びっしりと書き詰められた文字。
「うん、そうだね。
真っ向から否定したそれを採用する。
彼女の諦め方が嫌いだ。嫌だ。
まだ手を伸ばせば掴めるはずの幸せを掴もうとしないあの子が嫌だ。
だから、根性なんて言う曖昧なものに頼るのだ。
◇
◇
ちやほやされるのが好き。私たちは可愛いから、美人だから、そういって褒めて貰えるのが好き。
私たちがジムを継いだのはすぐに知られた。皆、期待しているの。逃げられない。私は、ちゃんと、ちゃんと、ジムを継がなきゃ。
アヤメは慣れないジムの運営を頑張ってくれている。ボタンは家で一人、カスミの面倒を見てくれている。カスミは……きっと寂しい思いをさせている。私だけ逃げる訳にはいかないの。
でも、でも、どうしてかしら。彼に言ってしまったの。
「どう? 怖くない……?」
遠目で見た貴方たちがあまりにも綺麗で。はちみつなんて言い訳なの。何でも良かったの。
どうして愚痴を零したのかしら。どうしてバトルをしたいだなんて言ったのかしら。
こんなに嫌なのに、あんなにも苦しい思いをするのに。
そんなことを考えて、夜が明けた。
◇
◇
「こんにちは。昨日はありがとうございました」
「……貴方」
昨日は穏やかに対応してくれたのに、今日はそうではない。昨日の今日で会いに来ているからだろうか……?
「姉さん目当てですか? ……昨日の今日でやってくるだなんて。昨日、姉さんから頼まれたので時間は空けておきましたけど……」
「あ、ややこしくなる前に弁明させて貰うと、僕は生物学上、女に属します。正直恋愛自体に興味がないので、そういうことは考えないでもらえると助かります」
「え、女……?! おんなの、子……?」
信じられないだろう。よくある反応だ。旅にスカートは動きにくいし、髪も伸ばすというより切ったほうが楽だから適当に切ってもらっているし。世間的な女の子というよりかは男の子に近いというのは理解している。
「気になるなら、
「いえ、そこまで言うなら結構です。……姉さんと何か話したんですか?」
「そこはサクラさんに聞いたほうがいいのでは……?」
素直に話していいものかわからず、苦く笑って誤魔化す。
昨日も来た場所へ案内される。バトルフィールドを挟んで彼女がジムリーダーとして前に立つ。
「あ、サクラさん。バトルはお受けしますが、ジムバッジは要りません」
「……? でも、ここはポケモンジムよ? ジムバッジ一つあるだけで貴方の成績だって……」
「その代わり、僕が勝ったら自分の好きなことをしてください」
「!」
「その好きなことが何であれ、僕は気にしません。ジムリーダーが副業しちゃダメなんてルールは無いんですよ」
チャレンジャーが立つだろう場所に立つ。バトルフィールドは事前情報通り、水。陸のポケモン用にいくつか浮いてはいるが、重量のあるポケモンであれば沈むだろう。
「これより、ハナダジム、ジムリーダーサクラとチャレンジャー、マサラタウン津波のバトルを始めます。使用ポケモンは一体。勝敗は戦闘不能、もしくは口頭による投降によって決まります。両者、使用するポケモンを出してください」
公式戦ではないのに、審判がつくのか。本当にジムバッジは要らないのに……。まぁいい。彼女らも後で難癖付けられるのが嫌なのだろう。アヤメさんは昨日の件で僕に対しての印象が悪いみたいだし。
「行くわよ、パウワウ」
「準備した通りに行くよ、炎李」
「!?」
そういえば昨日、言っていた。
「水タイプの使い手に炎タイプのポケモン……。正気なの?」
「考えた末の結論です。見てください、炎李だって殺る気満々でしょう?」
最悪プールに落ちても、しばらくは尻尾の炎が消えないのは昨日炎李に確認した。口頭での確認だが、炎李ができるというなら出来るのだろう。そもそも、水中戦を挑まれた時点で積みに近いのだ。それならば、相手にわかりやすい勝利の道を示す。
「先行はチャレンジャーから! バトル、開始!!」
「炎李、
「パウワウ、潜って躱すのよ」
地の利を生かして、悠々と攻撃を躱すパウワウ。火炎放射は水に当たり、水蒸気が発生する。
「水鉄砲!」
「躱せ」
指示通り、すんなりと躱す。火炎放射≠ナの相殺も手としてはあったが、炎李には大仕事が残っているのでその手は最後だ。使えないと確認が取れた時のみ、行う。
「火炎放射」
「躱すのよ」
水中に身を潜めるパウワウに火炎放射は当たらない。
「自棄を起こしたの!? どんなに攻撃したって、当たらないわ! パウワウ、水鉄砲!」
「炎李、火炎放射」
白い水蒸気がフィールドを包む。トレーナーの方までその熱がやってくる。
「(思ったよりも暑い……。サウナみたいだ。炎李、この中で大丈夫だろうか……?)」
「パウワウ、水鉄砲! ……? パウワウ?」
「我慢お疲れ様、炎李! 切り裂く!」
充電が切れた。準備にかなりの時間を要したが、炎李はよく耐えた。水位もかなり下がったはずだ。水蒸気によってフィールドの状況が見えないのは僕もサクラさんもお互い様。で、あれば有利なのはこの状況を仕掛けた側。
『ようやくか……!』
炎李からの指示無視は無い。炎李には事前に、水位が下がりきっていないのなら火炎放射∴ネ外は撃つなと言い聞かせた。指示に従ったということは、炎李にとって楽に動ける場が整ったということ。
指示を飛ばしてすぐにパウワウが上へと跳ばされる。
「パウワウ!? 持ち直して、アクア……!」
サクラさんの指示に従うことなく、パウワウは地面へと落ちた。切り裂く≠ェ急所に当たったのだろうか。
「(炎李……。思ってたよりも、強くなってる)」
そんなにバトルをしたとは思っていないが、お月見山で見たあの青いポケモン。その時は炎李の意志は無視したし、炎李だって理解して我慢していた。鬱憤を晴らすかのように一回のバトルで高揚する。
「……っ! パウワウ、戦闘不能。勝者、チャレンジャー津波……!」
「お疲れ様、パウワウ」
プール脇のバトルフィールドに叩きつけられたパウワウをボールに戻し、肩を落とすサクラさん。やはり負けるのは嫌なのだろう。
「水中にいるパウワウに良く当てたわね、切り裂く」
「プールを見てください。もう、ほとんど水はありませんよ」
「あら……?」
あれだけの水蒸気があれば気づいても不思議ではないと思っていたが……。水鉄砲≠火炎放射≠ナ相殺し続けたと思ったのだろうか……?
