麝香豌豆

031
 行く当てのない旅に意味はあるのか。
 意味のない旅を続ける。僕は彼らとともにいる資格はあるのか。
   時間が過ぎれば良い。
 適度に、平均を満たす程度に実績を積めば良い。
 時間を浪費するためだけの旅に、彼らの時間を貰っていいものか。






 お月見山を抜け、次の目的地であるハナダシティに到着したのはウインディこと、疾風を仲間に迎え入れてから二日程経過した日だった。町の入り口で簡単な手続きを済ませ、町の中に入る。
『マスター! あれ、なんですか?』
「ん? あー……」
 風音が示す先にある大きな建物。
「んー……? ポケモンジムだと思うけど、なんだか寂しい感じがするな」
 すでに廃業したのか。それにしては年代はともかく、外観は綺麗だ。
「まだやってるかも。挑戦してみたい?」
『いいえ、大丈夫です。早く行きましょう、マスター。いっぱい歩いたんです。休息は大事ですよ、大事です』
 気になりはしたみたいだが、それ以上に惹かれるものはないみたいだ。肩から降り先導し始めた風音。元気がいいのは何より。だけど少し困ったことがある。
「風音、そっちにポケモンセンターはないから」
『え!? ウソ、嘘ですよね!? マスター!!』
 信じられないかもしれないけど、残念ながら本当だ。
 小さく笑って腕を広げれば、ちょっぴりすねた風音が飛び込んでくる。
『酷いですよ、マスター』
「ごめんごめんって」
 でも僕、悪いことはしてないと思うんだけど。





