水をまく

108
 わたしの ちいさなおともだち。
 きみの旅路が素晴らしいものになることを願っています。
 何度も躓いて、負けて、それでも諦めないきみを、誇らしく思います。
 最後にはちゃんと勝利を勝ち取り、わたしに見せてくれた初めてのバッジ。
 ご両親よりも早く、早く見せてくれたと聞いたとき。
 歓喜溢れてしまったのは、極楽場にいっても内緒にし続けてくださいね。


▼ △ ▼ △ ▼

 手を繋いで送り届けた先のポケモン塾で、一悶着あった。
「ダメ! お兄ちゃん、行っちゃダメ!」
 僕の手をぎゅっと握って、駄々をこねる子。どうしたものかと先生と顔を見合わせる。
 苦く笑った僕を見て、先生は彼に諦めるように言ったが彼の駄々こねは更に激しさを増す。
「お兄ちゃんだって、一緒に居てくれるよね! ねっ!」
 教室から何事だと見てくる子たちの視線も刺さる。彼に一言断って、手を放して貰った。逃げていかないという条件付きで、渋々。本当に嫌そうに手を離した彼。鞄を少し動かして時刻を確認する。
「(……風音の機嫌を考えると、1時間も無理そうか)」
「30分だけなら居てあげる。でも、それ以上はダメ」
 先生とではなく、駄々をこねる彼と交渉した。彼は不満そうな声を出すが、僕が引く気がないことを理解してそれでもいいと、また手を繋ぎたそうに伸ばす。その手を取って、見守ってくれた先生と向き合う。
「勝手に交渉してすみません。30分だけ、お邪魔しても大丈夫ですか?」
「え、えぇ! ポケモントレーナーの方よね? ……失礼だとは思うのだけど、お名前は」
「津波です。カントーのマサラタウンから来ました」
 此方へどうぞと、案内され塾の中に入る。
 教室に入ると流石に手を放してもらえたらしく、彼も着席した。

「皆さん。此方は先輩トレーナー・津波さん。お忙しい中、少しだけお時間を頂けたので普段は聞けない先輩トレーナーさんの気になる所を、沢山聞きましょうね」
 先輩トレーナーではあるが、旅を出て半年も経っていない。ハードルを上げないで欲しいなと、内心苦く笑った。好奇心あふれる視線を一心に受ける風音は、我慢の限界が来たらしく鞄の中に潜り込んだ。コツコツと、モンスターボールを鳴らしてみたがそっちは嫌らしい。
「あっ! イーブイ、隠れちゃった……」
「人見知りな子なんだ。慣れたら出てきてくれると思うから、ゆっくり待っていて欲しい」
 教室が、少しだけざわつく。雑多の中の声は大まかに、同意と戸惑いと、不信感。僕に向けられる感情ならいいかと、聞こえないふりをして、仕切る先生の話に耳を傾ける。
「はいっ! お兄さんの最初のポケモンはなんですか!」
「今、鞄の中に隠れているイーブイです」
「じゃあ、わたしもイーブイが貰えるってことですか!?」
「イーブイを連れて旅をしたい場合は、研究所からではなくブリーダーから譲ってもらう形になります。僕の場合は結構なレアケースなので参考にしないで下さい」
 その場しのぎで嘘をつくのも良かったかもしれないと、馬鹿正直に答えた後に思った。手持ちには炎李がいるから、彼が最初のポケモンだと嘘をつくのも一つの手だが、そうすると絶対に風音はへそを曲げてしまうのでこの案は思いついたが、無しだな。風音のご機嫌が最優先。
「はいっ! 今まで、どんなポケモンとバトルしてきたんですか」
「沢山バトルをしたよ。うーん……具体的に言うなら、皆はオレンジ諸島って知ってる?」
 僕の質問で、またざわつく子たち。知っているという声はなく、席の近い子に互いに聞いて首を傾げあっていた。
「オレンジ諸島というのは、カントー地方の南に位置する熱帯の島々のことよ」
「そこにはオレンジリーグという、ジョウトリーグに近いものがあって、そこで優勝しました」
 優勝という単語のインパクトが強かったらしく、またもやざわつく教室。このまま喋っても聞こえないだろうと思い、静かになるまで待つ。
「オレンジリーグに挑戦する過程で沢山のポケモンと出会いました。どんなと言われると悩ましいのだけど、出会ってきたポケモンは皆、強かったと言っておきます」
 対策・作戦を立てて、自分に有利なまま勝敗を決する。そこまでは言う必要はないだろうと、時間的に最後になるだろう質問を待つ。
「はいっ! じゃあ、お兄さんのポケモンを見てみたいです」
「あー……それがラストに来るか」
 困ったなと、零れてしまった声に質問をした子が不安そうに目線を泳がせた。ただ、悪いことではないのだと一応弁解をしておかなければ後々、あの子が悪いと非難を浴びそうで怖い。
「僕のポケモンは、そこまで人に慣れていません。一緒に遊んだりすることも、近づいてみたいということも難しいと思います」
 社交的な炎李や鋭侍であれば可能だろうが、疾風も氷河も可能性は薄い。疾風は嫌な顔は隠さないだろうし、氷河は氷河で威嚇して怪我をさせてしまいそうで僕が怖い。炎李と鋭侍の2人だけに任せるのは負担が大きすぎると判断した。全員、人見知りですということにしよう。
「ただ、僕との約束を守ってくれるのなら見せてあげることはできます。  守ってくれますか?」
 満場一致で、いい返事が飛んできた。少しだけ不安だが、近づいてくる子がいた場合は威嚇されるよりも早くボールに戻してしまえばいい。事前に伝えておけば、彼らならちゃんとやり遂げてくれるという信頼があった。
 グラウンドに出て、その位置から動かないように伝える。炎李、疾風、氷河、鋭侍。風音は不参加化と思ったが、鞄の中から出てきてくれた。1番小さいけれど、1番最初に仲間になったのだと生徒たちに見せつけるように堂々と振る舞う。
 先生の号令で、生徒たちから大きな「ありがとうございました」のお礼が飛んでくる。「どういたしまして」と、返すと後ろに控えていた風音たちも同じように返事をする。なんて応えたのかはわからないけれど、悪いことではないはずだ。
 皆をモンスターボールの中に戻し、風音が肩の上に乗ったのを確認してポケモン塾を後にした。

