Moon Fragrance

4月2日 キミとのために
キミとのために



「おはよう」
「ああ、おはよう」

 目を覚ましたリクが眠そうな目でオレを見つめている。彼女の手が、オレの頬に触れた。

「おかしいな。ルーの方が遅く寝ているのに、私より早く起きてる」
「仕事の癖はなかなか抜けないものだ」
「疲れてない?」
「リクの寝顔を見ていると疲れなど忘れる」

 心配そうな顔に笑ってそう返すと、リクの口がムッと尖った。それに髪をくしゃくしゃと撫でた。

「仕事はもうすぐ片づきそうだ。そうすれば、少し遠くまで散歩に行かないか」
「いいの?」
「ああ。どこか行きたいところはあるか?」

 そう聞くと、リクはうーんと悩み始めた。唇が尖っているのは、行き先はあるのだろうが場所が分からないのだろう。思考の整理がつくまで待っていると、口が開いた。

「どこか、丘に植花してて、暖かくなってきたから、たくさん咲き始めたところがあるって……、えっと……」

 リクは言いかけてまた悩む。そこまで曖昧と言うことは、きっと仕事中に得た情報なのだろう。それはおそらくラジオか……、仕事中の集中力は凄まじいため、ほとんど耳に入ってなかったに違いない。だがそれだけで大体の場所は察することができた。

「もしかして、ヒーリンのことか?」

 あの場所から、世界を癒してやるのだとクリフ・リゾートからヒーリンへと名前を変えたのは他でもないこのオレだ。そして、森林を豊かに整えるための必要な間引き、可能な限りの植林、植花を他の会社との取引によって指示したのもオレだった。
 なるほど。そのことに関しては話していないから知らないのも無理はないが、曖昧な状態ですらリクの耳に入ったことは好ましい発展かもしれないな。

「あ、あれ、ヒーリンだったんだ。じゃあ、遠すぎるね」

 ヒーリンまでは車で2時間。ハイウェイの建設もまだ途中で、今の所は使い勝手が悪い。そんなところまで行けば、散歩とは言えないし、もちろん歩いても行けない。それにリクがまた悩み出した。本当にこの子は、我が儘を言わない。

「見たいのだろう?」
「うん……」
「なら行こう。たまの遠出くらい、アイツらを使うか」
「いいの、かな……」

 心配そうに尋ねてくるリクに、頷いてやる。文句はあっても、言えないだろうなと可笑しくなった。リクのこの優しさ、または遠慮がちなところは確かに、経営には向かないかも知れないな。

「楽しみに、してるね。でも、無理はしないでね」
「ああ。オレも楽しみにしておこう」

 さて。そうと決まれば、約束を果たしてやれるように、仕事をするか。
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