西洋薄雪草

017
 一つ、二つ、三つ。
 日を超えるごとに覚えたことが増えていく。
 四つ、五つ、六つ。
 日を超えるごとに覚えなきゃいけないことが減っていく。
 七つ、八つ、九つ。
   あっ、これ以上は無い。
 十。
「博士っ! 俺、コイツにします!」
 お守りと、祝福。これはいつもの儀式。
「だってコイツが一番強そうだから!」
 そっか、そっか。強いから選ばれたのか。






 道を大きく外れてしまったのか、方向音痴になってしまったのか。子供の足でも半日も歩けば着くとされる1番道路の攻略の目途はたっていない。それもこれも、強引に仲間にしたヒトカゲ……炎李と呼ぶことにした。その炎李が中々の曲者だったからだ。
 バトルが好きなのか、僕の指示より先に飛び出し攻撃を始める。野生のポケモン、トレーナー戦問わず戦おうとする。勝ってはいるもののその勝ち方は僕の思い描く正しい勝ち方ではなく、ただ我武者羅に……なんというか、死兵のように動き続けるのだ。連戦により疲れていたとしても無理に動き、自分はまだ負けていないのだと必死にアピールし続ける。
「戻れ、炎李」
「戻ってくれ、ピジョン。……なんというか、君のヒトカゲ。怖いね。バトルありがとう。じゃあまた」
 バトルには勝てるものの相手のトレーナーからは若干引き気味に、小言という名の先輩からのアドバイスがいくつか降ってくる。ポケモンの行動はトレーナーの失態だとは思っているが、こう何度も続くとイライラしてくる。大人げないかもしれないが、炎李は何をそう急いでいるのか理解できない。
「ふーっ……」
『マスター……』
 手当たり次第にトレーナーへ、ポケモンへと立ち向かう炎李。初心者トレーナーへ配布された〈傷薬〉 キズぐすり はすべて使い切った。これ以上のバトルはモンスターボールの保護装置があるとはいえ、危険だ。
 モンスターボールの中に入れっぱなしにしていても、ポケモンやトレーナーが通りかかったり、近くにいたりすると強引に出てきてバトルをしようとする。嫌な言い方ではあるが、この二日間はそんな炎李に振り回され続けた。いると察知するとボールに戻ろうとせず、我が道を行くのだ。そして確実にトレーナーかポケモンを見つけバトルに入る。しかし、そんな生活も今日で終わりにしなければならない。
「炎李」
誰もいないことを確認し、炎李をボールから出す。素直にボールから出、きょろりとあたりを見渡す炎李。誰もいないことを確認して出したのだ。飛び出されては困る。……どこかへ飛び出すこともなく、炎李は僕をじっと見上げた。今日になってようやくまともに会話できそうだ。
「炎李、落ち着いて聞いて。薬が切れた」
『そうか』
 それがどうしたと言わんばかりの表情だ。僕の言いたいことが理解できないのだろうか。
「これ以上、君をバトルに出すことはできない」
『何故? 俺はまだ戦える』
 不満そうに反応し、くるりと回転し、怪我一つしていない身体を見せつける。君が今、怪我一つしていないのは僕が最後の〈傷薬〉 キズぐすり で治療したからだ。
「君が重症になった際に、モンスターボールの安全装置に頼らなきゃいけない。でも、それはとても危険で僕が嫌だ。だから、君には次の町であるトキワシティにつくまでバトル禁止っていう指示を出したいの」
『納得しないといえば?』
「不満なら仕方がない。その時は、〈閉鎖〉 シェイン を使うしかないね。あんまり使いたく無いけれど、トレーナーが制御できないのであれば頼るしかない」
 モンスターボールに装着する特殊な鎖。トレーナーの意志以外でのボール開放が不可能になる。ポケモントレーナー志望のモンスターボールにデフォルトで入っている機能で、ポケモン図鑑と併用することにより一時的にポケモンをボールの中に留める。
『……。わかった。お前に従おう』
「何で焦ってるか僕はわからないけどさ。強くなりたいのなら一緒に頑張ろう」
 脅しの影響か、炎李は此方をしっかり見ている。というか、〈閉鎖〉 シェイン を知っているということは間違いなく初心者用ポケモンだったな?
「(最初の主人に捨てられて、焦ってたのかなぁ……)」
 ポケモンは素直で、初心者用の子は特にその傾向が強い。素直で従順で、トレーナーと共に成長ができると見込まれた子たちを渡すからだ。捨てられた際に何か言われ、それをずっと叶えようと、健気に追い求め続けていたのだろう。
「君は今でも十二分強いんだから。こんな所で焦って道を踏み外しちゃいけない」
 こんな場所に留まるよりも、もっと世界を見たほうがいい。僕はそんなに戦う気は無いけれど、強くなりたいと思う気持ちは理解できる。負けたくないと思うのは誰だって同じだろう。





