遭遇と再会

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 泣いている。泣いておられる。
 この現状に心を痛め、泣いておられる。
 薄汚れた止めどない人の欲。あぁ、あの人の声が遠くへ行く。
 行ってしまうのは少し寂しい。けれど、それでいい。
 黒煙が空を濁す中、あの方が纏う美しい虹。
 最期に見ることができたわたしはなんて幸福な者でしょう。


▼ △ ▼ △ ▼

 わたしの作り出す水晶壁を潜り抜けた人の子。
 どうして潜り抜けることができたのか、理解していないようだが教えるべきだろうか?
「……僕は津波。こっちは相棒の風音。君のこと、なんて呼べばいい?」
『……? わたしのことを知らないのか?=x
「申し訳ないけど……うん」
 本当に知らないのだな。少し首をすぼめて、申し訳なさそうな顔をする人の子。名乗られたからには、名乗るべきなのだろう。わたしの名か、昔の名は使えないし、ここは人がわたしを呼ぶときの名を教えるか。
『人の子はわたしに出会うと、こう呼ぶ。――スイクンと=x
「スイクン」
『そうだ=x
 わたしの名を舌で転がすように呼んだ人の子は、続けざまわたしに質問をした。
「スイクン、君はこの森に住んでいるの?」
『否。ここ最近ずっと追われているのだ=x
「休憩中だったんだね。お邪魔してごめん……」
『久しく使っていなかったせいで大きく作りすぎたわたしのみすだ。汝が誤る必要はない=x
 罰が悪そうな顔をする人の子、津波。わたしは気にしていないのだからそのような顔をする必要はない。
『どこに行きたかったのだ?=x
「ワカバタウンだよ。届け物をしにいくんだ」
『届け物=x
「あ、スイクンなら原因がわかるかな?」
 妙案を思いついたと、人の子は鞄の中から円柱の道具を取り出す。頂点の丸いものを押すと、黒かった外壁が剥がれ落ち、中身が見える。
『卵か=x
「うん、これをウツギ博士に届ける最中なんだ」
『…………=x
「博士たちは、この卵のことを、問題はないけれど生まれないから、問題のある卵って言ってる。スイクンなら何かわかる?」
 わたしが全知全能の何かだと勘違いしていないか。わたしにそのような権能はない。
 普段ならば『知らん』と、一喝している気もするができる限り力になりたいと思うのは気まぐれか。わたしの答えを待つ人の子のためにも何か言ってやらねば……。
『生まれない理由はわたしも分からぬ=x
「うん」
『ただ、微かに声が聞こえる=x
「声?」
『此奴は人を待っている=x
 嘘は言わぬように言葉を選ぶ。  今更ながら、不思議なものを運んでいるのだな。
『待ち人が来れば自ずと生まれるだろう=x
「そっか、じゃあ出会いが大事なのか」
 わたしの言葉を否定することなく、人の子は納得した声を出し鞄の中に卵をしまう。
 鞄を担ぎなおし、笑顔で「それじゃあ」といい、人の子は歩き出した。……? わたしの話はまだ終わっておらぬのだが。何故、人の子は去ろうとしているのだ?
『人の子、なぜ歩き始める=x
「休憩中でしょ? お邪魔虫はさっさと外に出たほうがいいかなって」
 返答終了と、いうように人の子はまた歩き始める。……ふむ。
『人の子、汝の旅の目的は?=x
「現状の最終目的は、紅葉を見に行くこと」
『ならば丁度いい=x
「?」
   確か、確かこの辺にあったな。
 口先で人の子の鞄の中を弄り、空っぽの道具に口先をつける。わたしの体が吸い込まれる最中、人の子の悲鳴が聞こえた。

