いたいのか分かっているのか、微かな笑い声まで耳元で聞こえた。そして耳に柔らかいものが触れ、ちゅっとリップ音も。暖かいを通り越して、暑い気がしてきた。
 もう、と呟きながら無心になろうと夜空を見上げる。ルーが抱きしめる腕に力を入れたから、背中を預けることにした。今、すっごくドキドキしてる。バレてる、かな。
 目が暗闇に慣れてくると、一際眩しい星と星のあいだに、普段はあまり見られない暗い星がひとつ、ふたつと見え始めた。それがどんどんと広がっていく。空全体を意識し始めたころには満天の星空が輝いていた。

「星がいっぱい見えてきたね」
「エッジならここまで見えなかっただろうな」
「連れてきてくれてありがとう」

 赤や黄、青、星の表面温度によって色が違う。その光が途方もない時間を経てこの星へと届いている。その小さな宝石が散りばめられた綺麗な夜空を、大切な人とこうやって寄り添いながら見られることが嬉しい。それにエッジにいたって流れ星を見るだけならなんとか見られたはずなのに、わざわざヒーリンに行こうと提案してくれたことも。私たちのために車を出してくれたツォンさんにだって、ちゃんとお礼を言わないと。

「あ!」
「見えたな」

 澄んだ空気。白い息を吐きながら、だんだんと頬が冷え切ったころ、光の尾を引いた星がひとつ流れていった。そのあとも数分ごとにひとつ、ふたつと流れていく。放射点が天頂へ近づきつつあるから、まるで宝石が降ってくるようだった。

「こうやってルーと2人で見てると、ルーがプロポーズしてくれたときのこと思い出しちゃった」
「あの日も流星群が来ていたな」

 見ている場所は少し違うけれど、こうして星空を見上げているといろいろなことを思い出す。でも思い出すのは嫌なことではなく、嬉しいことでありたい。
 あのころ私はやりたいことをずっと考えていて、でもそれを成し遂げようとすればルーと一緒にいられなくなったらどうしようって思ってた。それでも進んでみたくて約束していた通りに打ち明けたら、まさかプロポーズの言葉で一緒にいようって言ってもらえるなんて思っていなかった。

「流石のオレも、少しばかり焦った」

 毛布の中で、ルーの指が私の左手の薬指をなぞった。仕事をしているとき以外はずっとつけている、あの日に貰った婚約指輪。数年経った今でも私には立派すぎる物だと思っているけれど、とても大切な物で、今だって薬指に嵌めている。

「驚かせちゃったね」
「まったくだ。無駄にならなくてよかった」

 ルーもあのときの気持ちを思い出したのか、自嘲気味にふっと鼻で笑った。
 そう話しているあいだにも、星が幾つか流れていく。そういえばルーはあのとき、星に願掛けなんて初めてしたって言ってたっけ。なんてお願いしたのか聞いても絶対に答えてくれないんだろうけれど、でもそうさせてしまうくらい私は彼に酷なことをしたのかもしれない。だって、私がシスター・レイの移設作業をしているころから、この婚約指輪を用意していたって言ってた気がする。となると私が記憶を失くしたり、ロケット村に帰っていたりで、ルーは2年くらいずっと持っていたことになる。

「ずっと待っててくれたんだよね」
「ああ。リク自身が忘れていたとしても、オレにとっては20年近くリクを待たせたからな。オレが待たなくてどうする」

 ルーの胸に寄りかかるように、私は体を横へとずらして座り直した。彼の心臓の音が耳へと届く。そして彼自身の体温とともに心地よくて、ルーの全てに心が暖かくなった。

「うれしい。……あのとき不安だったんだ。また独りで進まないといけないのかもしれないって。でもプロポーズしてもらって、独りじゃなくていいんだって思ったらすっごく嬉しくて、安心して……っ」

 私もあの日の心細かった気持ちを思い出して、目頭が熱くなり始めた。目を閉じると鮮明に思い出せる。そのあとの、生きてきた中で初めて感じた心の底から湧き上がるほどの幸福感を。

「何度でもプロポーズしよう」

 涙が一粒こぼれそうになったとき、ルーが私を力強く抱きしめ直してそう呟いた。でもプロポーズって、結婚を申し込むことだよね?