▼ △ ▼ △ ▼

 腕の中で抱きかかえられている風音のほっぺたを、むにむにと揉みながら町を歩く。ご機嫌の取り方はそれでいいのか? と、首をかしげてしまうのだが風音はそれでいいらしい。怒られた覚えがないのできっとこのまま進んでいく。
「ん……?」
 何気なく道を歩いていると、目の前には1つの塔。なんの塔だろう? と、見上げていると背後から下駄の音が聞こえてきた。
「マダツボミの塔へいらっしゃったのは初めてですか?」
「マダツボミの塔っていうんですか……」
 振り向いた先にいたのは糸目のお坊さん。ぺこりと、会釈をしたお坊さんは僕の隣に立って軽く説明をしてくれる。
「この塔は1本の柱だけで支えられています。その柱が絶えず揺れる為、マダツボミの塔と呼ばれているのですよ」
「1本の柱だけで、支えるなんてことができるんですか……!?」
 見上げた塔が絶えず揺れているようには見えず、外観はしっかりと立つ塔だ。
「良ければ中に入ってみてください。見学者は絶えず歓迎しておりますよ」
 塔の出入り口でしっかり入場料を支払い、中に入る。このお坊さんは集客を担当している方だろうか? まあ、観光地を巡るというのはこういうことだろうなと受付で指定された通りの金額を支払う。
 中に入ると、お坊さんの言っていたことが本当だったのだと知る。内部の柱が不規則にゆらゆらと揺れ続け、どうしてこれが立ち続けているのか不思議でならない。そもそも、かなりの高さがあった塔だ。これだけ大きな1本の木を切り倒して、塔を作るという工程も大変だっただろう。
 呼び込んだ縁があったおかげか、お坊さんは僕の専属のガイドのように塔についての様々な小ネタを教えてくれる。そこまで聞いていない、展示には書かれていないものまでしっかりと。覚えきれそうにないが、そんな話があったと頭の隅に置く程度が嬉しいのだと、お坊さんは語った。
「ここまでしてもらって、申し訳ないです。……せめて、お名前を聞かせてもらってもいいですか?」
「いいえ。わたしはわたしの責務を果たしたまで。……では、お互いに名乗るという形で」
 それならば、僕から名乗るべきだろう。
「津波と言います。今日はありがとうございました」
「これはこれはご丁寧に。わたしは、狐仙という者です」
 とても優しい声色で彼と自己紹介を交わした。
 まあ、自己紹介をしたといっても僕らは根無し草のような存在。そこから発展する縁がある訳もない。

水をまく
 ポケモンセンターの部屋に戻ると、光葉がメモ帳を持って気合を入れていた。
「……?」
 その気迫に一歩引いたが、後ろはドア。 にげられない!
「津波さん!」
「は、はい」
 なんでそんなに気合を入れるんだろうか。
「つ! つ、次の町はどこに行きますか!? いくつか候補があって……」
 なんだその話かと、肩の力を抜く。無駄に緊張したなと、意気込む光葉に近付いた。
 光葉のメモを盗み見たが、どんな町なのかはちっとも分からず。光葉の説明を待つのが無難だろう。
 ガイドである光葉の初のお仕事だ。どんな説明が来るのだろうと胸を躍らせた。


108/110
Back - INDEX - Next

back to top