▼ △ ▼ △ ▼

 マズイマズイマズイマズイ! マズイ! 非常にマズイ。
 落ち着け、落ち着けよ、僕。まずやらなきゃいけないことを確認しよう。
 スイクンが吸い込まれたのを見て、鞄の中を確認すると小刻みに揺れるモンスターボールが一つ。取り出すと手のひらの中で捕獲完了の音がポーンと、聞こえた。
 何がマズイのか。それは僕の現状の所持しているポケモンの数。風音・炎李・沙月・疾風・氷河・鋭侍。そう、六人。スイクンを入れると七人になる。このままではモンスターボールが強制転送されてしまう。
「(えーっと、確か〈ポケモン図鑑〉で……)」
 鞄の中から取り出した〈ポケモン図鑑〉の白いボタンを押し、スイクンのボール転送を一時停止する。音声案内で、転送するポケモンを選ぶように最速が来た。
「……」
 誰を送るのがベストか。オーキド博士に慣れている子なんて一人しか思い浮かばなかった。
「ごめん沙月……!」
 勢いのまま〈ポケモン図鑑〉の上に沙月のモンスターボールを乗せ、転送してもらう。これで、スイクンが転送されるという危機はなくなった訳だ。
「は〜……」
『お疲れ様です、マスター』
 僕の疲労を感じ取ってか、風音が声をかける。
 疲労の根源をボールから出すと、スイクンは不思議そうな顔で僕を見た。
『どうした人の子。随分と疲れた顔をしているな=x
「誰のせいだと……」
『?=x
 本当に理解していないな。風音がスイクンに襲い掛かろうとしているので寸前で止める。気持ちはわかるけど、喧嘩はしないで。まだ落ち着いてくれないので、このまま抱き上げていよう。
「一応聞くけど、事故じゃないよね?」
『安心しろ、人の子。わたしわたしの意志でお前と縁を結ぶことにした=x
 安心できる要素なんてなに一つもないんですが……。
わたしと縁を結べたことを泣いて喜ぶかと思ったのだが=x
「喜ばれたことがあるの?」
わたしと出会った人の子は皆、わたしと縁を結びたいと言うぞ?=x
 スイクンの正体は知らないけれど、君がテレパシーを使える時点で何となく察しはついているよ。水晶壁だって聞いたこともないし、普通の子だったら絶対に使えないものだよね。
「僕を選んだ理由は?」
『黙秘しよう=x
「……。スイクンはどのくらい一緒にいてくれるの?」
『質問の意味がよくわからない=x
 会話から、僕が君に執着しないいい休憩所とでも思われたのか。どのくらいの期間、休憩所・僕の元にいるのかと聞いたが、伝わらなかったらしい。
「どのくらいの期間、僕と縁を繋いでくれる?」
『汝の命が尽きるまで=x
「!?」
 その返答は予想していなかった。
「僕の故郷はカントーだけど、来てくれるの?」
『その場合は今のようにわたしを外へ出すがいい。あぁ、縁を切る必要はない=x
「…………。本気なの?」
『嘘をつく必要もあるまい=x
 それなら仕方がない。僕が腹をくくるしかないだろう。吼える≠ネどで強制交換させられた場合は、その時に考えよう。
「僕は僕の仲間に愛称をつけているんだ。スイクンが良ければ、愛称をつけたいんだけど構わないかな?」
『ふむ。にっくねぇむというやつだな。興味がある、許そう=x
 愛称のハードルが上がってる気がするな。
帝冴みかさ
『……=x
「気に入らない?」
 お喋りな子だと思っていたけれど、無言になられると感情が読めない。
 嫌だ、気に入らないって顔ではないと思うのだけれど、他の候補も考えるべきか。
『帝冴、帝冴……。いいだろう、人の子。わたしのことを帝冴と呼ぶことを許す=x
 少しだけ表情が柔らかくなったのを見計らって、僕は帝冴に手を差し出した。
「それじゃあ、これからよろしくね。帝冴」
『何かあればわたしを頼るが良い=x
 極力頼りたくないけれど、何かあれば頼ろう。

遭遇と再会
 帝冴の出した水晶壁を抜け、ワカバタウンに到着した。
 研究所前の看板を確認した。ベルを鳴らし、人の確認をする。

「はーい、宅配の方ですか」
 聞き覚えのある声。扉が開かれ、目の前に立つ人はやっぱりあの人だった。
「お久しぶりです、ウツギ博士。オーキド博士からお使いを頼まれて来ました」
 ウツギ博士は目を丸くして、パシパシと何度か瞬き僕を見る。
 現実を確認し終えたのか、ウツギ博士の目尻は緩み僕の頭へと手が伸びる。

「宅配ありがとう、津波ちゃん。それと、オレンジリーグ殿堂入りおめでとう」
 オーキド博士が伝えたのだろうか?
 内緒だと言っていたのに、それらしきことをほのめかすような人か……?
  …ありがとう、ございます」

「疲れたでしょ? 入って入って、エゴノキくーん。お客さんが来た〜」
 僕の返事を聞かず、背中を押して研究所の中へ入れる。
 ちょっぴり強引な所も相変わらずだ。小さく笑って、押される背中を言い訳に前へと歩いた。


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