藍方石

011
 長いこと群れを眺めていると、勇気のある者が立ち上がり、叫び始めた。ようやく表れた少し恵まれた個体。
 彼ならば私を理解するだろう。近づいてみると、理解はされた。そして、それと同時に彼は私を恐れた。  故に、私を迫害した。
 彼によって統制され始めた群れ。その彼が迫害する私を、皆同じように拒絶し始めた。
 昔からあってないような存在ではあった。それでも、ここまで敵意をむき出しにされることはなかった。
『残念だなぁ。ほんっと』
 ならばもうここにいる必要はないと、歩き出す。なぜ、こうも無駄な時間を過ごしていたのかがわからない。仲間が欲しかったのか、それとも会話がしたかったのか。
 自分の異質さに気づいておきながら、仲間が欲しいなど笑える話だ。首をすぼめ、許しを請う罪人のように話しかける彼らを友として見ていた当時の自分は、よっぽど浮かれていたのだろう。







 何を思っているのか。渡したモンスターボールの開閉スイッチを押し、宙へと掲げている。ボールの中でも見ようとしているのか。彼女はそれ越しに、何かに思いを馳せていた。全く、子供らしくない顔だ。旅をしきった、この世というものを見た大人のような顔をしている。
「津波君」
「……はい」
 立ち上がり、扉を開ける。
「君にお客さんじゃよ」
「は……?」
 何を言っているんだという顔。君もそうおもうじゃろう。ワシもそう思う。ただ、その先に確かに居るのだ。恐る恐る首を窄めながらもそこに立つ小さな子が。
「……イーブイ」
『あ、あの……その……』
「津波君に用があるんじゃろう? 入るといい」
 促せばすんなりと入ってくる。素直な子だ。ビクビクと肩を震わせているが、その怯えは彼女に向けられてはいない。全て、近くに立つワシに向けられておる。遠慮がちに津波君の傍に寄った子は、ちょこんと座る。どんな顔をすればいいのかわからないと、何となくココに来たのだろう。
ただ、津波君の心境は違うらしい。  仄かな疑問と、身を焦がすかのような怒り。そうあるべきだという事実が揺らいだ事へのものだろうか……?
『あの、その……』
「博士、用件は終わりましたよね。僕はもう行きます」
 イーブイには目もくれず立ち去ろうとする。君の優しさならイーブイの行動の意図も読めそうじゃが……。きっと、理解したうえでやっておる。なら、ワシがするべきことは一つじゃろう。
「そうじゃ、津波君。君には最初のポケモンはおらん。これも、何かの縁じゃ。そこのイーブイと一緒に旅に出てみんか?」
「人を怖がる子を旅に出すつもりですか……? 何も知らない子に、自分の失態のカバーをさせないでくださいよ、腹が立つ」
 イーブイを見よ、津波君。君しか見ておらん。ワシの存在などとっくに忘れておる。君の声を聞いただけで、いい反応を見せた。きっと、どんな施設に送ったとしても上手くいかんじゃろう。
「君ならイーブイに触れられる」
「僕しか触れられないのは問題でしょう。僕に法を犯せと……?」
 人と暮らすポケモンたちに義務付けられている定期健診。初めのうちは誤魔化せるだろうが、時がたてばそうはいかない。よくわかっておる。ただ、見た限りその恐怖心は和らいでいるような気もした。
「検査の際に同席すればいいだけじゃろう。ワシの方からも一筆書いておこう。そうすれば、立ち入るぐらいの融通は利く」
「イーブイの気持ちは無視ですか」
「見ておらんのは君だけじゃろう」
 キラキラと、真ん丸な瞳が彼女に向けられている。観念した津波君は呆れ半分でようやくイーブイを見た。怖がらせないように膝を折り、ソファーに座るイーブイとできる限り視線を合わせる。
「聞いてた? イーブイ」
『はい』
 イーブイの答えは決まっとるようなもんじゃろう。早く腹をくくるといい、津波君……。