「もう結婚してるのに……?」
「なにも結婚してくれ、だけじゃなくてもいいと思わないか?」

 私が顔を上げてルーを見上げると、彼も私の顔を覗き込んで悪戯そうに笑った。だけどその笑みは、すぐに真っ直ぐ私を見つめる真剣な眼差しに切り替わった。

「愛している。これからも一緒にいてくれ」

 大好きな目。うっとりするくらいたくさんの色を映し出す、宝石のような目。呼吸を忘れてしまいそうなほどに真っ直ぐで、強い光を宿した目。これでどうだと言わんばかりの不敵な表情なのに、口元に浮かぶ笑みは優しい弧を描いている。
 あの日のルーはどんな表情をしていたっけ。ああ、片膝をついた彼は確か真剣な目で、表情で今と変わらず真っ直ぐ私を見上げていた。でもどことなく緊張していて、私のせいで僅かに不安そうだったのが今なら分かる。だけどあの時も今も、これからも、私の答えは変わらない。

「はい……! よろこんで」

 私がそう言うと、ルーの目が愛おしげに細められた。冷え切った頬に毛布のおかげで暖かい手が触れる。思わず期待するように目を瞑ると、そっと引き寄せられて重なった唇同士は冷たい。けれどそれは、何度も触れ合わせるだけのキスでもすぐに温まった。
 今でも緊張して息を止めてしまう。それでもなんとか合間合間に小さく空気を吸って、離れたときに吐いた湿った息がミルク色に染まって消えていった。

「随分と冷えたな。そろそろ戻ろう」
「うん……」

 体を離してルーに支えられながら立ち上がると、足や捲れた毛布のあいだから冷気が入り込んできてブルっと震え上がった。寄り添って毛布を纏っていたから暖かいと感じていたけれど、頬だけじゃなくて足のほうも冷たいし、体も意外と冷えていたみたいだ。
 ルーが毛布を私のほうへと掛けてくれた。ぐっと前を閉じるように纏わせる。私の腰へ手を回して一緒に階段を上がり、玄関のドアを開けてくれた。一度振り返った夜空には、たくさんの星が輝いていた。

「ありがとう」
「ああ。先に部屋へ行っててくれ」
「わかった」

 目が暗闇に慣れているから、ロッジの中の灯りをつけずに2階へと上がって寝室へと向かう。ドアを開けると、暖かい空気が滑り出してきた。

「あれ? 暖房の準備もしてくれてたんだ」

 流星群を見ることしか頭になかったから、ここまで気が回らなかった。夜空を見上げていたのは子供のころ、いつだって1人だったから、冬は寒い寒いって言いながらベッドに入っていたっけ。ルーが暖房をつけていてくれたおかげで、暖かく寝られそうだ。

「ちょうどよく暖房が入っていたな。よかった」
「ありがとう」

 私が毛布をベッドに掛け直していると、どこかへ行っていたルーが部屋に戻ってきた。そろそろ寝ようかと私は布団を捲ったけれど、ルーはいや……と軽く否定した。

「リク、もう1度風呂に入ろう。暖房よりもすぐに体も温まる」
「それもいいかもね。じゃあ今度はルーが先に――」
「一緒にだ。そちらのほうが揃って温まれるし、すぐに就寝もできる」

 一緒に!? 確かに効率はいいだろうけど、ルーと一緒に入るといつも体を洗われちゃうし……。お風呂だけじゃ済まない。済まないのはいいとして、体を洗われるのはやっぱりヤダ。

「今日はなにもしない。約束する」

 ルーは私が固まってなにを言いたいのか分かったのか、そんなに嫌かとククッと笑った。それに1度風呂には入っているから、もういいだろうと言った。
 分かったと。でも一緒に脱衣所で脱ぐのは恥ずかしいから嫌だと、すぐに呼ぶからあとから入ってと念押してしぶしぶ入ることにする。そんな考えは一瞬で吹き飛んでしまったんだけれど。

「わっ! ルー! 泡がいっぱい!」
「ほら、早く入ってくれ」

 パジャマと下着を脱いで浴室のドアを開けると、浴槽にはきめ細かな泡がたくさん浮いていた。浴室の灯りにキラキラと輝いている。それにはしゃいで大きな声を上げたら、脱衣所のドアの向こうから分かっていたと言わんばかりに笑って促す声が聞こえてきた。

「あ、ごめんね」

 小さく謝って、私は浴室へと入った。なにを使ったんだろう。甘く爽やかな香りを強く感じながらシャワーのお湯を被って、浴槽へと足をゆっくりと入れる。冷えた体にお湯が熱く感じた。なんとか肩まで浸かって、ドアとは反対の壁へと体を向ける。

「いい、よ……」

 冷えた体に熱いお湯が沁みて震えた声が出る。ルーが入ってくるのを浴槽の隅で縮こまって待っていると、後ろでドアがガチャリと開く音がした。私を見たのか、一瞬の間のあとふっと鼻で笑う息が聞こえた。
 彼もシャワーで体を流して浴槽に入ってくる。お湯の嵩が上がって、座ったルーが腰に手を回してきて案の定引き寄せられた。

「そんな隅にいなくたっていいだろう」
「だって……」
「それに泡で見えない」

 確かに泡のおかげで全身が隠れている。だけど肌が密着すると、お風呂から漂う香りがルーのボディソープであることに気づいた。彼の肌から香るのはいつも微かだったから、ダイレクトに感じる強い香りでは分からなかったみたいだ。今、ルーの香りに包まれているんだと意識した瞬間、入ったばかりなのにのぼせるかもしれないと思った。

