昨日、炎李に聞いたけれどあまりいい顔はしていなかった。
マスターが鞄からいっぱい何かを出している。
炎李は微妙そうな顔付きで、ちょっと遠い。
◇
◇
ジョーイさんから、個室で、疾風を出して洗っても大丈夫そうな所はないかと聞き、お勧めされた場所。地図通りに歩いていると思ったのだが、目先の建物を前に立ち止まる。
何処かで曲がる所を間違えただろうか。何度か道行く人に尋ねたが、指される場所は全て同じ。そう、つまりこの場所が僕らの目的地。
「そりゃあ、疾風を出してもびっくりされないだろうけど……」
まさか、ハナダジムに案内されるとは思わなかった。受付で事情の説明をすればすんなりと中に入れてもらえた。いくらイーブイを連れたトレーナーが少ないとはいえ、ザル過ぎないだろうか……。
「あら、貴方が次のチャレンジャーさん?」
金髪のおっとりとした女の人が出迎える。傍にはパウワウが控えていた。
「違うわよ、サクラ姉さん。この人は……えっと、なんて言えばいいかしら?」
「ちょっと特殊な子を洗いたいと思って人目につかない場所を聞いてやってきたんですけど……。なんかすみません、場違いな者が来てしまって」
「この時期のトレーナー志望さんってことは、貴方マサラタウンから来たのでしょう? ジムチャレンジはやらないの?」
「バトルはあまり……。その、あんまりいいことじゃないかもしれないんですけど、外に出る口実が欲しくてトレーナーになっただけなので」
話を聞く限り、目の前のサクラさんがジムリーダーなのだろう。ほぼ同年代かそれぐらいに見えるのに立派なことだ。随分と優秀な人なのだろう。
「そうだったの。ごめんなさいね、そんなことを聞いて」
「大丈夫です。……それで、今回の件なんですけど」
「構わないわ。丁度、私たちのポケモンのケアをするの。私もここにいるけれど、気にしないのであれば使ってちょうだい。アヤメ、悪いのだけれど今日のジムの手続きは……」
「わかってるわ。家にいるボタンたちにも連絡しておくから」
「ありがとう」
ジムの受付、ここまでの案内をしてくれた子はアヤメというらしい。姉妹か何かだろうか。歳が近そうに見える。
「(同年代か少し上ぐらいか。凄い子たちだなぁ、ジムを任されるだなんて)」
ジムリーダーを任されるような子であれば、疾風を前にしてもとにかく言われたりはしないだろう。精々、物珍しいと思うぐらいだ。
「皆出ておいで」
水タイプのジムなのか、大きなプールが部屋の中央にある。出てくる炎李たちが落ちないように気を付けながらボールを投げた。……ちょっぴり炎タイプ率が高いかな?
『ここは……?』
『はぁーい』
少し不思議そうに辺りを見る炎李と、間延びした声を出す疾風。疾風としては初めて見る風景だろうが、傍にいるおかげかパニックになるようなことはない。フレンドリーショップで買ってきたものを広げ、二人の前に出す。
「順番にケアするから、呼んだら来てね。ここは借りた場所だからそこまで自由にはできないけれど、のんびり寝ることぐらいはできるから。待っててくれる? 疾風はこれを使う予定だから、気になるなら見てていいよ」
『はーい』
ケアといってもできるのはスキンシップをかねたブラッシングだ。今回は泥などが酷かった疾風がメインだが。風音は町に入るたびに一緒にお風呂に入っているからスキンシップが主になる。今まではポケモンセンターに備え付けのブラシを使用していたが、フレンドリーショップでいいブラシを見つけたのでそれを購入した。今までと違う反応になることを期待したい。
膝の上をぽんぽんと叩いて風音を呼び寄せる。いつものようにころりと寝転がる風音。ブラシをかければさらさらと滑り、僅かな抜け毛が落ちてゆく。
「(昨日もしたから、抜け毛自体はあんまり無さそう……)」
自分でも毛結いをするだろうに、ブラシとはまた違う感覚なのだろう。ごろごろと気持ちよさそうに喉を鳴らす風音を見、いい買い物をしたと一人満足した。
◇
◇
炎李のケアも順調に終わった。毛というより皮膚に近い気がしていたので、どうしようかと悩んで色々用意していたのだが、炎李的にはブラシでいいらしいので全体的にブラッシング。心なしかやる前よりも色艶がよくなったように見えた。
最後の疾風をやろうと思っていたのだが、思ったよりも汚れが酷い。表面は自分でどうにかしたようだが、中の方が大量の毛玉や血やら泥で固まっていた。
「(本音を言えばお湯で洗い流したい……)」
しかし、炎タイプに水は厳禁。用意した簡易ホットタオルの在庫も底をついた。これはお湯を沸かすか……いいや、贅沢は言えない。水でいいから丸一日かかっても落とさねば。
「もしよかったらこれ、使ってちょうだい」
「!」
少し大きめのバケツを持つサクラさん。湯気が見える。態々お湯を沸かしてくれたということだろうか。
「態々すみません、ありがとうございます」
「いいの。……初めて見たわ、立派な子ね」
「風音、炎李、疾風って言います」
「そう、皆あなたが大好きなのね。とってもいい子たち」
注目したのは疾風だったが、すぐに全体を見る。近くで見たのか、疾風の酷さが分かったらしい。
