02.恩


ずっと前の話だ。

「お前は怪我が多い」

肌色の面積が少ないのは、その身体を包帯が覆っているからだ。爆風の衝撃で熱傷を負ったなまえは病院の個室でその身を横たえている。

「赤井は優秀だから守る価値があるってもんさ。怪我がなくて良かったよ」
「本当にすまなかった……」
「いいんだ、俺が勝手にしたことだ。気にするんじゃない」

立てこもり事件でなまえは赤井を庇ったのだ。腕や脚、頭に巻かれた包帯は見ていて痛々しい。

「俺がいないと赤井はまだまだ不安定だ。自分の身は自分で守ってくれよ、これからさ」
「ああ……」

FBIアカデミーを出て半年の2人はまだ未熟だ。赤井は強くなりたかった。父親について知るためにも、なまえを守る為にも。赤井はなまえに好意を寄せているのだ。



「女性に迫られたんだ」
「なんだって?なまえ、おまえ」
「結婚してくれ、とさ。でもことわ……赤井?」

その日は運が悪かったとしか思えない。

なまえはいつか自分から離れていくのだということを理解すればする程、気が狂いそうになる。赤井は自らの心と身体が離れていくような感覚を覚えた。その度に、任務で人を殺すことに躊躇が無くなっていく。

宮野明美が死んだ時、赤井は背筋の凍るのを実感した。結局利用し棄てたのだ。情は湧いても、そこに愛も何も無い。なまえももしそうだったら?今まで関わりあえたのは彼の情けだったのか?足元がぐらついて目頭が熱くなる。一種の人間不信に陥ったかのようだった。今まで築き上げた感情が崩れていく。



「俺を笑うな」

「なまえ!俺を笑うな!」

重圧は赤井に降り注ぎ、幻聴はよりリアルになる。愛は裏へ隠れ、憎しみが顔を出した。
それから赤井は冷静さを欠き、なまえに対し日に日に辛く当たるようになっていった。

「(宮野明美の死でショックを受け、何かしらの変化があったのは明らかだ)」

なまえはそう感じ取っている。赤井はより感情の起伏が少なくなり、大声で笑うようなこともなくなった。

「(赤井も同じ人間、あの獣の顔は真実じゃない)」

不安定で、愚かな生き物。人間とはそういうものなのだ。でもそこには、確かに愛が存在していた。





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