02


聯隊本部に居る勇作は一般兵卒である尾形とあまり顔を会わせない。会わせない筈であるが、勇作は尾形に会いたがったので数日に1度、顔を合わせていた。そこにみょうじも随伴することがしばしばあり、その都度勇作は嬉しがった。
今日は酒保で、端の方の椅子に座って話し込んでいた。それぞれ手に持っている包み紙は、勇作が持ってきた土産。己の懐を探った勇作は焦り尾形へ向かう。

「すみません、もう1つ渡したいものがあったのに、何処かへ忘れてしまったみたいです。探してくるので、兄様はみょうじ殿とお話されていて下さい」

そう言って勇作はその場を離れてしまった。一体何を話せというのか。尾形は文句を言いたかったが、相手も居ないので仕方なくみょうじに向き合った。だが、これといって興味も無い。会話が面倒であったので、豆菓子をもごもごと噛んではまたせっせと口に運ぶ。それは本人が意識しているしていないに関わらず拒絶の意思表示にも等しかったが、みょうじは構わず話しかけた。

「尾形。豆が好きか。私の分も食べるか。」
「いえ、結構です。」

みょうじは笑った。

「尾形。お前といる時の花沢少尉は何時にも増して嬉しそうだ。お前はどうなのだ?」

その言葉にはた、と手が止まる。勇作といる時の気持ちを訊かれた経験など無かったからだ。また、考えたことも無い。

「妾子にそんな事を訊くなんて、貴方は意地悪なんですね」

そうはぐらかすよう言えば、「軽率なことを言った。」と頭を下げたので、尾形は肝を抜いた。勇作と同じ匂いを感じながら言を発する。

「少尉殿、こんな事で上官が下官に頭を下げていたら、いくら頭があっても足りませんよ」
「いや、尾形だから頭を下げたのだ。……私は孤児みなしご
だ」

その言葉に、またも尾形は驚愕した。勇作共々成績優秀と噂された彼がそれとはまさか思うまい。

「貴方はあのみょうじ少将の御曹司と伺っておりましたが」
「その通りだ。だが、血は繋がっていない。現父母は子を成せず、東京の孤児院で生活していた私を引き取って下さったのだ。」
「そうですか」
「ああ、そういう経緯なので、尾形の複雑な気持ちも解る。またそこの事情に関して無闇に訊かれる事があれば私も腹が立つ。幼年学校にいる時も周りの声が煩わしかった。そういう事なのだ」

飽きもせず勇作に付き合い、己に会いにくるみょうじを尾形は理解した。しただけで、どうもしなかったが。周りの「可哀想に」とでも言いたげな目を尾形は何度も見てきたが、みょうじがそういう目をすることは無い。奇妙な人物だなと思う。だが、どうでもよかった。
部屋の入口に見知った姿が見える。勇作が帰ってきた。

「ああ、返事が聞けなかった。今度ぜひ、聞かせてくれ。」

勇作と居る時どういう気持ちか、という先刻の質問だ。はぐらかしたのに忘れてくれないのか。と尾形は思う。
第七師団に動員令は出されていなかったものの、日露戦争は既に始まっていた。


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