悔恨

025
 悪魔のような問いかけに、私はきっと間違った答えを返した。
 それは私を守るための善意の言葉。
 その言葉に縋るように私は、事実を一部省略し答えた。
 それがいけなかった事。やってはならなかったこと。
 我が身可愛さに私は、助けてくれた恩人を切り捨てたのだ。








 ニビシティに入って、二日が経過した。穏やかな日々を過ごしていると思う。
「さて……」
 どうしたものかと一つのボールと向き合う。自分の物のはずなのに、これを受け入れる準備ができていない。朝起きたら自分のものだと押しかけられたような感覚だ。不用品をサンタクロースにでも押し付けられたというのだろうか。……生き物に対して失礼かもしれないが、本当に困っている。
 暴れる可能性を考慮して、一度トキワの森付近まで行く。見慣れた場所とはまた違うかもしれないが、帰る場所がしっかり見えていた方がマシだろう。
「よし」
 覚悟を決めて、ボールを投げる。しかし、ボールは虚しく地面に落ち、転がる。無駄な傷を作っただけの結果に終わった。
「……。風音はどう思う?」
 ポケモンの事はポケモンに聞くのが一番だろう。多少の翻訳を期待したが、風音は首を横に振った。
『マスター。この人、何も言いません。聞いてません』
「んー……ボールから出ないって言うのはお手上げだな。無理やり出すことも出来るらしいけど、そんなのしたくないし」
 対話をして、野生に戻る気があるのなら戻してしまいたかったというのが本音だ。怪我を負わせて、捕獲して、治療したから後腐れも無くサヨナラしましょうと言うのは虫のいい話かもしれないが、でもそっちの方がお互い楽だと思うのだ。
「(僕の元に留まる選択をしたって事……? 分からないな、ただもう外が嫌なだけかもしれないし)」
 ジョーイさんが気を利かせたのか、ボールの窓外(そうがい)機能(きのう)が切れている。ほぼ完全なスリープモードに等しい。この状態のポケモンは休眠モードに入り、長い眠りについて自分の都合の良い時期になれば起きる。冬眠に近いだろうか。
「とりあえず、街に戻ろうか。出てくる気もないみたいだし。……風音? かざねー……?」
『(マスターに怪我を負わせて、なんの謝罪もなく沈黙(だんまり)ですか。いい身分ですね。大体、あの日……)』
「かーざーねー?」
『!! マスター!? は、はい! 風音です』
 考え込んでいたのか、反応がかなり遅れていた。攻めてないよと、耳も尻尾もたらして全身で落ち込みを表現する風音をなだめる。
「そんな顔しないで、怒ってるわけじゃないからさ。……考え事?」
『うー……。はい』
 問えばまた更に落ち込んでいく。困ったなぁと、苦く笑って抱き上げる。
「そろそろ帰ろ。食堂でさ、美味しそうなデザート見つけたんだ」
『デザート……! マ、マスター!! 私、そんな贅沢しなくても……!』
「基本的に、ポケモンと分け合って食べるみたい。風音、一緒に食べてみない?」
 主題を逸らせば、風音の落ち込みも消えると思った。思った通り、デザートの事ばかり悩んでくれる。
「(僕の責任なんだから、そんな顔しなくてもいいのになぁ……)」
 なんて、贅沢な悩みなんだろう。






 ポケモンセンターに戻り、ジョーイさんに窓外機能を元通りつけて貰えるよう頼んだが、反対された。曰く、トラウマを抱えているポケモンに外の景色を見せるとは何事だ。今はデリケートな時期だから、相手から動くまで待つのが定石であると。
 外が見えなかったら暗闇の中で一生眠っているんじゃないかとも思ったが、それはそれでポケモンの意志と断言されてしまえば、それまでだった。僕は専門家ではないし、この子にトラウマを植え付けたと認識されているトレーナーだ。何を言っても無駄だろう。
「一つ質問なんですが、この子。本当に僕の手元に居てもいいんでしょうか……?」
「面倒ごとから逃げ出すつもりですか」
「専門的な知識もないですし、僕が傍にいることで余計に怖がらせるんじゃないかと……」
「……まともなことを言って、逃げ出すつもりですか? だから、私は責任感の欠如している志望は」
 本当に何か恨みでもあるのかな。
「(……怒るな、怒るなよ。怒った所で何も変わらないし、悪化するだけだ)」
「……っ!!」
「そうですか、わかりました」
 ジョーイさんの肩が、ビクンと撥ねる。顔にでも出たのか。たかだか子供の怒った顔でそんな風に怯えなくてもいいのに……。
「風音、行こうか」
『はい、マスター』