「約束は守る。ほら」

 声だけ真剣で、絶対に約束は守ってはくれるんだろうけど、そんな声で私の周りに泡をかき集められて笑ってしまった。だけどその泡を両手のひらに乗せて、ふわふわと遊んでみる。ふーっと吹いてみれば、泡が固まりあっているせいかシャボン玉のようにはいかず、吹き飛ばされただけで落ちていった。でもなんだかそれが面白くて、また掬い上げてはふーっと吹く。
 足先を上げて、そこにも乗る泡。泡のお風呂なんて初めての経験に、いつまでも泡で遊んでしまう。
 
「ね、綺麗だね! ……あ、うるさい?」

 手に乗せた泡をルーに見せるように振り返ると、彼が柔らかく笑いながら私を見つめていた。その顔で、私がかなりはしゃいでいたことに気づく。笑った声も浴室に響いていたんじゃないかと思うと、恥ずかしくなった。手に乗せていた泡を、すっと浴槽へと戻す。

「問題ない。リクがこんなにはしゃいでいるのを久しぶりに見た」
「泡のお風呂なんて初めてだから、つい」

 もう20代なんて終わっているのに、本当はもっと落ち着いたほうがいいんだろうな。ルーみたいに。そう思って私は大人しくする。

「好きなだけはしゃぐといい。オレに遠慮する必要はない」

 それは何度も聞いた言葉だ。ルーはいつだって甘えさせてくれる。じゃあ今だけ、と私はまた泡を掬い上げた。

「この泡、どうやったの?」
「ん? 湯を張るときにオレのシャワージェルを混ぜただけだ。あとは蛇口から出る湯の勢いで泡立つ。好きなときにしていいぞ」

 ルーも片手で泡を掬い上げてふっと吹いてみせた。その泡もただ落ちていく。

「い、いいよ。ルーのシャワージェル? だもん」
「楽しいならいいじゃないか。今度は浴室の灯りではなく、キャンドルもいいかもな」

 うなじへのキスは“なにもしない”には含まれないらしく、そう言いながらおまけに綺麗だろうなと呟いたのは泡のことであってほしいと思って言葉を探す。

「今でも泡がキラキラしてて綺麗だから、キャンドルならもっと綺麗に見えるかも!」

 私が言った言葉にルーがニヤリと笑った。え? っと思っていると、驚く言葉が続いた。

「なら、次が決まったな」

 ん、あ……え? と言葉が出てこずに慌てる私を笑いながら、いつにしようかと冗談でも言い出すルーにもっと慌ててしまう。そろそろ泡もなくなってきたし、と苦し紛れに誤魔化した。
 今日はそうだなと解放してくれたのを、あっち向いててと再び念押ししてシャワーで泡を流してから浴室を出た。なんで恥ずかしいのかと聞かれても、そういうことをするときと雰囲気が違うからとしか言えないのだけれど。
 申し訳なくも、今日は泡風呂で遊んだ片付けもやってくれるらしく、私が先に部屋へと戻らせてもらった。さっきのもこもこのパジャマも暖かいし、湯冷めすることはなさそう。
 少しうとうととしながら布団の中に入ってベッドに座って待っていると、ルーが戻ってきた。パジャマもちゃんと着てくれていて嬉しい。

「今日はなにからなにまでありがとうね」
「楽しかったか?」
「とっても!」

 静かにこちらへ歩いて、ベッドへと腰掛けたルーにお礼を言う。流星群を見ようってお願いしただけなのに、たくさんよくしてもらっちゃった。
 眠そうだなと布団に手を伸ばそうとしたルーの袖をねぇねぇと引いてこっちを向いてもらった。どうした? と不思議そうに私を見る彼の顔に近づいてぎゅっと目を瞑ると、そっと唇に自分のそれを触れさせた。離れて恐る恐る目を開けると、ルーは驚いたように目をしばたたかせている。

「お礼、にならないけど……。その、ありがと」
「充分すぎる礼だな」

 そう言ってルーが私の頭を撫でた。心がくすぐったくて、えへへっと笑う。今度は私が布団を引き寄せて寝よっか、と言った。ルーが私の背中に手を回して2人で横になる。久しぶりの狭いベッドに、私もルーのお腹のほうに腕を回して抱きついた。パジャマが柔らかくて、暖かくて気持ちいい。
 夜もとっぷりと暮れ、お風呂で温まった体と自分からもルーと同じシャワージェルの甘い香りがする安心感に、うとうととしていた瞼が自然と閉じていく。

「るー、あいしてる……」

 微睡の中で、寝ぼけたような声で呟く。腰を撫でられた気がしたけれど、ゆったりになり始めた私の呼吸に苦笑する声が聞こえた。

「今日は、仕方がないか」
「んー……?」

 なにがと聞き返すこともできず、私は深い眠りに落ちていく。今日は楽しかったなぁ。
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