どんな色でも「我が子」であると愛した愚かな母。
また作ればいいと諭す同胞から離れ、二人で過ごす。
父は知らない。何時の間にか居なくなっていたと母は言う。
捨てられたのかもしれないし、真の友を得たのかもしれない。
◇
◇
バトルを求めてくるトレーナーもなく、平和な日。だが、何かがおかしいと首をかしげる。違和感があるのに、それがなんなのかはわからない。先導する炎李が足を止めた。一定の距離感を保って、声をかけない限り止まることはなかったのにどうしたのだろう。
「炎李……?」
『……血だ』
「とりあえず、痕跡を消してから探してみようか。まだ近くにいるかもしれない」
血痕なんて物騒な物、残す必要がない。少し土を混ぜてわかりにくくする程度だが、すぐにできる解決方法はこのぐらいだろう。よく見たら分かるだろうがただの通行人ならわからない。十分だ。
「炎李、方向わかる?」
『……。こっちだ』
少し考えるような間を開けた後、先導し始める。
炎李の案内する道は正しいだろう。現に、重たい何かを引きずった跡が残っている。
『止まれ』
「!」
炎李が静止を呼び掛けた理由はすぐに分かった。
此方に気付き、ゆっくりと体を持ち上げる。目線は此方を向いているはずなのに、どこか遠くを見るような視線が印象的だ。
『…………』
唸ることもせず、じっと此方を見ている。逃げる素振りも見せない為、僕は珍しくも、持っていた〈ポケモン図鑑〉を向けた。
《ウインディ》
《伝説ポケモン》
《様々な伝承に登場するポケモン》
《威風堂々とした佇まいに魅了された権力者が多くいたという》
図鑑と目の前の個体とを見比べ、自分の目が間違っていないのだと再確認する。
「(珍しい。色違いだ)」
身なりをあまり気にしない個体なのか、時の権力者を魅了したというような美しさも気迫も感じられない。泥浴びでもしたのか、艶のない毛並みは見るに堪えない。結構、距離が離れていると思うのだがこのウインディ、かなり臭い。まるでヘドロでもかぶったかのような異臭を放っている。
「(そんなことしたら、目立っちゃうのに……)」
どうあがいても目立つのは避けられないからこその苦肉の策だろうか。怪我をしていたのはこの子で間違いないだろう。色違いという個体は野生化において不運の象徴のような存在なのだから。
人を警戒してすぐに立ち去るかと思ったが、そうでもない。逃げない……嫌、逃げられないのだろうか。そう考えると、力のない視線の意味が説明できる。
試すように一歩前に出る。唸ることもせず、ただ此方を見続けるだけ。
「……逃げないの?」
手を伸ばせば触れられる距離まで来た。空っぽな瞳に自分が映る。
唸ることも、立ち去ることもせず、ただ見ている。諦めたのか。疲れてしまったのだろうか。
「……そ、じゃあ寝覚めが悪いから場所を変えようか」
モンスターボールを一つ取り出し、大きくする。体に押し当てると、普段は小刻みに揺れるボールが揺れることなく、捕獲完了の音を奏でた。
「ちょっと寄り道しようか。いい? 二人とも」
自分たちよりも体躯があるウインディを警戒していた二人に問う。あっさりと捕獲されたことに驚いているのか、二人は顔を見合わせアイコンタクトで互いの反応を伺っているように見えた。
『……私は、マスターと一緒なら何処へでも』
『……好きにすればいい』
その反応は、肯定と見ていいだろう。反対ならもっと盛大に反対っぽく首を横に振るはずだ。
それなら好きにしよう。血痕なんて嫌なものを見て、気にならない人はそう多くはないはずだから。
◇
◇
お月見山は元鉱山として栄え、今は閉山している。
数十年前にブームになったお月見山産の
ウインディを保護という名の捕獲をして、三日程経過した。
ウインディ自身も人と会うのは嫌だろうと言い訳をして、保身のためにお月見山内の洞窟で療養していた。怪我が治れば荒っぽくなるかとも思ったが、そんなこともなく従順なウインディ。唯一の疑問点は、食事がその体格の割には細いということ。此方を警戒しているという感じではなく、ただ単に小食なだけか、口に合わないのか……。
モンスターボールは勿体ないが目の前で壊した。動けないだろうウインディを移動させたいという理由だけで使用しただけだ。ボールの設定で逃がすようにしたが、目視でもわかりやすくしたほうがいいだろうと目の前で踏みつぶした。破片は全部拾って片づけたが、後からビニール袋の上で踏めばよかったと後悔している。
「そろそろ君ともお別れかな。怪我も治ったみたいだし、君もずっと僕たちといて落ち着かないだろ」
無言。風音が不満げな顔をしているが、噛みつくようなことはない。
初日に散々、
『早く行きましょ、マスター! この人、お礼の一つすら言わないんです。一言、感謝ぐらいすればいいのに』
『厚かましい奴だな。下手に懐かれても困るのは
『うぐ……っ。だ、だとしても……ふぬぬ』
呆れた声色の炎李にたしなめられたのか、長い耳を垂らす風音。
普段ならここで小さな喧嘩でも起きそうなものだが今回は無い。落ち込まなければいいのだけれど。
『…………』
ふと、これまで全くと言っていいほど動かなかったウインディが立ち上がる。
のそのそと落ち込む風音の傍まで寄り、ぱくりと首根っこをくわえた。
『は』
「え、」
『ちょ、おろ……ひっ! マスタァアアアアアアアアアアアア!』
「ちょ、誘拐犯!! ポケモン泥棒!!!?」
何が何だかちっともわからない。
わかることは一つ。風音をくわえて駆け出したということ。
こうしちゃいられないと、鞄をつかみ立ち上がる。
「炎李、追いかけるよ」
『あ、あぁ』
炎李も呆気にとられているのか反応が鈍い。
僕の前に飛び出し、先導し始めた炎李。あれだけ早く駆けられたのだから怪我自体はもう大丈夫なのだろう。あとは風音を返してもらうだけだ。
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