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※少尉主。勇作の同期陸士15期生


尾形百之助は、故郷茨木から北海道の第七師団へ入営した。その目には父親だけが映っている。
明治三十七年三月、その季節は一般的な日本で見れば春と呼べる立派な季節だが、ここは雪ばかりである。尾形がみょうじ少尉と初めて接触したのは、異母弟である勇作と初対面した二日後のことだった。

「兄様。この方は私の良き友人であるみょうじなまえ少尉です。士官学校に居る時出逢いました。」
「尾形上等兵。花沢少尉から話は伺っている。」
「は。光栄であります。」

尾形はそう適当に(あまり関心が無かったのである。)返して、勇作をじいと睨む。そして、ボソリと小言を放った。

「花沢少尉。貴方はお恥ずかしくないのですか。人の居る前で私のことを兄と呼んではいけませんと再三申したでありましょうに」

口を開きかけた勇作に変わって、みょうじが微笑む。

「私は気にならないぞ。花沢殿とは気心の知れた仲であるから。私の前ではどうか二人とも好きなように振舞って欲しい。」
「そうですか。」

尾形は不服そうな顔をする。だが何時もの表情にすぐ戻った。そんな、あまり緩まぬ雰囲気の尾形を見てみょうじはなんだか複雑そうだなと思う。みょうじは、尾形が師団長・花沢幸次郎中将の妾の子であるという事を知っていた。その情報は、師団内では公然の事実であったからだ。

尾形、勇作と別れてから、みょうじは尾形のことを考え続けた。なぜかと言うと、みょうじは貰い子であったからだった。妾の子と捨て子、どちらがより不幸なものだろうと考える。いや、不幸もなにも無いのだ。産まれた仔に罪は無い。みょうじは先日の勇作の言葉を思い返した。

「昨日、私はついに兄と出逢いました。兄が隊に来た段階で、父上から聞かされたのです。お前には兄がいると。妾の子であるから、言いたくはなかったが同じ隊に来てしまっては隠しておく事もできぬと。」

そして、思わぬ縁者の現れを嬉しいと言ったり、銃撃に関する兄の優秀さを勇作は嬉々としながら話していた。勇作は両親の期待を一身に背負うことを、少なからず難儀にしている時期があった。他の家の兄弟が仲睦まじく重責を分担するのを見て、羨ましいと思っていたのだろう。
人の嬉しそうな顔を見るのは、みょうじも好きだ。だが尾形の立場を思うと、勇作の純真さとその齟齬が、なんだか不気味で、悲しく思えた。尾形は一体、勇作のことをどう思うだろうと。妾子なのだ、風当たりは良い筈が無い。こう考えるのは、みょうじが勇作の同期陸士であり、良き友であったからだ。
一方、尾形は、みょうじのことなど気にも留めなかった。ただただ寄ってくる勇作が疎ましく、また如何にして父の気を此方へ向けるかに執心していた。士官など皆同じようなものだ。金持ちの集まり、恵まれた人間。祝福とは、幸せとは一体なんなのか。
尾形は演習で銃を扱う時のみ、全てを忘れて無心になれた。幼少期に鳥を撃っていたそれと、地続きであることは知らず。


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