彼女の父はマサラタウン出身のトレーナーではない。
彼女の母が旅をしている最中に出会った少年が彼女の父だ。
彼は彼女とよく似ていた。
容姿、性格など、彼を知っている者からすれば父親似だと断言される程に。
彼女の父は公式試合に一つも出ることなく姿を消した。
立派にポケモンを育て上げる実力はあったというのに。彼の祖父もそうだ。
ポケモンを育てる才能はあった。しかし皆、人とバトルをしたがらない。
多くの謎を抱えた彼がワシの元を最後に尋ねたのは……。
ポケモンセンターの入り口に黒い車が何台も止まっていた。正直、邪魔だなと思いながらも口には出さずに横を通り過ぎる。ポケモンセンターの営業に支障が出るのであればジョーイさんの方から何か言うだろう。場合によってはジュンサーさんが動くはずだ。
ポケモンセンターに入ると、中から聞き覚えのある声の罵声が飛んできた。
「待て、小僧。そうだ、取り押さえろ」
嫌な人に捕まったなと思いながらも、抵抗らしい抵抗はせず男を見る。僕の態度が不服なのか、大きな舌打ちが飛んできた。
「チッ! 全く、躾のなっていない小僧だ! あのウインディを俺に譲らないのも腹立たしいが……! まぁいい、中古品は俺の品格を落とすからな。どうせ手に入れるのであれば、俺の手でなくては」
ベラベラと好き勝手に言う。動きが制限されているので男の唾が容赦なく飛ぶ。きったな。あー……早く顔洗わなきゃ、本当に気持ち悪い。
「おい、小僧。お前に一つ聞きたいことがある。隠し立てはするなよ?」
「はぁ……」
子供に情報提供を求めるのなら、このやり方は止めたほうがいいと思うけれど。屈強な男に取り押さえられるのは恐怖でしかない。船の中で散々落ち着くように言った為か、風音は毛を逆立てて低く唸るだけで済んでいる。最初は噛みついたり、攻撃したりと、大変だった。
「牙を持ったラプラスがこの島にいると聞いた。見たか?」
「牙……? ラプラスに牙なんであるんですか?」
「チッ。お前も外れか。もういい、行くぞお前ら!」
男がそういえば、投げ捨てるように解放される。バランスが崩れ、前へと転倒した。受け身は取れたが、やはり痛い。風音はしっかり回避できたようで、心配そうに鳴いている。怒りより先に心配が来てることが僕はとても嬉しいよ……。
「痛ったた……」
「大丈夫……?」
体をぶつけた程度で、血なんかは出ていない。大丈夫ですと返し、立ち上がる。
「ごめんなさいね、割り込めなくて」
「庇い立てすると話がややこしくなるんですよね。大丈夫です。昨日、一昨日と散々絡まれていたので」
そう言うとジョーイさんから強い同情の眼差しを頂いた。あの男、どこかの偉い人らしく、何かと融通が利くそうなのだが如何せん仕事ができても人付き合いが悪い。態度も悪い。最悪だ。金と権力しか持っていない典型的な嫌なタイプの大人だ。
「風音、よく耐えたね」
『うー……』
理不尽に納得はできないのだろう。唸ってはいたものの我慢できただけ上出来だ。
「大丈夫、痕とかは残ってないよ」
とりあえずポケットティッシュで唾がついた部分をぬぐう。本当に後で洗顔しよう。
「色々あったけれど、始めるならこうよね。……ようこそ、ポケモンセンターへ。今日はどんなご用件で来たのかしら?」
「部屋を借りたいのと、ポケモンの健康診断のお願いを……。あ、後さっきの牙を持ったラプラスってどういうことなんですか……?」
「そうね。とりあえず一つずつ解消していきましょう」
ニコッと微笑んだジョーイさんはそう言って、受付の方へと向かった。
牙を持ったラプラスには様々な説がある。基本的なラプラスには牙が無い。進化の過程で不要と切り捨てられたのか。はたまた、最初からとある個体にしか必要のないものだったのか。
ラプラスは群れで生きる。ある研究によれば、群れのリーダーがかなりの確率で牙を持っているのだと。しかし、そうでない個体もある。
穏やかな気質のラプラスが徐々に牙を無くしていったともいわれている。要はラプラスという種の中にも人目を惹く、ちょっと特別な子がいるということだ。
部屋の鍵を受け取り、手持ちのポケモンの健康チェックを行う。様々なことが重なった結果、付き添いの卒業はまだまだ先のことになりそうだ。近くで見ているだけでいいようで最初のころよりも随分遠くで待つことができた。
「(皆、疲れてるな……)」
気丈に振舞っていたのだと、距離を置くと一目でわかる。無理をしている。させてしまった。疲れさせることをさせた自覚はある。疲れを一切見せなかったのは僕ではなく外部の視線を気にしてのことだと思い込みたい。
健康チェックの様子を見守りながら、ジョーイさんから聞いたラプラスの話を思い出す。
「(はぐれのラプラスかぁ……)」
心当たりはある。牙まであったかは覚えていないが、とても警戒心の強い子だった。あの男が探していたのはあの子だろうか。きっと頭がいい子だから逃げ切れると思いたい。下手に僕が動くと勘づかれてせっかくの隠れ家が見つかるのも嫌だろう。
「ちょっと疲れがたまってるみたいですね。二日程様子を見ましょう」
「わかりました。ありがとうございます」
「お預かりしたモンスターボールは返却しますね」
「あ、すみませんジョーイさん。一つ聞きたいことがあって」
「はい?」
危ない、危ない。沙月のことを、聞き忘れていた。今のうちに聞いておかなければならない。
「この子、ずっとボールの中から出てこなくて……。食事も水もとっていないんです。大丈夫なんでしょうか……?」
「モンスターボール内にずっと居るのであれば大丈夫よ。外に出ても何も食べない、飲まないであれば危険ね。心に傷を負っている子だから、注意して見守ってあげましょう」
とりあえず、ジョーイさんが見守るしかないというならそうなのだろう。オーキド博士の元に送ってしまったほうがいいのだろうか……? 嫌、しばらくは一緒にいると決めたのだから居ればいい。
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