出会ったときは特にひどかった。
何も見ていなかった。子を授かったときにようやく意味を得たような……。
彼女と出会い、子を授かる。いくつかの出会いを経て彼はようやく人になったのだ。
サザンクロスに挑戦したいのだとロビーでジョーイさんに言えば、その為の手続きをしましょうとキーボードを叩き始める。〈身分証明書〉と〈ポケモン図鑑〉を渡しデータベースに登録してもらう。慣れた手つきで素早くキー入力を終え、ジョーイさんから預けていた物が返還される。
「はい。登録終わりましたよ。と、言ってもこの島にジムはないの。ナツカン島に向かって頂戴」
「ナツカン島……?」
「定期船も出ているわ。いくつか小さな島があるからそれを経由して向かう子も居るわね」
「航路でも、海路でも何方でもいいと……?」
「最終的に4つのジムに認められて、カンキツ島へ辿り着けばいいわ。今のヘッドリーダーは就任してから一度も負けたことがないのよ。貴方が彼を打ち破れるよう祈っているわ」
お決まりの言葉だろうが、自分ならできるかもしれないという小さな妄想が働く。きっと現実は厳しいのだろうが、初めの時ぐらいいい夢を見たいとかそういう感じなのだろうか。
300年続く伝統があるようで、オレンジリーグの開始地点はこのボンタン島なのだという。開始地点なんてどこでもいいと思っていたが、そんな伝統があったとは……。
「津波君はリザードンを持っていたわよね? 船旅に苦手意識があるのなら、空路で向かうといいわ」
空路。ありがたい提案だ。普通の子からすれば船旅は楽で島が見えるたびにわくわくするのだろう。
知らない人に囲まれ、不愉快な言葉の羅列を聞き続ける。そんな経験をした身からするとしばらく船は勘弁してほしい。
「助言、ありがとうございます」
「進化したてでもポケモンは本能で飛べるわ。でも、重たい荷物や人を乗せて飛ぶということは直ぐにはできないの。何もない海に飛び出して結局飛べませんでした≠カゃ、危険だわ。船を使わないのであれば、しっかり準備しておくことね」
「準備……」
戦いの最中でもまだ理想と現実の壁を感じて鍛錬を続けている炎李。と、いうことは僕を乗せて飛ぶのもまだまだ厳しいのだろうか……? 船を使わないとなると、この島にはしばらく滞在する必要があるのかもしれない。
「(炎李が海に落ちたら積みだな。それだけは避けなきゃならない)」
人がいる島以外も載っている地図がいるな。そんなものあるのだろうか……? とりあえず、一回探してみよう。空路という選択肢がある以上、探せばある可能性が高い。
「ありがとうございました。もしかしたら、しばらくお世話になるかもしれません」
「手続きをしっかりしてくれれば大丈夫よ」
「はい」
再度礼を言い、ポケモンセンターを後にした。
地域が違えば取り合え使っている商品が違う。オレンジリーグの開始地点ということもあってか、リーグ挑戦者向けのコーナーが用意されていた。大体が航路を想定しており、観光地を巡りながらもリーグに挑戦できる。なんていう謳い文句なんかもあった。コーナーの隅っこに空路を想定したガイドブックもあり、その中から気に入ったものを購入した。思ったよりも値は張ったが、自分たちのためだと思えばそこまで痛い出費とは思えなかった。
海沿いを歩いていると、ある一角に人が集まっていた。何かイベントでも行っているのだろうか? と、近づいた。僕はすぐに後悔することになる。
集団になっていた彼らが見ていたのは、権力だけ持った最悪な男と、その護衛があのラプラスを囲んで攻撃している所。5対1なんて、もう集団リンチじゃないか……。
「どうして誰も止めないんですか。あんなの、バトルじゃないでしょう」
ラプラスは抵抗し続けているが、近くで見なくてもわかる。あれは気力だけで動いている。
「通報しても無駄なんだよ! 通報したところで誰も来ないし、来た所で見ないふりされておしまいさ」
仕事しろよ。なんだそれ、ジュンサーさんに対しての敬意が薄れていく。
「捕獲してちゃんとポケモンセンターに連れていくならいいんだけど、場合によってはあそこに放置だからさ、皆心配して集まってるんだよ」
「放置って……なんですか、それ」
「あのラプラスはもう
「ポケモンセンターに連絡は?」
「したさ、急患で駆け込めばいい。ただ……」
「ただ?」
「モンスターボールで運ぶと減点がつくんだよ……」
過剰にポケモンを痛めつけたトレーナーに対して課せられるペナルティ要素。トレーナーは自分の持ち点を知らない。その点数が0を下回れば、その時点でポケモン協会から保証されていたトレーナーとしてのサービスを無償で受けられなくなる。今まで無償で受けてきたサービスが有料になったとなれば、トレーナー生命の終了を意味する。実際、ポケモンの回復一つ、どのくらいの値段がかかるかだなんて何処にも乗っていない。ポケモンを傷つけすぎた人間はポケモンと共に暮らす必要がないと暗に言われているのだ。
だから、トレーナーは点数が下がる行為に関しては凄く慎重になる。戦闘不能状態を過ぎた子なんて露骨に評価が下がる。減点対象だ。
「命がかかってるのにその言い草はないでしょう! わかりました、もしものことがあれば僕のボールで運びます」
『マスター!?』
風音が驚いたような声を出す。
「大丈夫だから。今からでも遅くはないです。あの光景を録画できる方はいませんか」
「とっくに録画してるよ。……どうせ無駄だろうけどさ」
いいや、しているのならば好都合。何処から何処まで保存しているかは知らないが、権力には権力をぶつけてやる。コネは最大限に利用するべきだ。
権力だけ持った最悪な男は、顔を真っ赤にして叫んで投げた。投げたものがぶつかると、ラプラスは赤い光に包まれていった。そうか、捕獲しようとしているのか。
揺れが止まったのか男はモンスターボールに近寄る。男の手の中でボールが弾けた。捕獲が失敗したというわけではないだろう。……無理やり出てきた? あの状態で?
「ラプラス!」
しちゃいけない。
僕らの願い叶わず、ラプラスは男が求めたその鋭い牙で男の肩に噛みついた。
『
男の絶叫とラプラスが倒れるのはほぼ同時だった。
「ラプラス……!」
これ以上待ってられない。
僕が投げたモンスターボールの中に吸い込まれていった。ボールが揺れることもなく、捕獲完了の音が流れた。
Back - INDEX - Next