黒染


◇主人公は赤井を担当する講師
※赤井のFBIアカデミー研修生時代の話
※赤井23歳 主人公33歳(男主受け)
※赤井が敬語

side 赤井秀一


「なまえはなぜいつも黒服ばかり着るのですか」
「いずれ解る時が来るさ」

そう言って彼はなにも語らなかった。寒い冬ならまだしも、真夏にまで私服が黒というのは些か不思議であったのだ。彼は杖を突きながら歩いている。40も行かずしてアカデミーの講師になったのは、その足のせいだった。辺りはもう真っ暗で、その黒が目立つことは殆ど無く、むしろ景色に溶けていくかのよう。この場所は日本と違い湿気が少ないので平気なのだろう。

「もうこんなところで帰ってくれて構わないのだよ、優等生君」
「いえ、いいんですよ。俺もこの道は好きですから」

この道、というのはなまえが住む家の近くにある並木道だ。俺が勝手に付いて行っただけでも、彼は申し訳なさそうな顔をする。送り迎えは建前で、本当は一緒に居たいだけ、なんて言える筈など無い。
気持ちのよい風が肌をを滑り抜けていく。他愛もない話をして、そこで別れた。



「数年前、それはそれは大変な事件があったのさ。テロに強盗に立てこもりで、俺が乗り込んだ建物は爆発で倒壊し、それに巻き込まれて足をやられたんだ。」
「運が良いんだか悪いんだか、片足だけが綺麗に瓦礫の下敷きになって、ただただ襲ってくる痛みに耐えるしかなかった。助けられた時には足が複雑に折れていて、元には戻らなかったのさ。」
俺だったら、きっと助け出した。なんて言葉が口には出てしまっていたようで、なまえは苦笑を浮かべた。
「そうだな……赤井が助けてくれたら、一緒に仕事だって出来たんだろう」
「悔しくないんですか」
「悔しい……悔しいが、それでも過ぎた事さ。こういう事はあまり言わないが、運命ってやつなんだろう。赤井にもいろいろと教えることもできて、今この状態も案外楽しいものだ」

誰も居なくなったアカデミーの教室で、2人きりで話す。

「あなたが黒服を着る意味、解りましたよ。」

そう言うと彼はゆっくりこちらを向いて微笑みを浮かべた。

「毎日喪に服しているんだ。あなたは自分を許さない」
「それで?」
「俺も決めました。人を死なせたその日から、俺も黒服を着る」
「そうか」
「俺、あなたのそういう所、好きですよ」

思考より先に言葉が出た。

「よせよ……」
「あなたの謙虚なところも、強い意志を溶岩みたいにグツグツ滾らせながら足を恨んでいるところも、」
「からかうなよ」
なまえの顔を見ると、彼は困った様な表情でなんとも言えない笑いを浮かべていた。少し、耳が赤い。
「俺もお前のような一途で強い人間は好きだ、赤井、お前は一生五体満足でいてくれよ」
自分の身体をグチグチ言わずに俺の心配をするのか。と、そう思うとなんだか不思議な感情が浮かんできて、何故だか愛しい、と感じてしまって。(それはとても身に覚えのある感情で。)
チュ、と触れるか触れないかのキスをするとなまえは驚いた顔で俺を見た。
「よせよ、俺はお前より10も上……」
わざと途切れさせるよう再び口を塞いで、次は舌で歯をノックする。抵抗する気はそんなに無いのか、すんなりと開けられて互いの舌が絡み合う。なまえのそれはとても熱くて気持ちが良い。唇を離すと彼は苦しそうに息を吸って、また困ったような、そうではないような複雑な顔をする。
「男好きになったらどう責任取ってくれるんだよ」
「俺が責任を取りますよ」


2人は穏やかに笑った。時間も穏やかに流れて幸せだった。
数年後、赤井の服は黒に染まった。その隣には同じように黒服の、彼がいる。


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