渇望

028
 白と黒は混じりあわないほうが良い。
 黒がより黒らしく、敵らしくあればあるほど市場の価値が上がる。
   絆とは、簡単に紡ぎあげることができる。
 運命的な演劇を行うことによって簡単に得られるそれは、随分と高値で売れた。
 何もかも諦めた時に差し込む光ほど眩いものはない。
 優しく、温かく迎え入れられたそれらはいとも簡単に忠義を誓い。
 バイヤーの思い描く理想の装飾品になる。こんなくだらない商売が他にあるか






 久しぶりに動かした体は、思ったよりもスムーズに動いた。
『放して! 放しなさ〜い!』
 そういう割には暴れず声だけの抵抗に抑えている。
 もういいか。これぐらい離れれば安全だろう。下すと、腹いせのつもりか攻撃が一発飛んでくる。
 至近距離だが避けられない速度じゃない。ひらりと交わせば舌打ちが一発。
 あの人間の前だと口はうるさいが、かなり大人しいから話が通じそうだと思ったけれど、そうでもないらしい。人選しくじったかな、ボク。
『一発ぐらい大人しく入れられたらどうですか』
『ぼく、痛いのは嫌』
『その痛いことされる理由を作った人が何を今さら。……無自覚な訳がないでしょう』
 逃げる様子もないし、話は聞いてくれるみたいだ。
 ただ、かなり機嫌を損ねたようで視線はとても冷たい。ぼく、君レベルの素直な子初めてだな。
『君はれあものだろ? 大人しく隠れておいたほうがいい』
『はぁ? 何ですかそれ、そんな事の為に……!』
あれはしつこいから隠れてやり過ごす方がいい』
 知るかと話を切り上げられるかとも思ったが、そんなこともない。
『……一つ聞きますが、そろそろ来るだろう私の知らない人は、今回の件とは無関係ということでいいですか?』
『来る……? 何が……?』
『は? なんでわからないんですか? ほら、走ってきてるでしょう。真っすぐ』
 訳が分からないけれど、彼女なりの忠告だろう。
『じゃあ離れよう』
『無理でしょうね。すでに捕捉されてます。どっちが疲れるかの鬼ごっこです。それじゃあ私がマスターの所に帰れないじゃないですか。却下ですよ、却下』
『だから、きみにとってもこれは悪い話じゃ……』
『来ますよ、お友達ですか』
 隠れる気は無いようで、草むらから飛び出す黒い犬。
 あーあ、来ちゃった。面倒くさい。
『叩き潰しちゃえばいいでしょう。私はマスターの元に帰りやすくなる。貴方はー……そうですね、もしかしたら逃げたい相手をけるかもしれませんよ』
 二対一ならこっちのほうが有利か。
 いっつも独りだったから二人こういうのは初めての経験だ。……わ、すっごく嬉しい。





 頭数は有利だが、共闘というものは意外に難しい。
 互いが枷になっているかのようで、好き勝手に動ける一人がいかに楽なのかがよくわかる。
『はぁ……!』
 遠近、どれを使っても上手いこといなされる。
 自分とウインディの間に入り込み、かわすことで仲間同士の潰しあいを狙う。
 それならば何方かが攻撃し続ければいいのかと思ったが、そうでもない。
 仲間割れを狙っているかのように、巻き込んでくる。とても性格が悪い。
『どうしますか』
『どうするかって……んー』
 考える暇を与える気はないようで、地面を叩きつけ黒い衝撃波を生み出す。
 跳んで交わしてはいるものの、どんどん技の威力が弱くなっている気がする。厄介なものを使ってくる。嫌がらせの達人のような人だ。
『とりあえず、一緒にいようか。バラバラのほうがいいけどそうすると動きづらいし』
『振り落とさないでくださいね』
『努力する』
 背に乗ると途端に周りが見えなくなるが、仕方がないと割り切る。
 何度か砂を巻き上げてみたものの、相手の視界を奪えた気もしない。いい鼻を持っている。
『(私、足手まといですね……)』
 巻き込まれたのはあちらの責任だが、腹立たしいことに何の役にもたっていない。
 ただ、無駄に時間を浪費しているだけだ。くすんだ黄金色の体毛が激しく上下する。
 いくら火炎を吐き出したとて、当たらなければ意味がない。確実に当てようにも相手のほうが数段上手なのは明白。息が詰まる。
『(勝ち目の見えないってこんな感じなんですね……)』
 みっともなくあがいているのに、神様は手を差し伸べてはくれない。
 現実を受け入れ、諦めたほうが早い。楽な道は知っているけれど、そちらへ進んではいけない。
 背に乗ったままでは現状は変えられないと、最も高い頭のほうへ移動する。
『うわ、急に動かないでよ』
『見えないんですよ、しょうがないじゃないですか』
『隠れてたらいいじゃん』
『隠れるも何もないでしょう。ふざけてるんですか』
 やりにくい。炎李さんと共闘っぽいことをしたときは何とも思わなかったのに。……嫌、あれは攻守はっきりしていたし、バトルらしいバトルでもなかったか……。
『なんだ、首輪付きか……?』
『首輪付き……?』
『首輪付きならご主人が残念がりそうだな。手出し無用とも言っていたし』
 戦い方と相反して、可愛らしい喋り方だ。性格はとても悪そうなのに。
『まぁいい。ご主人が来るまで足止めしなきゃだしな』
 上手くいけば対話できそうだが、相手は対話する気はないらしい。
『悪いな、ご主人の為だ』
『悪いと思ってる人の顔ですか、それ』
 あくどい表情を浮かべる黒い人。
 口喧嘩はまだ負けてないと信じているが、実力の差は明確……。
 時間稼ぎに徹している相手を下すのは容易じゃない。
『野生の個体なら、逃走用の技とか持ってるんじゃないんですか』
『無理、使う気が起きない
『……言わんとしてることは理解しました。何か策は?』
『一芝居打って、見逃してもらうことかな。首輪付きってものが嫌らしいし』
 耳が良さそうな相手を前に内緒話は意外と大変だ。
 打開策がお芝居というのも頂けない。確実なのは、マスターとの合流か……。
『来た道、覚えてます?』
『なんでそんなことを?』
『覚えてる前提で行きます。戻ってください、マスターの所へ』
 相手に聞こえるよう、でも自然な音量で。
 首輪付きというのはきっと、主人のトレーナーの有無。
 私にはマスターがいるけれど、この人にはいない。でもやってもらうしかない。マスターが誤解したときは後で何とか言い訳を考えましょう。……誤解するような方じゃないと思いますが。

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