帰省

102
 ドアノブとはこんなにも重たいものだっただろうか。
 何を恐れているのか、聞かれることが恐ろしいのか。
 あぁ、そうだ。きっと怖いのだ。僕は、怖がっている。
 扉を開けた先、出迎えてくれるだろう太陽のような人たち。
 二人に落胆されることが、きっと、恐ろしくてたまらない。


▼ △ ▼ △ ▼

 田舎町で家と家との距離が離れているとはいえ、ずっと玄関の前で棒立ちするわけにもいかない。念のためにチャイムを鳴らし、玄関の扉を開けた。
 記憶と何ら変わらない風景。僕が出て行っても、僕の帰るべき場所は変わらなかった。バタバタと、奥から小さな足音が勢いよく走ってくる。転ぶようにサトシが僕の元へと駆けてきた。
「おかえり!」
「ただいま、サトシ」
 記憶よりも随分と大きくなったサトシを抱きしめる。風音はサトシの勢いに恐れ戦いて綺麗に避けてしまったけれど、多分慣れてくれるだろう。こうなると思うよとは事前に言っておいた。
「ぽけもん! ねぇさん、ぽけもん と いっしょ!」
 教育番組か何かかな……?
 風音を指さしながら、きらきらとした目を向ける。敵意も悪意もないが、勢いが苦手だったのだろう。風音はかなり引き気味だ。
「母さんは?」
「かーさんはあっち!」
 奥からゆっくりと出てきた母さんは「おかえり」と、いつものように僕を出迎えた。
「ただいま」

▼ △ ▼ △ ▼

 本当はすぐにオーキド博士の元へ行こうとしていたのに、サトシに捕まった。
 オレンジリーグ・殿堂入りの話はすでにしていたので、記念品のトロフィーを見せれば「ポケモンを見たい!」と。博士のお使いを理由に切り上げようとすれば、僕の行動を読んだのか博士からは「急ぎの用事ではない」と、事前に話していたようで逃げ道が消えた。
 人見知りの子が多いから不用意に近づかない。母さんと一緒に見ていることを条件に、庭に僕とともに戦ってくれた子たちを出す。……ここに、氷河も鋭侍もいなかったら、サトシからの問いかけを僕はどう躱していたのだろう。
 御三家の一人である炎李に一際目を輝かせ、炎李が社交的であることも相まって少しだけふれあい会をした。サトシが撫でることができたのは、炎李と沙月と、鋭侍だけだけど……。他三人は、人見知りを理由にお断りをした。不満そうではあったが渋々引き下がるサトシを見て、大人になったと感心する。
 久しぶりに家のベッドで寝た。風音が興味津々に僕の部屋を見ていたのでなんだか恥ずかしくなる。あんまり見ないでね、趣味がそこまでいいわけでもないから……。
 朝一番に逃げるようにオーキド博士の元へ。サトシが寝ている間に家を出なければ、また引き止められそうな気がした。

 僕の訪問を予想していたのか、早い時間にもかかわらずオーキド博士は僕を迎え入れた。
「何も逃げるようにここへ来なくてもいいじゃろうに……」
「噂のこと、聞かれるとボロがでそうだったので」
「…………」
 嘘はそんなに得意じゃないし、絶対に母さんにバレる。
 だからメールには嘘は書かなかったし、事実を心配がない程度に積み重ねた。人のメールを盗み見たディランさんが「報告書か?」と、突っ込んだ程の内容だ。実際は家族へのメールなのだが訂正する必要がないと判断した僕は口を噤んだ。
「本題に入りましょう。ウツギ博士の元へ送りたいものってなんですか?」
「これじゃよ」
 ずっと机の上に置いてあったケースを、僕の前へと出す。
「これは……?」
「ポケモンの卵じゃ」
「初めて見ました」
 あるという話は聞いていたが、実際に見ることは中々無い。上部にあるスイッチを押すと、黒かった外枠が透明になり、中に入っている卵が見えた。思ったよりも大きい。不思議なことに、どのポケモンもこの大きさの卵から出てくるという。
「何か問題があるんですか?」
「何も問題がないから、問題なんじゃよ」
 ナゾナゾか何かだろうか。
 僕はこの卵について何も知らないし、ポケモンの卵に関しても結構最近の発見だ。
「道中で生まれた場合はどうすればいいですか?」
「その場合は君が引き取るといい」
「…………」
 生まれて間もないポケモンを、専門でもない人間に渡すのか……? いくらポケモンとはいえ、生まれたての子はそれなりに経験を積んだトレーナー・ブリーダーが育てるのが良いのでは……?
「なに、異常がないのに中々生まれない卵じゃ。その原因をウツギ君に調べてもらおうと思って……」
 僕の視線に気が付いたのか、博士の言葉数もどんどん減っていく。
「そう不安になる必要はない! 何年も生まれなかった卵じゃ、君が運んでいる道中も……」
「……。本音は?」
  ……」
「本音、は?」

「久しぶりにウツギ君に会いに行ってもいいんじゃないかと思ってな」
 ちょんちょんと、人差し指をくっつけながら弁解するオーキド博士。テレビなら受けるのかもしれないが、よく知っている・ちょっとイラついているときにやられるとこうも神経が逆なでされるとは思わなかった。
「(ウツギ博士、ね……)」
 知らないも何も、小さい頃はお世話になっていた人だ。オーキド博士の弟子。大学を卒業してからオーキド博士の元に弟子入りし、5年近くこのマサラタウンにいた人。
 僕がオーキド研究所に良く連れられていた、預かっているポケモンたちと遊んでいた時に良く声をかけてくれたり、見守ってくれていた人。
「変なことしないで、トレーナーになったんだからウツギ博士の所に顔を出してほしいぐらい言えばいいのに」
「サプライズじゃよ」
「はいはい。わかりました、わかりました」
 お茶目に笑っても全然可愛くない。風音を見て癒されよう。
『……?』
 よし。
「鞄に入れても大丈夫なんですか?」
「これも持って行ってくれ」
「これは……?」
「ウツギ君監修のたまごのお世話≠カゃ。心配性の君にたまごのお世話セット≠熾tけるぞ」
 なんというかこれ、最初からポケモンの卵≠受け取らせる気満々だったし、その後もしばらく僕の元に預けようという魂胆だ。

帰省
 一晩明けて、彼女が再び旅に出た。
 律儀に此方に顔を出し、輸送でお土産が欲しければ言って下さいとまで云う。

   ……。
 少し古い手帳を取り出し、自分にしては乱れた文章を見る。
 何度も、何度も確認したことを見返し、これで良かった≠ニ言い聞かせる。
 賽はとっくの昔に投げられた。


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