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数週間後。赤井が上から伝えられたのは「みょうじなまえに手出しするな」というお達しだった。まさかのまさか、企業が独自で調査を進め組織の秘密を握ったらしい。過保護な親もここまで来れば狂気である。一方的な約束を取り付けられ、気を抜けば殺されてしまう立場の息子を心配し、組織にも約束を取り付けたのだ。それにしても規模の大きい戦いである。
それからというもの、金の大きく左右する商談にはなまえがよく使用されるようになった。護衛に赤井をつけて。大手企業が背後に付いているとわかれば大体は断れずOKしてしまうのだとか。

「君の父親もなかなかやるな」
「ハハ、親父は俺のことが大好きだからなァ。狙って使えや何でもやってくれるイカれたモンペだ」

その端整な顔がニヒルな笑みを浮かべるので赤井はドキリとした。普段敬語の彼が浮かべる清純な笑みは女共に歓声を上げさせるが、親しい者の前でしか見せないそれに赤井は小さな独占欲を覚えた。きっとハニートラップもしているに違いない。彼は操りやすく見えるがそれは大きな間違いで、実際には素晴らしく賢い。この業界で生活してきた上、父親の権力目的で近づく人々を見ていれば嫌でもそういった感性が育ったのだろう。敵でなくて良かったと赤井は心から思った。

「お、相手が来た」

写真で見かけた初老の男性とそのSPを中へ引き入れると、なまえはにこやかな人当たりのいい青年へと変化した。一人称も“僕”になり、礼儀正しく歳上を敬っている。まるで別人だった。

「……が……で……フフ、……」
「……。そうだ、みょうじくん。少しだけこれとは別に話したいことがあるのだが、2人きりにはなれんかね?勿論、私の護衛も外へ出すよ」

赤井がなまえを見る。彼は頷き、赤井は取引相手のSPと共に外へ出た。5分ほどして「終わった」という彼の声を聞き部屋の中へ入る。帰り支度をして初老男性らは外へ出て行った。

「どうだった」
「いやァ、俺を……自分の娘と結婚させてくれだとさ。なんでもすると言っていた。馬鹿な奴」
「何て答えた?」
「保留にするってな。相応の働きを見せてくりゃア結婚でも何でもするのをチラつかせてやった。でもこれで自由に動かせる都合いいのが1個出来たわけだ」

彼のいう相応の働きというのは、例えば政界全てを牛耳るとか、需要のある製品の生産で1位になるとか、そのぐらいでないと駄目なのだろう。末恐ろしいこの男はケラケラ笑っている。そう歳は変わらないはずなのに、生きる世界が違う。
彼は最近ホテル暮らしを始めたのでそこへ送ってやれば礼を残し帰っていった。元々住む豪邸があったが、数回命を狙われた為にホテルを転々としているらしい。贅沢な奴。


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