必然

004
 ポケットモンスター。
 この世界に存在する不思議な力を秘めた生き物。
 その生態系は未だ謎に包まれている。
 数々の伝承。数多の神秘。  人が触れてはならぬ神の領域。
 小石が転がり落ちるがごとく、彼らとの日々は過ぎ去ってゆくものだ。







 数多のトレーナーを見送ってきた。涙を飲み、引退という道を選んだ者が多くいる。笑い続ける者はそう多くはない。皆、それ相応の苦労をし、日々を生きてきた。
  遅いですねぇ」
 白い視線を向けて来る少女。仕方がない。彼女は彼女の予定通りに到着し、30分も待たされているのだから。これ以上の引き延ばしは不可能だろうと、話題を変える。
「すまんなぁ、津波君」
全員遅刻ってどういうことですかね」
 もう勘づいているのか。ただ、ここまで引き延ばせば乗ってくれるだろう。そんな自信があった。
「そうだ、津波君。君にフィールドワークを頼みたいんじゃが……」
「フィールドワーク……? 僕、博士の助手をしにここまで来たわけじゃないんですけど……」
 氷だけになったコップを机に置き、時計をちらりと見た。ワザとらしい深いため息。それは、了承の証。途端に笑顔が零れたものだから、冷たい視線が突き刺さる。
「わかりました。行ってきます」
「君の大事な日だ。それ相応の報酬は支払おう」
「期待しないでおきます。別にそれが欲しくて行くわけじゃないので」
 肩下げ鞄を担ぎ、窓から庭へと出ていく。彼女はきっと、素晴らしいトレーナーになる。本人は認めていないが、父親譲りの才能に満ち溢れた歴史に残るトレーナーになるだろう。ワシがするのはそのサポート。
「時間はかかると思うので、先に済ませておいてください。僕は最後で誰でもいいです」
「そうか。それはとても助かるの」
 誰が誰を選ぶのか。それで揉めることは多い。だから、先着順で好きな子を選ばせている。誰でもいいという子は本当に少ない。
「頼んだぞ、津波君」
「開き直らないでください!」
 そのまま笑顔で見送れば、素直に庭の奥へ奥へと向かってくれる。彼女の背が見えなくなるまで見つめていると、遠くからチャイムの音が聞こえる。  嗚呼、もうそんな時間なのか。重たい足を動かし、彼らを迎え入れる。
「ようこそ、オーキド研究所へ」
 玄関の前に立つのは、真新しい服に身を包んだ子供たち。自分の未来を想像し胸膨らませ、希望に満ち溢れたキラキラと輝く瞳を持っている。現実をよく見る彼女とは大違いだ。
皆、約束ぴったりの時間じゃな
「博士! 僕のポケモンは!?」
 時刻は十時。寝坊をするかもしれない子だとしても十分に余裕がある時刻。真っ直ぐ歩きさえすれば、トキワシティまでは夜には辿り着けるだろう。
「慌てんでもポケモンは逃げんぞ」
 おいでと、子供たちを先導する。
 今日、オーキド研究所から旅立つトレーナーは四人。集合時間は、午前10時だ。





