鬼を飼う人


※一等卒主
※暴力表現有



「はあくそっ、死ねっ、死にやがれッ」

ガツン、ガツンと、相手の頭蓋が砕ける音を何度も聞かねば気が済まない。生かしておけぬ。これが、同胞を死に追いやった敵に対する罰なのだ。
相手が既に息絶えていたとしても、非効率であろうが殴り続ける。これが唯一の苛つきを発散する方法だった。(無論、周りに他の敵が居なければの話だが。)
月島は、みょうじの行き過ぎた行動を止めることなく見つめていた。気持ちはわかるし、本人にも覚えのある感情だったからだ。

「あッ!月島軍曹殿。何時から其処に居らっしゃったのですか。」

月島に気付いたみょうじの鬼の形相は何処いずこへか。その顔はいつもの朗らかなものに戻っていた。それに加え顔を赤らめている。まるで幼子が、自らの粗相を親に見つかってしまったかのような。
戦争は心を壊さねばやっていけない。人格が変わってしまうのはしばしば見かけるものであったが、みょうじほど二極化する者はそれほどいはしないだろう。

「すみません。また……」
「いや、いい。せめて見苦しく無いようにしてやれ」

月島が指示をする。みょうじは遺体に向かって合掌し、なるべく優しく、脳味噌の零れたところに土を掛けてやった。先程の暴行していた者と、果たして同一人物なのか?と月島は疑ってしまいそうだった。しかし普段の性格を思うと、釣り合いが取れているのではないかとも思う。みょうじは真面目だが、人に対し強く怒ったり、情緒を振り乱すことはまず無かった。普段の抑圧されている感情が、戦いの場に於いて滲み出てしまうのだと考えると納得できる。

「既にここ一帯の戦いは終わっている。自分の足で戻れるな?」
「はい!本当に、わざわざすみません。」

何度も頭を下げている。月島は、彼のことが気掛かりだった。戦争が終わったら、く宛ての無いその感情はどうなってしまうのか?戦場から心を戻すことが出来ずにいる人々。彼はその最たる者となってしまうのではないか。

「みょうじ。いい加減、その悪癖は直した方がいい。」
「あ……」
「戦争が終わった時、どうするつもりなんだ。」
「いえ……解ってます。解ってはいるんです……」

でも、如何どうしても止められない。俺の友を奪ったのが彼等だと思うと、目の前が真赤になってしまいます。そう言うみょうじの口調は、最後の方にはもう聞き取れないくらいボソボソとしていた。失ったものはどうしようもない。月島も、骨に染み入る程熟知している。そんな時は気の済むまで相手を嬲り殺して仕舞えば良い。そう言えたのならどんなに良いだろう。本能ではそう考えても理性が語ることを許さなかった。

「なにか……新しい、大切なものを見つけてみろ。」

月島はそう発して、なんて下手な事を言ってしまったのかと自ら辟易した。大切なものなんて、自分ですらしっかりと見定められていやしないのに。

「仲間が、これ以上死ぬのを見たくありません」
「……難しいだろうな」
「軍曹殿はお強いでしょう。軍曹殿は決して死なぬと約束してくれますか。」
「……それも難しい。」
「……」
「だがまあ……善処する。」

みょうじは安心したように頬を緩めた。

本来、みょうじの取るような惨い行為は下手をすれば軍法会議ものである。それを何度も黙認されている理由が、みょうじにとってはよく解らなかったが、月島の態度を見てなにか有ったんだろうと推察できる。月島はみょうじにとって、軍に居続ける為必要不可欠な存在だった。
心に飼う鬼をいつか逃がしてやれたら、と思う。しかしそこへ辿り着くには、未だ長く続く戦いの日々を越さねばならなかった。


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