 私を助けてくれたあったかい人は、津波というらしい。白衣を着た老人がそう呼んでいた。
「僕は君を助けた。見過ごすと寝覚めが悪いから助けた。それだけだ」
 やっぱり私を助けてくれたんだ。優しい。好き。今も私を気遣ってくれる。
「どうして君が僕に心を開きかけているのかはわからない。……けどね、僕以外に心を開いてくれなきゃダメなんだ」
 特別は貴方以外にも与えなきゃダメだという。辛い、悲しい、どうして。
「僕は君と一緒にいられない」
 優しく、突き放される。……私が変われば、受け入れてもらえるだろうか。ちょっぴり我儘を言っても、許されるのだと思う。私は、貴方がいればきっとどんな地獄でも生きていられる。生きて、いられると思う……。
『私が変われば、傍においてくれますか?』
「ただの錯覚だよ。少し時間がたてば忘れる」
 いいえ、いいえ、忘れない。これは一生忘れられない。ずっと欲しいと思っていたものが目の前にある。止める術を私は知らない。手に入るかもしれない幸福を逃がすことなんてできない。
『私の幸せを、貴方の尺度で決めないで』
 私は、これが欲しい。目の前で座る、優しい貴方が欲しい。恋しくてたまらない、好き。
『一緒にいたいんです。あんなにあったかいのは初めてだったから……。私は、私が幸福を得てもいいのなら……。貴方と一緒にいたいんです、マスター』
「…………」
「津波君」
 私とマスターの間を割ってくる声。ひどい、私とお話をしているのに。
「イーブイは君と一緒に行きたいんじゃろう。ワシにはわかる。そう訴えておる」
「っ。し、しかし博士……!」
 この人は説得をしようとしてくれているのだろうか……? じゃあ、今は私の味方……。
「意地を張る必要はない。君はもう、立派なポケモントレーナーじゃよ」
「……まだ一人もポケモンはいませんけど」
「沢山の出会いがあるじゃろう」
「そもそも、僕が旅をするのは」
「沢山の別れがあるじゃろう」
 確信を以て語る。
「君ならいける。君には才能がある」
「だから、博士……!」
「不安なのはわかる。じゃが、受け入れてはくれんか? ……さみしいじゃろう、そう、否定され続けるのは」
「あ……」
 こっちを振り向く。マスターの顔は歪んでいた。悲しそうな顔をしている。
「ごめん、イーブイ……」
 謝らないで。謝らないでください。我儘を言っている自覚はあるんです。覚悟を決めたのか、マスターは苦く笑いながらも再度腰を落とす。
「初めまして、津波って言います」
『!』
「今日旅立つトレーナー志望で、夢は……。もう叶ったかもしれないや」
 はぐらかすように笑って、何かを差し出してくる。赤と白の丸いもの。
「一緒に来る? イーブイ」
 そのお誘いの返事は、勿論『はい』だ。拒絶なんてありえない!
 頷き、差し出されたものに触れる。どこに触ればいいのかわからなくて、何度も何度も触った。カチリと音がすると、視界がぐにゃんと赤く染まる。抵抗はできる。けれど、する必要はない。これは大丈夫、マスターが差し出したのだから大丈夫。
「馬鹿だなぁ……。逃げちゃえば良かったのに」
 いいえ、いいえ、沢山逃げたんです。今も逃げているんです。
「出ておいで、イーブイ」
 弾ける音。同じ場所に立っているはずなのに、目の前の光景がさっきと違って見える。嬉しい、嬉しい、好き。大好き。
「そうだなぁ……。風音かざね! 風音って呼ぼう」
『かざ、ね……』
「風音、今日から君は風音だよ。僕の最初のポケモン、風音だ」
 何の前置きもなく抱き上げられる。嫌じゃない。びっくりしたけれど、これは普通だろう。風音、風音。覚えなきゃ、私の名前。私の新しい名前。自慢しよう。いい名前でしょう、素敵でしょうって。

藍方石アウイナイト
 目の前で笑う子ら。
 これでいい、これでいい、これがいいのだ。
 幸せだ。きっと彼女らはこれから幸せになれる。
 どんな困難が待っていたとしても、その先には幸福が待っている。
  博士、家族を頼みます」
 一つ、謝罪を。君との約束を破ってしまうかもしれない。
 けれど、この先の幸福を見たら君も許してくれるはずだ。
 彼女のあんな笑顔は、この未来でしか見ることができないハズだから……。

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