ガイド

106
 困った顔をする目の前の人。困らせているのはわかっているけれど、止められない。
 ぷっくりと頬っぺたを膨らませて、独り不機嫌になる。
『(ようやく、力になれると思ったのに……)』
 そう思っていたのは、わたしだけだったのか。
 焦った声で謝罪しながらわたしを送った津波さん。
 待てば連絡が来るかもしれないと、わたしは真っ暗な画面に張り付いた。


▼ △ ▼ △ ▼

 ヨシノシティに立ち寄り、小さなフレンドリーショップで最低限必要なものを揃える。消費したり、使用期限が切れた薬関係を処分するのだ。ついでに、買おうと思っていた観光ガイドブックはさらっと見た程度で諦めた。発行が五年前のものは流石に……。
 買い物を終え、ポケモンセンターで風音たちを預ける。帝冴は拒否。一度もポケモンセンターに出さなければ問題は無いはず。……催促が来たら仕方なく出そう。
「あ、あの。……津波、さん、ですよね? 殿堂入りした」
「なに」
 振り向くと、びくびくした様子の男の子が立っていた。
「(なんというか……ちんまりしてる)」
 同年代よりも大きい自覚はあるが、それにしても目の前の男の子は小さく見えた。
 ぷるぷると生まれたての小鹿のように震え、顔を染めながら僕に話しかけてくる様子は何というか庇護欲を増幅させる。護ってあげなければと思わせるような魔力があった。
 一人でいて、かつ、声を掛けられるときは大体悪いことが起こると身に染みていた為、出た声は思ったよりも冷たかったが彼はビクリと肩を震わせたものの逃げることはなく、僕の言葉を待っているように見えた。
「はー……」
 喧嘩腰は良くない、良くない。争いの火種だ。
「さっきはごめん。声を掛けられる事にいい思い出が無くて……。僕に何の用かな?」
 軽く謝罪をし、彼の話を聞く。少なくとも、悪い子には見えない。
 風音たちが帰ってくるまではこの子の相手をしていても問題はない。
「え、えっと、その……」
 ごにょごにょと、言葉がどんどん細くなる。全く聞き取れないが、こういう時は相手が聞き取れるようになるまで待つべきだと相手の反応を待った。
「ぼ、ボクと一緒に旅をしてくれませんかっ!」
「……はい?」
 顔を真っ赤にしてそういった彼は、ぐっと頭を下げて僕に手を伸ばした。
 握手をすれば同意ということだろうか……? ちょっと混乱してきた僕は一先ず彼に顔を上げるように言う。
「ごめんね、一人旅が好きなんだ」
「そこを何とか……! お願いしますっ!」
 断ったが、また頭を下げて頼みこまれる。困ったなぁと、苦く笑っているとジョーイさんに呼ばれた。
 いいタイミング。風音たちの健康チェックが終わったらしい。それを理由に離れたが、頃合いを見計らってまた話しかけられた。
 何も知らない風音は、不思議そうな顔をする。下手に関わらないほうがいいと理解しているようで、表情には出すものの口は出さなかった。
「困るんだけど……本当に」
「すみません。でも、譲れないんです」
「食べながらでもいい?」
「お金出します」
「いらない。僕が食べたいだけだから」
 奢ってほしくてそう言った訳ではないと、釘を刺す。
 本当は今すぐにでも別れたいところなのだが、なんというかラインを超えない範囲で付きまとわれる気がした。これが帝冴の言っていたストーカー被害の前兆か……。

