明と暗

016
 空っぽになった器の中に芽生えるものはあるのか。
 意識なく、くたばることができるのならばどんなに幸せか。
 こんなことになるのなら、ずっと眠っていれば良かったのだ。






 太陽が高く昇っている。目を覚ました時は、体の節々は痛かったもののそれ以外の痛みはない。戦いで負った傷というよりも、硬い場所で寝ていたが故の痛みのようだった
『(治療されている……)』
 自然治癒の範囲を優に超えていた。俺はこれを知っている。人の持つ薬の力だ。理解はできるものの、使用されたという感覚がなければ気持ちの悪いものだ。何もかも消えている。
「あ、起きた……?」
『!』
 此方が起きたことに気づいた男は、ゆるく笑う。
「お腹空いてない? 良かったら、一緒に食べよう」
『…………』
 どうも気が抜ける。腹は減っているが、このまま逃げてしまおうか。襲って、負けて、治療されて、その上共に食事をしようなどと言う……。此方を苛立たせる天才だろうか。煽りの才能がある。質が悪いことに、この男は、このトレーナーは、善意で物事を進めている。とんでもなく、引きが悪い。
『(逃げるか……?)』
 逃げた所で追ってはこないだろう。ならば、貰うものだけ貰って関係を断てばいい。何より、一つ気になるものがある。それを確認できるチャンスがあるとすれば、今だけだ。仕方がないのだと言い聞かせ、差し出された皿を受け取る。
「僕の名前は津波。こっちは相棒の風音」
   よろしくね。と、続ける男がとても軽い声を出す。
 理解できないのだろう。知らないのだろう。こんなにも、俺は怒っているのに。屈辱的な仕打ちを受けているのに。敗者に情けをかける行為が、どれだけ重いものなのか。
『(  殺すか)』
 傷は癒えた。敵わない相手だとは思わない。油断している。呑気に笑いあっている。そのか細い喉笛に爪を立てれば呆気なく命は尽きるだろう。悟られぬように盗み見る。タイミングを見計らい、飛びda。





 食事でもどうかと軽く誘ってみたが、それは軽率な行為だったと詫びるべきなのだろうか。今更詫びた所で彼の自尊心を傷つけるだけなら、何方でも変わらない気がした。さっさと食べ終えて、離れてしまえばいい。
「(どうも気になるんだよなぁ……)」
 ちょっとぶつかり合うと、すぐに相手のことが分かった気になってしまう。ヒトカゲが何を思って動いていたのか、なんとなく理解した。
 強い怒りだ。他者を恨み、憎み、怒るようなものではない。彼の怒りの矛先は常にヒトカゲ自身に向けられていた。どうすればあそこまで自分に怒れるのか。知ってしまえば気になってしまう。気になるから手元に置きたがる。放っておけないけれど、放っておいてほしいと思う相手にそこまで深入りするのも野暮だが……。
「(視線が凄いんだよなぁ。隠してるつもりなんだろうけれど……)」
 風音の言葉にそれとなく返事をしているが、頭には入ってこない。他愛のない話だからか風音もそこまで深く語ってはいないだろうが、申し訳ない。僕はそこまで並行処理マルチタスクが上手じゃないんだ。
 黙々と食事を続けていたヒトカゲの爪が僅かに伸びる。熱心に見ていた僕の喉笛でも引き裂こうというのだろうか。来るとわかっていれば防げないものじゃない。
「ヒトカゲ」
『!』
 相手が立つ前に静止をかける。気づかれたとなれば下手に動かないだろう。案の定、伸びた爪を隠して固まったヒトカゲ。見計らってボールを投げる。
『は』
 こつんと、緩いカーブを描いて飛んで行ったボールがぶつかる。
 弱っていないポケモンにボールをぶつけても、強い意志があれば逃げられる。油断しているという意味では今のヒトカゲは油断して、まともな頭ではないかもしれないがそれぐらいはすぐに切り替えられる。
「(抵抗すれば逃げられることぐらい知ってるだろうしなー)」
 ぐあんぐわんと、ボールが揺れる。風音がぱちくりと不思議そうにボールと僕を行き来する。
「仲間が増えるかもしれないけど、そんなに嫌だった?」
『いえ……。その、ふいうちだったので』
 風音の中での僕は聖人様か何かなのだろうか。それとも、風音をあれだけ連れていくことに渋っていた癖に、ヒトカゲにはあっさり拒否権なしでボールを投げているから戸惑っているのか。
 ぽーんと、ボールの揺れが止まると同時に音が聞こえる。捕獲完了を示すものだ。地面に転がったままのボールを拾い、投げて中からヒトカゲを呼び出す。出てきたヒトカゲは抵抗らしい抵抗もしなかった癖に、この状況が不服だと言わんばかりの表情を浮かべている。
「嫌だった?」
『…………』
 表情は嫌そうだが、噛みついては来ない。此方への敵意は薄れている。となれば、これは照れ隠しと考えていいだろう。少々強引だったが、これで彼の持つ怒りの矛先が僕か他の何かになるならば万々歳だ。

明と暗
「突然のことだけど、新しい仲間だよ。風音」
『はい。突然のことでしたけど、仲間だというのなら受け入れるべきですね。よろしくお願いします。ヒトカゲさん』
『…………』
「名前決めないとなぁ……」
『ヒトカゲさんではなく?』
「仲間外れはダメでしょ。僕らの仲間なんだし、ヒトカゲが嫌じゃ無ければになるけれど……」
 返事がない。ただの屍のようだ。
紅蓮ぐれん……嫌、それじゃあ今の君には強すぎる」
 うんうんと唸り、彼に名を伝えた。特に反論も反応もなかったので悪いものではないと解釈し、今日より彼をそう呼ぶことにした。  炎李えんりと。


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