沈黙

022
 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
 弱くてごめんなさい、逃げてごめんなさい、巻き込んでごめんなさい。
 でも、辛かったの。痛かったの。余裕なんて無かったの。
 わたしは、わたしは、悪くない……。でも、ごめんなさい。






 火炎放射≠ニシャドーボール≠ェスピアーにぶつかり、爆発する。怯むことなく突っ込んでくるスピアーの大群。後ろにどれだけの控えがいるのか、考えたくもない。
「炎李、切り裂くで応戦。隙間が空いたら火炎放射で牽制! 風音は落ちてきたスピアーに向かってアイアンテール! 反撃に気を付けて、近寄らせちゃいけない」
 火を恐れず勇敢に突っ込んできた所で相性の優越は覆らない。群れで過ごすスピアーの何が恐ろしいのかといえば飽くなき数だ。数で圧倒し相手の体力を削り、ジリ貧になった所を仕留める。六匹という制限があるトレーナーがスピアーの巣に単独で挑むなどよっぽどの猛者か命知らずの阿呆だ。
「(リーダーを見つけなきゃ……)」
 群れを作るポケモンには必ずそれを統治するリーダーがいる。そのリーダーの判断を変えることができれば見逃してもらえるだろう。彼らは本来とても臆病で、それ故群れという手段を使って自分たちを守る。
「炎李、突っ込みすぎ! 最後まで立っていられないよ!」
『俺が狙われる分には問題ない!』
『マスター、私も出ます! 二人なら大丈夫です。マスターは隠れて……』
 あまり使いたくはないが、仕方がない。
「煙幕!」
 空にいる大群めがけて煙幕を放つ。やろうとしていることを炎李も理解したのだろう。
「風音、目を閉じて! 炎李っ!!」
   光。飛んで、風と音。
「突っ込んで、切り裂く!」
 黒焦げになって落ちてくるスピアーに慈悲を抱いてはいけない。ひるんだ瞬間にこっちが危なくなる。
「後ろ! 炎李っ!」
 気力を振り絞って反撃してくる個体もいる。一気にダメージを与えすぎた弊害がやってきた。少し離れた位置へ押しやった戦闘不能に近いスピアーたちも時間がたてば回復しもう一度やってくる。
「寝不足は明日に響くんだけどなぁ……っ!」
 ガタガタと寝袋が震えていた。





