渇望

030
 愚直な子供だった。
 見透かすような深い青の瞳。
 疑うことを知らないかと思えば、変な所で警戒心を見せる。
 あれが本物だろうか……? 嫌、そんな訳が無い。
 色が綺麗なだけだ。あんなもの無いほうが世のためだ。






 ウインディと共に過ごした洞窟に戻った。
 ありがとうと、礼を言い背から降りる。降りやすいように身を屈めるウインディ。監視されていないことは気づいているだろうに、すぐに距離をとるようなこともない。何かしたわけでは無いのだが、手が気になるのか鼻を寄せてくる。
 手の下に潜り込み、自身の額を押し付けてくるウインディ。  撫でろということだろうか。まぁ、あの時抵抗されていたら困ったことになっていたので助かった。撫でてみると目を細めて喉を鳴らす。
「助かったよ、ありがとう」
『あ〜、そこ。もうちょっと強めでも……』
 出会った当初から抵抗こそ無かったが、此方のやること成すこと全てを警戒していた。
 そうだったはずなのにその警戒心を何処へ落としてきたのか。人に慣れすぎたピカチュウのようだ。フリージアを思い出す。彼は警戒心なんて最初から無かったけれど……。
「いい反応だなぁ、ここ?」
 強請られていると解釈し、撫でていく。何処を触ってもいい反応をするウインディ。後ろで控えている風音からの視線が痛い。そろそろ風音に構うべきだ。放置しすぎた。
「風音」
 膝を折り、腕を広げて名を呼ぶ。長い耳をピンと立てて待っていましたと言わんばかりに駆け寄ってくる風音。膝の上でぐりぐりと転がすように撫でれば嬉しそうな声を立てる。
 ずしんと急に重たくなる背中。頭の上にもふもふが乗っかり、何とか耐えているが風音を潰して倒れてしまいそうだ。
「ウインディ、重い重いから……退いて、潰れちゃう」
 飛び掛かってこられたら反動に負けて潰れた自信がある。ゆっくり来られて助かった所だ。
「もう怪我も無いし行っていいよ。さっきの人も、君のことはもう追っかけないっていうし」
 そこは口約束だけど。ウインディを引き留める理由にしては弱い。あれだけ元気に駆けることができるのならもう大丈夫だ。
「あ、重い重い。……ったた、何が不満なの? 僕、そんな変なこと言った?」
 このままじゃ潰れると何とか膝の上から風音を逃がす。大丈夫だと安心したせいか、それともウインディの手加減が終わったのか。どっと後ろが重たくなった。
「ウインディ、このままじゃ僕潰れるから。怪我しちゃうかもだから退いてくれない……?」
『マスターに怪我……!? 早く退きなさい! マスターに怪我をさせてみなさい! 許しませんよ!!』
『んー……』
 風音の援護射撃もあったおかげか、素直に退いてくれたウインディ。背中が解放された。なんて軽い。ぐるぐると腕を回していると、ごめんねのつもりか伏したウインディが此方を見上げていた。
 耳も尻尾もぺたんと垂れている。悪気がないのはわかっている。大丈夫だよと言えば安心したように立ち上がってぐるぐると僕の周りを歩く。
「あー、あのさ、ウインディ」
 自意識過剰じゃないだろうか。大丈夫だろうか。
「もし良かったら、僕たちと一緒に来る?」
 ピンと耳が立つ。ちょこんと座ったが後ろで尻尾がパタパタと世話しなく動いている。
   風音と同類か。感情が目に見えて分かりやすい子だ……。
『行く!』
 力強い返事が返ってきた。  ならばと、ボールのスイッチを押し、弧を描くように投げた。
 ウインディの額がこつんとボールのスイッチに当たる。そのまま吸い込まれ、抵抗の一つもなく捕獲完了の音が響いた。





 人に捕獲されるのはこれで二度目だ。と、言ってもぼくは同じ人にしか捕獲されたことが無いけれど。
 見慣れない視点。見慣れない景色。けれど、不思議と安心するのは何故だろう。ぼくが吸い込まれたものを拾い上げたますたぁは再度それを宙に投げた。
「出ておいで。疾風はやて
 聞きなれない音。取り敢えず出てきたけれど、これであっていたのだろうか?
 首を傾げてみるとますたぁはもう一人の子を外に出していた。  確か、炎李って呼ばれていた。
「今日から僕は君のことを疾風って呼びたいと思うんだけど、どうかな?」
 ぼくが、疾風。いっぱい吼えるちっちゃいのが風音で、腕を組んで静観する子が炎李。ぼくが、疾風。  ウインディじゃないの?
「……あ、ダメ?」
 あ、早く答えなきゃ。ますたぁが不安になってる。
『だ、だめじゃない……! ますたぁ、ぼく、ぼくね』
   ずっと、ずぅっとね。群れっていうものに憧れてたんだ。
『マスターが受け入れたのなら仕方ありません。今日からよろしくお願いしますね、疾風さん』
『俺からも異論はない。仲間が増えるのはいいことだ。よろしく頼む』
 近寄って話しかけてくる二人。  えへへ、へへ。
「あと一人、沙月って子がいるんだ。色々あって今は紹介ができないんだけど、何かあったときよろしくね」
 そっか、沙月って子もいるんだ。うん、いいよますたぁ。ぼく、ちゃんと仲良くする。できる。
 今日はすっごくいい日。嬉しくなって飛び込めば、ますたぁは大きな声を出したけれど、しっかりぼくを受け止めてくれた。

渇望
 おかあさん、あのね、あのね。驚かないで聞いてね。
   ぼくを受け入れてくれる群れを見つけたよ。
 ますたぁはね、ぼくを助けてくれたの。  ぼく、この人になら騙されていいって思ったの。それぐらいね、優しい人。いい人なの。
 風音はね、いっぱいお喋りする子。  何を言っているのか、ぼくにはわからない時もあるけどね。
 炎李はね、少し遠くでぼくのことを見てた子。  これからお喋りするの。ますたぁの群れだもん。きっと優しいよ。
 沙月って子はよくわからない。  でも、会ったら優しくするんだ。

 おかあさん、あのね、あのね。
 ぼく、夢が叶ったんだ。ここはぼくの群れ。ぼくの仲間が居る場所。
 大事にするよ。ぼくの毛色が違っても皆、何でもないようにお喋りしてくれるんだ。
 いい場所でしょ? いい群れでしょ? だから、安心しててね。


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