 日が高く昇っている。時刻は丁度お昼時だろう。体内時計でお腹が小さく鳴る。くぅくぅと鳴るお腹に力を籠め、速足で町の中心部にあるポケモンセンターを目指す。
 本当なら直ぐにでもレストランに足を運びたいがそうはいかない。オーキド博士から「町に入ったらまず、ポケモンセンターを目指すんじゃぞ」と、助言がされているからだ。理由は教えられていないが先人の知恵というやつだろう。意味がないと思ったら止めればいい。オーキド博士は言葉こそ、回りくどく他人を欺くような言い回しをするが助言に嘘はつかない。故に、お腹が空いても目指す場所はポケモンセンターなのだ。
「二人とも、もう少し我慢してね。就いたら、すぐにご飯にしよう」
 風音、炎李から急かされた気はしないものの、我慢をさせている自覚はある。できる限り急ぎ足で歩いていたが、ふと自分の前が塞がれた。
 行き先を塞がれてはぶつかってしまう。一度立ち止まり、前を向く。なぜか仁王立ちをする少年の姿があった。津波と同じような背丈だ。同年代の男の子は一部を除き、津波よりも背丈が低い。そう考えれば、彼は抜きんで背が高いか、年上かのどちらかだろう。
「…………」
 見上げた顔に覚えはない。あからさまな、通せん坊。先輩トレーナーの後輩いびりか何かだろうか。炎李が森で暴れ、戦ったトレーナーというようにも見えない。まぁ悪い考えは止そう。行き先が偶然かぶっただけだ。
「(よし、行こう)」
 通ろうとした道を逸れ、横切ろうとしてもその先をふさがれる。なんだかんだ前には進めているが、進んだ気がしない。お腹がすいた、赤の他人に道を塞がれる。
「(落ち着け、幼稚な悪戯だ。相手が満足すればどこかに行くはず……)」
 世の中にはワザと人にぶつかって喜ぶ阿呆がいるのだ。これも、ある意味ポケモントレーナーになるための試練のようなもの。人同士での無駄な争いを回避するための勉強の一つ。
「おい」
 気のせいだ。ここに僕を呼び止める知り合いなどいない。仮に呼び止められたとしても、こんなにフレンドリーな呼び止められ方はしない。つまり、気のせいだ。
「お前だよ、お前」
 ぐいっと手首が引っ張られ、そのはずみで顔が上がる。自分のほうを向けと、かなり強い力で引っ張られた。地味に痛い。人物は通せん坊をしてきたあの少年。顔をじっくりと見る機会ができた。が、やはり見覚えがない。
「誰……?」
 失礼かもしれないが、素直な言葉が零れた。正直、相手のほうが色々とやってきてはいるが、ぐっとこらえる。事を荒げる気はない為、相手が謝罪か逃亡をすれば告げ口するぐらいで許すつもりだ。
 だが、現実とは思い通りにならないようで、とんだ言いがかりを叫ばれた。
「泥棒!」
「は……?」
 体内時計ではお昼を過ぎている。つまり、体感午後一時前後。お昼ご飯を食べ終えた人が、行き来している大通り。さて問題、そんなところでこの台詞を叫ばれたらどうなるか。考えるまでもない、注目の的だ。
 人々からの視線が痛い。嫌悪だったり、好奇心だったり、色々なものが混ざっている。ほんの少しの同情があるように見えたのが不思議だ。この少年から何かを盗んだ覚えはない。ならば、堂々としていたほうがいいだろう。周りの視線こそ痛いが、こんな所で冤罪を作るほうがやっかいだ。
「言いがかりは止めてください」
 大声には大声で返す。相手の言葉のインパクトには及ばないが、少なくとも自分の意見は伝えた。
「歩いていた僕らに突っかかってきたのはソッチでしょう」
 周りに誤解されたままでは過ごしにくい。自分の意見を、世間に示すのも重要だ。
 お腹がすいた、なんか疲れた。頭の中がそれらに浸食されつつある。
「身に覚えがないので、とりあえずポケモンセンターに行きましょう。来てくれますか」
 少年は主導権を握れなかったことが不服なのか、顔を歪める。だが、此方は言いがかりをつけられたもののかなり譲歩している。
「は? ふざけんな、今すぐソイツを……」
「突然道を塞がれた上に、泥棒だなんていいがかりをかけられているんです。これでもかなり譲歩していますよ。……少なくとも、これ以上譲る気はありませんので。では」
 わなわなと、相手の手が震え、顔が真っ赤に染まっていく。そんな少年を後目にポケモンセンターへ急ぐ。
「(最悪、警察沙汰かなぁ……。周りの目もあるし)」
 正直、警察のお世話になるのは程々にしたい。が、それはそれ、これはこれ。
 少し不安そうに鳴く風音の頭を撫で、宥める。
「あー……っ。お腹すいた」
 出てきた声は、少し掠れていた。

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