Moon Fragrance

3月25日 寂しい唇
寂しい唇




始めた事業が少々忙しくなってきた。年度の変わり目、オレの事業とリクの店。経営者はオレで、書類精査もオレの仕事。慣れているとは言え、会食やそれらのことは時間がかかる。なるべくリクとの時間を作りたくても、彼女の仕事は昼間がメイン。寝るのが遅くなるオレを待つと、よくうとうとしている。なんとか言い聞かせて、最近はやっと待たずに寝てくれるようになった。
 だがこれが面白いことに、オレがベッドに入るとぐっすりと寝ているのにもかかわらず、リクが自分からオレの腕の中へと入り込んでくる。呼びかけてもすぅすぅと静かな寝息が聞こえるだけだ。今日もやっとベッドに入れば、いつものようにリクが腕の中へと入ってきた。ただ今日は目が覚めたらしく、ぼんやりとオレを見つめている。

「すまない。起こしたな」
「るー……」
「ん?」
「おつかれさまぁ……」

 今にも再び寝てしまいそうな声がオレの名を呼び、ねぎらってくれる。そしてそのまま寝直すのかと思いきや、リクの手がオレの頬に触れた。その手の親指が唇へと近づいてくる。とうとう指の腹が唇をするっと撫でた。指は場所を探っていたらしく、リクがもぞもぞと動いて顔を近づけてきた。唇に柔らかいリクのそれが押しつけられて、息を飲む。
 頬に手は添えられたまま、一度離れた唇は再び触れて、啄むものへと変わった。リップ音も鳴らさずに、何度も何度も上唇を挟むように優しく吸いついてくる。
 夢うつつなのだろう、それでも寂しがるように触れる唇に男の性が少しずつ反応を示す。起きているのなら襲ってもいいものかと考えていると、それはゆっくりと力の抜けた感触になってきた。そして、触れるか触れないかの、ほんの僅かな柔らかさを残して寝息が聞こえ始めた。
 深呼吸をして己を落ち着かせ、改めてリクを抱きしめ直す。頬に置かれたままの手を握り、ひらに口づけを落としてオレも眠りについた。朝になればこれはきっと、リクは覚えていないのだろう。
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