沈黙

021
 通告があった。
 どうやら私の行動は失敗に終わったらしい。
 生き残った子供たちは両手で数えられる程度。
 輝かしい功績を収めているかと問われれば微妙。
「主任、お時間です」
 それでも、私の行いには意味があった。
 この凍結もいずれは解除されることだろう。
「機会は等しく、平等に与えられるべきだと思ったのさ」
 このプロジェクトの中止だけは阻止せねば……。






 トキワの森へ入って三日が経過した。野生のポケモンとのバトルで厄介な毒状態になることなく進むことができたのは、相性が有利な炎李の働きがあったからだ。虫タイプのポケモンは集団行動することが多い為、その巣に近寄りさえしなければ炎李を外に出しておくことで攻撃される可能性がぐっと落ちる。
「(しかし、道に迷ったのは不運だったな……)」
 偶然出会ったトレーナーが、スピアーの大軍を引き連れ逃亡中だったことが旅の移動速度をぐっと下げた。本来ならニビシティへもっと早くついていてもよさそうだったのだが、道なき道を方位磁針と地図頼りに進むのは効率がよろしくない。
 旅にトラブルは付き物だが、他人から分け与えられた不運を恨み事一つ吐かず消化する技量はない。大変申し訳なさそうに何度も頭を下げられ、謝罪されたが相手のポケモンの状態が悪く多めに所持していた薬系統も譲り渡してしまった。あの時はそれが最善だと思って行った行動だが、自分たちの首を絞めているのは重々承知している。
 二度も虎の尾スピアーの巣を引かぬよう、道を慎重に選び、道なき道を進む。スピアーが数匹巡回するように飛んでいれば要注意だ。どこにあるかわからないが、巣が近いという証拠であり飛ぶ飛び去った方向を見て巣の方向を予測し避けるように行くしかない。
 炎李が突っ切りたそうにソワソワしているが、事前に却下を伝えておいた。数匹相手なら問題ないにせよ、数重となれば流石に勝機はない。スピアーも巣を守るために命がけで突撃してくることだろう。命がいくつあっても足りないような無駄な争いは避けるべきだ。
「日が落ちそうだな。今日はこの辺で終わろう。日が暮れると此方の索敵も落ちる」
『俺がいる。もう少し進んでも問題ない』
「現在地が把握できてない状態では無茶をしたくない。最悪、君たちの命に係わる」
『モンスターボールがあるだろ。心配なら風音を残せばいい』
 あー言えばこー言う。無駄に知識のある炎李を宥めるのは意外と難しい。遠慮なく自分の意見を言い、平気で無茶な提案をする。あと少し此方が強気に押し切れば、引き下がるだろう。炎李が何度もこんな提案をするのは、僕の焦りが表に出ているせいだ。本人の性格もあるかもしれないが、根本的な原因は僕にある。
「巻き込まれて計画が狂った自覚はあるけど、君が心配なんだよ。モンスターボールの生命維持装置は優秀だけどもしもが無いわけじゃない。僕はまだ、君と旅をしていたいよ、炎李」
『…………』
 よし、引き下がってくれた。もしかして、炎李は僕を試しているのだろうか……? それならそれでも構わないのだが、ずっと会話に参加できていない風音がむくれている。
「風音、悪いんだけど枝を落としてくれる? あの木とか行けそう?」
『勿論です! 行ってきます、マスター!』
 扱いやすいとは言ってはいけないが、すごく単純な風音が心配になる。凄く、詐欺に引っかかってしまいそうな性格をしている……。
「生木だから、少し乾燥させたいな。炎李、頼める?」
『わかった』
 風音に落としてもらった枝を渡すと、炎李が軽く火にくぐらせる。その程度で乾くかと聞かれれば否だが、なんとなくおまじない程度でやっている行為だ。何方かといえば、二人の気をそらすための手法とも言う。一度火にくぐらせた温い枝をある程度の山にし、炎李が再度火をつける。
 燃え始めた枝を見、今晩何を食べようかと一人考えた。





 食事を終え、調理器具が飛ばないように片付ける。明日の朝も使う予定だから、少し使いやすいように整える程度だ。お腹一杯になった風音は、炎李が警戒し続けている為だろう。かなりリラックスした様子で出しておいた寝袋の上で丸くなっている。
 炎李は自身の爪を気にしており、時折伸ばしては研ぐといった作業を続けている。どこまで鋭利にする気だろう。しばらく、切り裂く きりさく を使うのを控えてもいいのかもしれない……。
「風音、空見てみて。月が綺麗な半分」
『はい、マスター。半分です。どうして大きくなったり、小さくなったりするんでしょう……?』
「これからどんどん見える部分が大きくなるよ。夜の楽しみだね〜」
『はいっ! 楽しみです』
『(嘘をつけ……)』
 苦虫を潰したような顔で爪を見ている炎李。研ぎ方が気に入らなかったのだろうか。
 ぐでんと、寝袋の上に寝転がる。雲はあるものの月が出ているおかげで、比較的過ごしやすい。炎李の尻尾と月の光は偉大だ。寝転がった途端に風音がお腹の上へよじ登ってくる。跳んで来ないのは僕への配慮だろう。ありがたいことだ。おかげで食べたものを吐き出す心配がない。
 手持ち無沙汰になり、風音を撫でていると耳がピンと立ち上がる。炎李も立ち上がり周囲の音を気にしているようだった。二人がそうなるのであれば、何かある。身を起こし立ち上がる。
『来ます!』
 風音の声と共に、何かが震える音がする。草むらから飛び出す小さな影。炎李が応戦するかと思いきや、見向きもしない。その先を見据えている。
『俺が突っ込む』
『わかりました、サポートします』
 空を覆いつくす黒い影。耳障りな羽音。理解した途端、頬が引きつる。とんでもないものを引き連れてきたな。逃げてきた子を恨まずにはいられない。
「お尻の針に注意して、炎李! 火炎放射 かえんほうしゃ !! 風音はシャドーボール!」
 スピアーの大群。なんて運が悪い。逃げようにも、旅の必需品は外に出しっぱなしだ。森の中で迷ってもう一度同じ場所へ行くのは何らかの目印がないと不可能。ここを離れるということは、これらを諦めるということ他ならない。
「(今から片づけるのも無理。時間が足りない。何とかスピアーに諦めて貰うしかない……!)」
 できるだろうか……? 嫌、やるしかない。分かっているからこそ炎李も突っ込んでいったのだから。

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