▼ △ ▼ △ ▼

 食堂で少し大きめのパフェを注文した。しばらくかかるようで、食べる時間を含めると最大で一時間くらいか。まあ、それぐらいあれば満足するだろうとお冷を飲む。ジュースも頼んだのでいいタイミングで来るだろう。
「とりあえず、名乗ってくれる? 知らない人と旅をする気はないから」
 少しイライラしながらもそう言えば、彼は焦り顔で一度頭を下げ、慌てながら自分の鞄から≪身分証明書≫トレーナーズカードを取り出し、僕に見やすいように前に出した。
「コガネシティ出身の光葉みつばといいます! 挨拶も無く、すみませんでした……」
 光葉なのに、あほ毛は一本しかないんだ。最低限の自己紹介もされたので、まじまじと彼を見る。
 改めて見ると可愛らしい顔つきだ。僕はどちらかといえば男の子に間違われるけれど、彼は女の子に間違われそうだなと思う。一人称は僕と同じだったけど、顔つきが明らかに女の子寄りだもの。
「光葉ね。僕は津波。こっちは相棒の風音」
「存じ上げております」
「……それで、なんで僕と一緒に旅がしたいの?」
 硬くなったなぁと思いながらも、届いたジュースを受け取る。風音が飲みたそうにしていたので動かないようにグラスを持った。
  ……。つ、強くなりたくて」
「強く……?」
 机の下で拳を握ったのか、彼は悔しそうな顔をする。
 動機がよくわからないと、首を傾げると彼は自分の〈身分証明書〉のある一覧を指した。書かれてある生年月日を見、僕はパシパシと瞬く。そして、彼の背の低さに納得した。
「優秀なんだね。7歳で〈ポケモン取り扱い免許〉を貰えるなんて早々無いでしょ」
 トレーナーズスクールには飛び級という制度があると聞くが、飛び越えられても一年が精々と聞く。彼はよっぽど優秀なのだろう。ジムリーダーに勝てずに躓いたのか。それぐらい、自分たちの手でどうにかすればいいのにと思う。優秀な彼であれば、時間さえかければ……。
「お願いします!」
 僕の視線に気が付いたのか、光葉が言葉を付け加えた。
「いつかじゃ、ダメなんです!」
 バンッと机を叩く彼を見、風音がびっくりした様子で尻尾を立てる。僕らの顔を見た彼は「すみません」と背中を丸め、また小さくなった。小さい体躯が更に小さくなる。困ったなぁと、僕はようやく届いたパフェを風音の口元に運んだ。
 待ちわびた甘味を食べ、風音の表情は緩む。ちょっぴりクリームのついた口元は最後に拭こう。
「同行するって、僕はここに観光しに来たんだ。ジムチャレンジをする気はないし、バトルだって極力したくないと思ってる」
「……がっ」
「が?」
「ガイド! やります!!」
 丸くなっていた背が伸び、名案を思い付いたといわんばかりに瞳が輝く。
「嫌、だから僕は一人で旅をする気で」
「ジョウトのことならスクールで勉強しました。ガイドブックと同等になれるかはわかりませんが、勉強します!」
「嫌、別にいらな」
「挑まれたバトルも、ボクが引き受けます! な、なので、その……」
 どんどん尻込みしていく言葉。ガイドをやるといった時の自信はどこに消えたのか。
「ぼ、ボクと旅をしてくださいっ!」
『どうします? マスター』
 風音はそこまで彼を警戒している様子はない。
「(バトルの件は魅力的だけど、んー……)」
 悪い子じゃないとは思う。勢いはすごかったけれど、最低限の線引きはできていた。
 少なくとも船の中で話しかけられた子たちよりかはよっぽど常識的だ。嫌、非常識の権化のような存在と比べるのはダメか。ハードルが下がりに下がってしまう。
「同行してもいいことなんてないと思うけど」
「それを決めるのはボクです」
「……期間は?」
「! え、えと、できればボクが勝つまで……」
「それは無理」
 いつになるかわからないものにずっと付き合うのは無理だと、首を横に振る。
 少し考えて、彼は僕に質問をした。
「津波さんの目的って何ですか?」
「紅葉」
「じゃ、じゃあ、ガイドが終わるまでで……」
 ガイドと言ってずっと付きまとわれる訳にもいかない。ここまで深い話し合いをした時点で、僕の負けか。小さく息をついて、妥協点の月を答える。
「12月までならいいよ」
「……っ! ありがとうございます!」
 二か月弱で、ガラッと何かが変わるとは思えないけれど、それで満足して離れてくれるならいいか。
「風音も大丈夫そう?」
『んー……』
 風音の返事次第では僕の態度が一変することに気づいたのか、背筋が伸びた。
『はい、大丈夫です』
 頷いた風音を見、あからさまにほっと息をついた彼を見、僕は再度手を伸ばした。

ガイド
 僕が再度差し出した手を、両手でぎゅっと握りしめるように握手をする光葉。
 一瞬で終わるかなと思ったが、一向に離れていかない。
 振り払うべきかわからず、彼の反応を待っているとその顔は驚きに包まれていた。
「どうしたの?」

「へ! あ、す、すみません」
 声が裏返り、慌てた様子で手が離れていく。
 まぁいいかと、手を戻してパフェを食べることを再開する。

「えと、その……。凄く、大きな手だなぁと思いまして」
 7歳の子と比べられると、そうなるのは当然だと思うけれど……。
 いや、彼はそういった意味で言ったわけではないのだろう。


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