 ポケモンセンターに入り、いつものようにポケモンを預ける。
「はい、お預かりしますね」
「お願いします」
 同時に数日間世話になる小部屋の鍵を受け取る。風音も三回目ともなれば慣れたようで、迎えにきたラッキーが押すストレッチャーに飛び移った。待ち時間をどう過ごすか考えたが、無難な選択はさっさと博士に現状の報告をすることだろう。
 成り行きとはいえ、色違いの個体を仲間に迎え入れたことだし色々と驚かれそうだ。悪い人に追われていたような形跡があったことぐらいなら伝えてもいいだろう。幸い出会わなかったという風にしておけば問題はないはずだ。
 番号を打ち込み、ボタンを押す。どうやら博士は取り込み中のようで他の人と通話中だという表記が出た。仕方がないので電話からメールに切り替える。〈身分証明書〉 トレーナーズカード を再度読み込ませ、自分のIDを表記する。
 確認する気のなかったメールを眺め、博士への新規メールを作成する。現状の軽い報告と、次の行先。三日程度はハナダシティのポケモンセンターに滞在する予定である為、急を要する場合はポケモンセンター経由での連絡をお願いすることを打ち込み送信する。
「(まぁ、疾風について語れと言われて語れるようなことは無いけど……)」
 ハナダシティに着くまでにやったことといえば、血の塊やら泥をたっぷりと吸い込んだ体毛の掃除だった。できる限り手は尽くしたものの、あれ以上綺麗にするにはもうプロの手を借りるしかないと思った程だ。
 幸い初めて見るものも説明すればそこまで嫌悪することもなく、気に入れば喉を鳴らしてせがみ始めるほどだ。プロの手でシャンプーはいいものだと教え込めれば活路は見いだせる。
「津波君ですよね」
「はい、津波は僕ですが……」
 ジョーイさんの焦った声に疑問を感じつつも振り向く。困ったように目を泳がせ、頬に手をあてる。
「申し訳ないのだけれど、少しいいかしら?」
「健康診断に引っ掛かりましたか……?」
 気を使っていたつもりだったが、まだまだ詰めが甘いところがあるな。改善しなくちゃ。
「そういうわけじゃないのだけれど……。とにかくついてきて頂戴」
 そういって歩き始めたジョーイさん。読み取り装置に入れていた〈身分証明書〉 トレーナーズカード を取り出し、自分が使ったパソコンを急いで片付け後を追う。本当に困っているようでその足はやけに速い。
 案内されたのはポケモンたちを送り出す受付カウンターの傍。滅多に入ることのない治療室の入り口をくぐる。
『やーだ! ますたぁ、ますたぁどーこぉ!』
 聞き覚えのある声が扉をくぐってすぐに聞こえた。まさかとジョーイさんの顔を見ると困った表情でその部屋の扉を開ける。飛び込んでくる光景は思った以上にインパクトがあった。疾風がぎゃんぎゃんと鳴いて駄々をこねている……ぐらいなら許容範囲内だったが、これは酷い。
 声こそまだ軽いが体制は全力の拒絶だ。近づこう、触ろうものなら反撃を食らう。風音や炎李がなだめているようだが聞く耳を持たない。寂しそうに鳴いて逃げる。一種のパニック状態なのだろうか。これは、トレーナーを呼ぶだろう。
「僕に慣れてたので大丈夫だと思ってました、すみません……」
「トレーナー志望の方でああいう子を捕まえる人は希ですからね。仕方ありません。……悪いのだけれど、少し間に入ってもらえる?」
「はい。少し時間を貰えますか?」
「勿論。落ち着いたら部屋の隅にあるボタンを押して頂戴」
「わかりました」
 ナースコールみたいなものだろうか。壁についているのは少し珍しいと思いつつも、一向に此方に気が付かない疾風に近寄る。声を聞く限り僕を呼んでいるようだが、周りを一切見れていない。人見知りはしないのかなと思っていたが、こういう子たちは初めのころは立ち合いと説明が必要だな。覚えておこう。
「疾風、聞こえる?」
 落ち着かせようとしているラッキーたちが気が付いたようで、ささっと持ち場を離れる。
『う〜? うぅ……?』
 不思議そうに此方を見、首をかしげる疾風。どうするのが正解かわからないが、彼が落ち着くのを待つ。膝を折り、いつもの声色トーンで名を呼んだ。
『ますたぁ、ますたぁ』
 すんすんと鼻を鳴らして近づいてくる。膝の上に顔を乗せ、鼻先を器用に動かして乗せた。  撫でろという意思表示だろう。この程度のことで落ち着いてくれるのならいくらでも。長さが足りないので頭を中心的に撫でていると、だんだんと落ち着いていく。
「ごめんね、僕が悪かったよ」
『ますたぁ、ますたぁ』
 風音も大丈夫だったから大丈夫だと思ったんだ。  なんて言い訳だ。
 風音を言い訳にしてはいけない。これは、僕が初めに教えて大丈夫か聞かなきゃいけないことだ。
「疾風、他人ひとは怖い?」
『…………。ますたぁ以外の人はやだ』
 長い沈黙の後に度々合っていた視線がズレる。大丈夫だと教えるにはかなり時間を要するみたいだ。
「簡易的な健康診断を受けてほしいのだけど大丈夫? 嫌ならしばらくは見てるだけでいいよ」
『……いいのぉ?』
 不思議そうに首をかしげる。そんなに僕の答えが意外だったのだろうか。
「まぁ、ずっとそうなるのは困るけど少しぐらいなら問題ないよ。怖いなら僕もしばらく付き添うし。疾風たちの病気や怪我を見逃すほうがもっと嫌だから」
『? もう痛くないよ?』
 起き上がり、くるりと回って出会ったときに怪我をしていた足を見せてくる。苦く笑って、立ち上がったのをいいことに顎に触れた。
「僕は目に見える怪我は気づこうと努力するけど、やっぱりプロには敵わないんだよ。もしかしたら足の怪我も今は大丈夫でも後々に響いてくるかもしれないし」
 不思議そうに首を傾げる。縁がなかった行為だからだろう。きょとりと瞬いているもののきちんと理解しようとしてくれている。
「僕と一緒なら、健康診断。受けてくれる……?」
 押してみたらいける気がした。嫌なら嫌でいい。ジョーイさんも疾風の毛色からトラウマ持ちだというのは理解してくれるだろうから。
『……。ますたぁも一緒にいてくれる?』
「勿論。知らない人と一緒にいるのは不安だよね」
『なら、いーよ』
 頷いてくれたのを見、部屋の隅にあるボタンを押した。

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