 食堂で、看板に書いてあったおすすめのデザートを注文する。
「あーん」
『あー……ん!』
 三段重ねになった意外と薄っぺらいパンケーキを切り分け、風音の口元に運ぶ。
「ん、美味しい」
『口元がちょっとベタベタします』
 しきりに口元を気にする風音。パンケーキについてきたメープルシロップをかけたがお気に召さなかった……ではないな。食べた時は美味しそうな反応を見せてくれた。嫌いではないはずだ。
 口元をある程度舐め、満足したのかふぅと息をつく。頃合いを見計らって伺うようにパンケーキを見せれば、喜んで小さな口を開けてくれた。やはり嫌いというわけではないらしい。
「食べ終わったら、いったん博士に相談しよう」
『……?』
「どうしようもない時は、人に頼ればいいだけさ」
 流れるように返事をした風音。同意してくれているとは思うのだが、きっと意味なんてちっとも分かってないだろう。そんな可愛らしい顔をしていた。

 人が行き交う場所で話しづらいと言う事もあり、部屋の中にある個別のモニターを使用した。備え付けのテレビ電話に〈身分証明書〉 トレーナーズカード を刺し、番号を入力する。何コールか経った後、遅れてオーキド博士がモニターに現れる。
「おぉ、津波君。君が旅立って早二週間。他の子と違って一切連絡が無くて心配したんじゃぞ」
「そうですか。僕も風音もこの通り、元気ではあります」
「含みのある言い方じゃな。……それで、津波君。君に関してはあまり期待しておらんが新しいポケモンは何体捕獲したのかね? ワシの所には送られて無いにしろ、フルメンバーは揃っておるんじゃろう?」
 ポケモントレーナーが持ち運べるモンスターボールの数は原則で六つ。それ以上はしっかりとしたケアが行き届かなくなりポケモンに与えるストレスが大きくなる影響で基本的にそれ以上のボールを持ち運ぶトレーナーはいない。
 ポケモンの入ったモンスターボールが七個以上になると自動で指定したボックスへ送られる仕組みだ。僕の場合は、最初のポケモンを得たオーキド研究所に送られるように設定されている。初期設定では強制的に送られるが、設定次第ではモンスターボールが凍結され、自動転送されない様にもできる。と言っても、凍結されるので手元にあるだけで何もできないからほぼ意味を成さない設定だ。
「あ、使用済みのボールは三つです」
「三……⁉ この頃、老化が酷いのか耳が遠いようでな。……して、津波君。捕獲したポケモンの数は?」
「風音含めて、三人です」
 とぼけたフリをする老人に慈悲など要らない。徹底的に現実を見せつけてやる。
 指を三本立てて、笑顔で反復すればそれ以上は言えまい。
「むぅ……。して、どんな子を捕獲したんじゃ?」
「今回突然かけた理由にもなるんですが……」
 何から語ればいいのか分からず、一から順を追って説明する。省くところは省いたが、炎李との軽い出会いと、今の悩みの種の子の話。どうしてボールの中に居るのかわからないが、出てきてくれない事。ボールの中にいた時は酷い怪我を負っていたこと。現状、その犯人が自分となっていてスピアーに少し不服であること。どうしようもない駄々をこねていたが、博士は僕の話が終わるまで適度な相槌のみで聞きに徹してくれた。
「一ヶ月程、君の傍に置いておきなさい。その後、また経過を聞かせておくれ」
「……? 彼女の意志は無視ですか? 僕はこの街にとどまり続ける気は無いですが……」
 長くも短くもない、猶予期間としては十分だろう。それ以上早くケリがつけば良し、できなくとも待ったという免罪符ができる。
「最悪、ワシの元へ転送してくれればニビシティ付近に送ろう。必要なのは時間と、人に対しての恐怖心を和らげる事じゃ」
「僕が傍にいた方が、よっぽど人間不信になるんじゃ……」
「何故その子が君のボールの中に入っていたかはわからないが、君は見覚えがあるんじゃろう」
「……はい」
 スピアーとの連戦になる前、見た気がする。その後の事の方が印象に残り過ぎて、うる覚えだが、居た気がするのだ。
「それが事実だとすれば、彼女からすればむしろ君は恩人に近い」
「恩人、ですか……」
「どんな結果になるにせよ、あまりポケモンを増やす気も無いようじゃし、一枠その子の為に使ってくれんか」
「分かりました……」
 納得はできないが、そういうものだろうと受け止める。
「旅には困難が付きものじゃ。一種のイベントとして楽しんでみるといい」
「凄い暗いイベントなんですが……」
「暗いイベントの後には明るいイベントが待っとるものじゃよ〜! 励め、若者よ!」
 そんな締めの言葉とともにプツンと切れるテレビ画面。息をつき、〈身分証明書〉 トレーナーズカード を抜く。
「困ったね、風音」
『……? そんな困ったことですか?』
 きょとりと瞬いた風音。気が滅入って仕方がないが、後ろ盾は得た。当初の予想とは違った結果になったが、これも何かの縁だ。受け入れるしかない。わしゃわしゃと、少し荒っぽく撫でると風音はきゃらきゃらと笑う。
「君たちがいいなら、僕もそれでいいよ」
 目標は、いつかは作らないといけない。
 何を思ってボールから出てこないのかはわからない。けれど、それも君の選択だと信じよう。僕らの旅は、まだまだ始まったばかりなのだから。


25/110
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