「やっぱりダメね。また負けてしまったわ」
「そりゃあ、僕らは準備をしましたから」
水という場を活かされるのはわかっていた。だから、それを奪う手立てを用意した。風音で真っ向から攻めてもいいと思ったが、覚えている技とフィールドとのかみ合わせが悪いと判断した為、時間をかけて水を蒸発させられる炎李か疾風、フィールドにおいてある浮き輪のようなボートの上に乗っても大丈夫そうな炎李……と、ある程度僕の中での勝ち筋はできていた。
「データベースでは確か、アンコールを使えるとありましたが……?」
「使う必要はあったかしら? 貴方がムキになって火炎放射ばかり使っていたから……」
「相手の行動を阻害する技は、自分が有利になるタイミングで使うべきでしょう。使われても問題ないように対策はしていましたが、終盤で使われていたらきっと、水鉄砲ではなくプールの水が蒸発し続けていたことに気づけたと思います」
帰ってすぐ、ポケモンセンターにあるデータベースで調べた。ジムリーダーの使うポケモンは調べればわかる。ジムリーダーとは常に挑まれる側だ。準備された様々な攻略法を初見で看破し、打ち破らなければならない。向き不向きみたいなものはあるだろう。
「昨日のこと。どっちもしたらいいと思います。
「!」
「負けるつもりで勝負に挑むなんてことはしてほしくないですけど、でも勝負に勝ち負けは付き物ですから。つまらない勝ち方より、楽しい勝ち方を。もっと欲張ったっていいんですよ。
余計なお世話であったなら、それはそれで構わない。
「近々、ハナダシティにオーキド博士が来るみたいです。僕の旅立ちをサポートしてくれた人なんですよ。色々な分野に詳しいので、もしよければ……」
何をやりたいか知らないけれど、後ろ盾としては申し分ないだろう。
「
緊張が解けたのか、元々垂れ気味の瞳が更にとろりと落ちる。どんな表情でも、綺麗に映る。
「努力すれば叶う幸せを、掴めないのだと言っているように聞こえたので」
そう、これはただの八つ当たり。僕にとっての幸せはとっくの昔に消え失せた。
「でも、やってよかった。サクラさんは行きたい方向、見つけたんですよね?」
「…………。えぇ、でももう少し準備は必要ね。でも決心はついたわ。ありがとう、津波くん」
迷いは吹っ切れたようだ。陰っているように見えた笑顔も、明るく感じる。
「姉さん……」
「家に帰ったら相談するわ。
手の平に置かれたのはブルーバッジ。ハナダジムのジムリーダーに勝利した証だ。
「受け取れません。僕は、バッジが欲しくてバトルしたわけでは無いので……」
「でも、私に勝ったのは事実だわ。勝ったのならその証を渡さなければ」
あ、なんか急に力が強くなった。押し返そうにも押し通される。埒が明かないと、見守っていたアヤメさんに渡す。とりあえず、持っていればそれだけで押し切られそうな気がした。危険物だ。
「元より、そういう約束だったので受け取る気はありません」
「……でも、私が良いって言ってるのよ?」
「どうしてもと言うなら、僕が必要になる時まで預かっていてください」
「!」
「欲しいときに、もう一度取りに来ます。今度は正式に、チャレンジャーとして」
だから今は要らないのだと。在っても無くても構わない。
このジムが、ハナダジムというものが、数年後無くなっているかもしれない。取りに行こうと思ったとき、ここはもう別のものが立っているかもしれない。
「昨日、手伝ってくれてありがとうございました。とても助かりました」
ゆるく笑ってジムを後にする。歩いていると、ほぼ無傷の炎李が不思議そうに此方を見、鳴いた。
『要らないのか?』
「お疲れ様。作戦通りできたね、暑くなかった?」
『問題ない。……お前は、あまり嬉しそうじゃないな』
念のための確認ということで、ロビーで出してみる。
中から思ったより大きな姿となった炎李が出てきた。
「……待って、待って、本当に待って」
一目なんて気にしない。項垂れる僕を、あらあらと言いながら見守るジョーイさん。
「生涯に一度の進化だよ!? 君の運命の分かれ道といってもいい行為だよ!? もっとさ、ね、あるじゃん色々と!」
そもそも、ポケモンってモンスターボールの中で進化するものなの。かなり稀有な事例じゃないか。様々な条件が重なった結果だと思うが、学術的に価値のある事例では無かろうか。……悔しいからオーキド博士にはしばらくしたら言おう。
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