 空が白けてきた。炎李と風音で攻防を入れ替え、何とかしのいでいるが、戦いはまだ終わりそうにない。
「(僕も狙われだしたな……)」
 長期戦による影響で、さばききれなくなった分が押し寄せてきた。相手も連戦で疲れていることもあり、避けられないことはないがかなり怖い。一回でもまともに刺されば、命にかかわる。
 ただ、探していたリーダーの個体もようやく見つけられた。制空権は向こう側にある為、近づくことは難しいが、護衛役の個体を足場に何とか追い込むことができれば、撤退を選ばせることができるかもしれない。
 すでに炎李には囮役になるよう指示は飛ばした。次の煙幕≠フ指示では爆発させず、逆に突っ込んで、派手に暴れるよう指示している。初手の大爆発で痛手を負ったスピアーは煙幕≠かなり警戒している為、近づきやすくなることだろう。
「煙幕!」
 視界が悪い中で二人が離れていく為、僕自身も気を付けなければいけない。
「(怪我一つ負ってみろ、風音は絶対に戻ってくる)」
 気を取られ、手痛い反撃を食らうかもしれない。そうなれば均衡は崩れる。
 煙幕の中から飛び出した風音がスピアーに襲い掛かる。突然の不意打ちを避けることができず、スピアーはアイアンテール≠まともに受け地面に叩きつけられた。地面に着地した風音だが、緊張が解けたのか、ぐらりと体が崩れる。
 地面にたたきつけられたリーダーのスピアーが立ち上がる。瀕死一歩手前……程度だろう。伏した風音も立ち上がるが明らかに動きが悪い。
「(総攻撃されたらどうにもならないな……)」
 モンスターボールさえ壊れなければ二人は大丈夫だ。後は自分の命だが、運が良ければ見逃して貰えるだろう……。スピアーが羽を震わせる。散り散りになっていた者たちが途端に集まり始めた。
  おい』
 スピアーに向かって炎李が吼えた。
『お前らの負けだろ? とっとと行けよ』
 光始める炎李の体躯。徐々に大きくなっていくその様は、彼がずっと追い求めていたものだ。
 見逃してはならないと、神々しくもあるその光景を息をのみ、見つめる。何かしらのきっかけがあれば炎李はきっと、最終進化形のリザードンまで行けるだろう。だから、この姿はきっと一時的なもの。
『ワタシたちなら勝てる。引いてほしいのは其方だろう』
『そう見えるか? なら来い』
 不敵に笑う炎李は少し怖い。彼の知らない一面を見せられているかのようだ。
「(止められるか……? 僕に……?)」
 警戒するべきは、進化後の反動だろう。ポケモンは進化をすると、その体躯、使用する技が変化する。稀にその精神も変化し、トレーナーの指示を無視する……いわゆる、暴走状態になることがある。トレーナーが未熟であるが故に起こるその現象が起こらないとは限らない。
「(僕が未熟なのは構わない。問題なのは、暴走された時の手がないことだ……!)」
 風音も疲弊している。素直にモンスターボールの中に戻ってくれれば御の字。最悪、ボールを壊して出ていくなんてこともあり得る。……嫌、これ以上の最悪の想定は止そう。少なくとも、炎李はまだ落ち着いている。特性の猛火≠ェ発動しており、尻尾の炎の勢いは増し、感情の起伏によって色も変化していた。
『どうした? 来ないのか……? 来ないのなら』
 炎李は徹底抗戦の意を示す。ただ、これ以上の連戦は炎李の体が持たないだろう。
 大丈夫。スピアーも落ち着いている。きっと、話を聞いてくれる。大丈夫。僕は死んだりしない。
「戻れ、炎李」
 モンスターボールから放たれる赤い光。そのままボールの中へ押し込まれた炎李は、それらしい抵抗はしない。腰のベルトへ戻し、スピアーの元へ近づく。
『なんのつもりだ』
 槍のようになっている手の針を向けられる。避けられる距離感は保っていた。攻撃されないということは、やはり今なら話し合いができる。
「見逃してくれないか?」
『断ると言えば?』
「僕らは見ての通り疲弊している。これ以上の連戦はお互いの為にならないだろ?」
『……今なら』
『マスターっ!!』
「殺せると思う?」
 毒針が目の前に迫る。想像以上に遅く見えるそれをつかみ、方向を反らす。
「何か誤解があったんじゃないかな? 僕たちは君たちの家に攻撃してはいない」
 手が少し切れたのは誤算だった。完璧に反応しきれたと思っていたのだが、違っていたらしい。
『……なるほど。いいだろう』
 少し考える素振りをしたスピアーが手を掲げる。
『この者たちはワタシたちの敵ではなかった! 帰還する』
 不満や反発の声は聞こえなかった。それだけ、このスピアーが優秀なのか。それとも、ようやく帰れるといったような感じなのだろうか。ただ、虫タイプのポケモンは比較的仲間意識が高いため反発がないのはあのスピアーがよほど優秀な個体だっただけだろう。
 名残惜しそうに此方を見るスピアーもいたが、攻撃することなく帰っていく。カタカタとボールベルトが揺れる。  君は、不満か。勝機があるようには見えないけれど、勝てると思っている。
「(手、切っちゃったな)」
 もったいないが、飲料用の水を手にバシャバシャとかけ流す。スピアーの毒は水に弱い 。サトシと一緒に見た新米トレーナー講座がこんな所で生きるとは思わなかった。
「お疲れ様、風音。連戦の後だけど少し急ごう」
 急がないと毒が回る。片づけを済ませたとき、寝袋の中に何かが入っていることに気づいた。戦いのさなかに石でも入り込んだのかとひっくり返す。ころりと、中から出てきたのは石ではなくポケモンだった。
「あ……」
 ころりと出てきたのは、ニドラン♀。このあたりでは見ないポケモンだが、迷い込んだのだろうか……? 意外と高いところから落とされたニドラン♀は体を強くぶつけながらも、よろよろと起き上がる。
 勢いよく音を立てて炎李がボールから出てくる。此方を一切見ることなく、ニドラン♀に睨みを利かせていた。炎李の気迫に怖気づいたのだろう。涙目になりながら、一目散に逃げていく。
 元気そうだなぁと、のんきに眺めていたが一拍おいて炎李が吼えた。逃がさないというように、駆け出す。
「炎李、ちょっと、ま……っ」
 がくんと、膝から崩れ落ちる。思った以上に毒の回りが早く、体が思うように動かない。徹夜明けで横になったせいだろう。途端に瞼が落ちていく。
『マスター!? 炎李さん! マスターが……!』
 風音が声を上げるが、視界の先に炎李はいない。僕が動けないのであれば、風音も動けないだろう。炎李が走っていった理由は少しだけ予想できた。ケジメをつけさせる気だろう。
「(そんなに怒らなくていいのになぁ……)」
 戦いたくて追いかけたわけではないだろう。そうだと願って風音に声をかける。
「ちょ■■、寝■……ごめ■」
 呂律ろれつが回らない。伝わっているのかすら怪しい。
『マスター! マスターッ!! ヤダ、起きて、起きてください……っ!』
 一生の別れみたいな声を出さなくても、ちょっと、ちょっと疲れただけさ……。

22/110
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