「もしよかったら、私もお手伝いしましょうか……? あなたと……疾風ちゃんが良ければの話だけれど」
正直、嬉しい提案だ。トレーナーである僕と、疾風の許可を求めている所も好印象。疾風はどうだろう? 大丈夫そうなら頼みたいのだが……。
『なぁに? どうしたの?』
「疾風、実は君の毛が思ったよりも酷くてね……。疾風が嫌じゃなければサクラさんの手を借りようと思うのだけれど、どうかな?」
『……? ぼくは別に。ますたぁが一緒でしょ?』
「構わない?」
『うん、いーよぉ』
こくりと頷き返したのを見て、サクラさんに「お願いします」と返す。にこりと笑ったサクラさんは、近くに置いておいたタオルを一枚取り、持ってきたバケツにつけた。キツめに絞り、疾風に一声かけてゆっくりと毛を解して行く。
「初めて見たわ。こんなに綺麗な色なのね。甘いはちみつみたいな色」
「サクラさんはウインディ、見たことあるんですか?」
「あら、貴方は無いの?」
ポケモンリーグの中継で見る機会はあった。だが、実際に出会ったことはない。
「実は、この子が生で見る初めて見るウインディなんです」
「ふふ。そうなの。ここは水タイプのジムだから炎タイプの子を使う人は珍しいけれど、たまーにいるのよ? 相性なんて心の強さがあれば乗り越えられる!みたいなことを言って」
「根性論ですか? あんまり好きじゃないなぁ」
「あら、どうして?」
サクラさんは聞き上手なのだろう。なんだか愚痴っぽいものが零れてしまう。
「勝負を決めるのは、戦力、戦術、後は運です。実力が拮抗していれば感情が勝敗を決める場合もあるでしょう。でも、一番はそこに至るまでどれだけ準備をしたのか」
「……臆病者って言われないかしら」
「いいじゃないですか、臆病者。大胆不敵に我武者羅に挑むよりも僕はよっぽど好きです。
それにしても毛玉が酷いな。中の毛だからこれはもう切ってしまったほうが早いかもしれない。……手伝ってくれているサクラさんに申し訳ない話ではあるのだが。彼女がいなければ、疾風に聞いていただろう。
「ふふ、とっても優しいことを言うのね。いつも来る人たちとは大違い」
「バトルは嫌いですか?」
「そうね、コテンパンに負けるのは特に嫌いだわ」
ジムリーダーであるということは、そのトレーナーを見定めるということ。ただ勝てばいいという訳でもないらしいが、大概はバトルに勝てばスムーズにジムバッジが貰える。バトルに勝って、ジムバッジを貰えないというのは余程のことがあったということだ。
「確か、津波くんと言うのよね?」
「あぁ、そういえば僕だけ名乗ってませんでしたね。……すみません」
風音たちの名は教えていたのに、自分だけ名乗っていなかった。アヤメさんは知っていたから、サクラさんも知っていると思ってしまっていたのか。初めて会ったらまずは自己紹介だというのに、色々とすっぽ抜けた。
「ねぇ、私とバトルしない?」
「……コテンパンに負けるのは嫌なのでは?」
どうして彼女は僕を誘ったのだろう。別にジムバッジが欲しいと言うわけではないのに。意図が読めず一人で悩んでいると、彼女は儚げに笑った。
「会って間もない貴方に言うのも変なのだけれど、私……私たちね、
「…………」
ポケモン協会公認のジムになるにはかなり面倒な手続きがいる。ジム一つで町の評判が変わる。沢山のトレーナーが押し寄せるからだ。
「私は別にバトルは上手じゃないわ。どちらかといえばへたっぴな方ね」
思わずサクラさんの方を向くが、彼女は視線を合わせない。作業の合間にぽつぽつと語る。
「もっとしたいことはあるの。でも、今の私たちにはこれしかない……!」
「正式な手続きさえ踏めば、辞めることだってできますよ」
言うべきではなかったかもしれない。けれど、言ってしまった。
「プライドかしら。辞められなかったの。……どっちもやりたいだなんて、贅沢な話よね」
はたして贅沢な話だろうか? 一から十まで全部聞いたわけじゃないが、なんとなくわかった。
少し古ぼけたジムの外観も。受付で一人、様々なことを応対していたアヤメさんのことも。ジムリーダーとなったのは町で生活するための基盤のためか……? サクラさんはジム以外に本当はしたいことがあったのだろう。
「夢が、あったんですか……?」
「どうだったかしら」
教える気は無いと。であれば聞く必要はない。
「どっちも、本当にできないんですか?」
「…………」
諦めたように俯くサクラさんを見て、自分ではどうしようもならない感情が沸き立つ。
確かめるように風音たちを向くと、目が合ったことに気づいた彼らは仕方がないなぁというような温かい目で笑う。
「一晩、時間をくれませんか?」
「あら?」
「また明日、ここに来ます。……ああ、でもジムチャレンジの子がいるなら予約しないといけませんよね」
「今日と同じ時間であれば大丈夫だわ。アヤメにもそう伝えておくわ」
「では、そういうことで」
そう言って立ち上がる。疾風の毛玉も随分と良くなった。
「今日はありがとうございました。また明日、お会いしましょう」
「えぇ、また……」
ちょっと冷たかったかな? でも、急がないと。
後片付けをし、ジムを後にした。
Back - INDEX - Next