 オーキド博士が所有する森は広大だ。預かっているポケモンたちが不自由ないよう暮らせるように、田舎町をいいことにかなり大雑把に購入したと聞く。私有地と公道のその境界線は曖昧であり、その境界線は跨いで往復できるとても低い柵が目印だった。
 庭にはトレーナーから預かったポケモンがのびのびと暮らしているが、中にはトレーナーのポケモンではなく野性として庭に住み着いたポケモンもいる。オーキド博士は野生のポケモンたちとの共存も大事にしている為、世間の想像通りその辺には寛容だった。
「(ぬかるんでいる……)」
 派手に動くと滑って、大事な衣服が泥だらけになりそうだと、気を引き締める。鬱蒼うっそうと生い茂る草木の間に薄っすら見える獣道。足を滑らさぬよう気を付けながらゆっくり歩いた。この辺りは日照条件が悪く、中々日が当たらない。日陰でも問題なく成長できる草が行く手を阻む。
「ん? おっと、ごめん……」
 獣道なのだから、それを通るポケモンだっている。優先されるべきは彼らだろうと、道を譲った。
 目的地を決めてなかったものの、フィールドワークといっても時間を潰せばいい。定期で見に行きたい場所がある。人の手が入っていない森の中で、唯一人の手が入っていると思える場所。オーキド博士も興味深いと多忙な身でありながら、何度か足を運んでいた為それでお茶を濁してしまえばいいだろう。
 そこは、森の中でぽっかりと空いた場所。植物がある一定水準から一切成長しない。四年前の嵐で森の一部が焼けた。その時から、あの場所は何も変わらない。日当たりがいいから、地面はきちんと乾いている。生えている草も短いから、芝生のようでもある。思い入れのある場所にちょこんと座りこむ。これだけ日商条件がいいのなら野生のポケモンがちらほらいそうだが、ここにはいない。
 まるで呪いだ。強い意志は残留思念として残るという。誰もこの場所には好んで近づきたくはないようで、連れて行こうとすると怯える子が後を絶たなかった。
「元気かなぁ……?」
 四年前の嵐。雷に撃たれたのか、動けなくなっていた所を見つけ、一人で何とかした。大人に見つかってはいけないと何となく思ったからだ。それが正しかったのかは今でもわからない。とても美しい子だった。ポケモンに順列をつけるなとは思うが、それでも彼を見れば誰しもが美しいと称えるだろう。
  僕は今日、旅立つよ」
 子供じみた夢を語った。彼はそれをとても暖かい視線を送りながら来てくれた。何度も通い、彼の傷が癒えないでくれと最低なことを願いながら癒えるよう言うふりをして彼とずっと一緒にいることを望んだ。きっと、あの美しい子を独り占めにしたかったのだ。
 今日もあの時の思い出が名残惜しいと、ここにいる。旅立てばそう簡単には帰ってこられないだろう。だからいい機会だった。ここ最近は近寄っていなかったから、猶更……。
 思い出に浸ると、目的を忘れるのはよくあることか。その刹那が、実際の時間では長いこともある。
『何してんだ、津波!』
「わっ!?」
 背後からの強襲。ずっしりと乗った肩の重さ。高い声を聞いて誰なのかは理解したが、心臓が大きく跳ねたのは言わずもがな。体に悪い。そのままバランスが崩れ、地面に寝そべるのはすぐのこと。不満げに見上げれば、自分の腹部に座る黄色い生き物と目が合う。
 怒られているなど思ってもいないようで、罪悪感のかけらもない真ん丸な瞳。その瞳を見るだけで、大概のことならついつい許してしまう。そういうアイドル気質が彼らにはあった。
「フリージア……」
『久しぶり! 元気にしてた?』
 一人で森の中へ入ることは少なくなった。故に彼らとの交友は日を追うごとに減っていったが、それでも仲がいいとは思っている。人に慣れにくいとされる彼らがこうして会いに来てくれるのがその証拠だろう。
『何怒ってるの? あ、お腹空いた?』
 地味に長い付き合いだから、言いたいことは何となくわかる。愛称をつけ、それで呼ぶぐらいだ。野生のポケモンにしていいことではないかもしれないが、彼らがそれを許したために甘えてしまっているのが現状だ。
フリージアはカントー地方では可愛いと言われて女の子に人気のあるピカチュウという種族だ。彼らは総じて警戒心が強いらしいが、フリージアはそれが薄い。代わりに信じられないぐらいにデリカシーがなく、他人との距離感が下っ手くそだ。
「アザレアはどうしたの」
 何を言っても基本は無に帰る。必要以上の言葉は飲み込み、フリージアのつがいである子の詳細を問う。短いようで長い付き合いだ。何個も問えば、全く違う返答が来ることは予想できた。
『アザレア? ……? いないの?』
 きょとりと、首をかしげる。愛嬌のある見た目だからこそ可愛いが、中身の性格を知っている身としては素直に可愛いと言えない。むしろそのあざとさが癪に障る。
「置いてきちゃダメでしょ。自分の奥さん」
『違う! ちゃんと一緒にいた!』
 むにーっと弾力のある頬をいじる。されるがままになるフリージアだが、こんなやり取りももうすぐ終わるのかと思うと少し寂しい。
『津波さん……!』
「ん?」
 声が聞こえた方を見ると、奥からピカチュウがやってきた。フリージアよりも小さな体躯、ハートの尻尾。彼の番、アザレアだ。フリージアと違って警戒心が強く、ピカチュウらしいピカチュウだ。恥ずかしがり屋で、フリージアと違って大胆な行動はしない。アザレアは自分にも気兼ねなく近寄らない。それが警戒ではなく、遠慮なのだと気づいたのはつい最近だ。
『あっ、あの、フリージアが……その、ご迷惑おかけしませんでしたか……?』
『何言ってんの? 僕が迷惑かけるわけないじゃん! ねっ、津波!』
 アザレアに駆け寄ったと思えば、すぐに此方にやってくる。同意を求めるようにあざとい声を出すフリージア。なんとなく二人の言いたいことは伝わった。ゆえに、苦く笑う。
「ちょっと驚かされただけだよ。大丈夫だから。アザレア、気にしないで」
 アザレアが申し訳なさそうに顔を歪めるものだから、それをどうにかしたくて、ぐりぐりとぶっきらぼうに撫でた。素直に受け入れられたという事実が、彼らとの仲を再認識させられる。自分も撫でてほしいのか、割って自ら手の中に頭を押し付けるフリージアは例外と言いたい。この子、最初から警戒心なんてなかった。
『でも津波、どうしてここにいるんだ?』
『……! そういえば、今日は津波さん、大事な日じゃなかったですか……?』
 こんな所で道草を食っている場合じゃありませんと、言わんばかりにアザレアが慌てだす。服のすそを引っ張り始めた。方角的に、連れていきたいのはオーキド研究所だろう。アザレアは焦ると普段からは考えられないような大胆なことをする。
「大丈夫だよ、アザレア。落ち着いて」
 やんわりと頭を撫でてやり、口を放すよう訴えかける。すんなりと放してくれたアザレアだが、その瞳は不安げだ。
「オーキド博士からフィールドワークを頼まれたんだ。もう少ししたら帰る予定だけどね」
『ふーん。じゃあ、津波は最初のやつ決めたのか?』
『今回はかなり遅いんですね。集合時間』
 各々感想を言い始める。なんとなくフリージアの此方を小馬鹿にするような態度が気に入らなかったのでちょっかいをかけた。わちゃわちゃと腹部あたりをくすぐってみる。フリージアの大きな笑い声が響く。やりすぎると怒られるので程々に。
「行ってくるよ、二人とも」
『いってらっしゃい、津波』
『いってらっしゃいませ、津波さん』
 二匹の笑顔が眩しい。素直な子たちだ。これから、この子たちを裏切るかもしれないと思うと心が痛かった。今日という日だからこそ、思い出すのだろう。今の今までずっと気に留めなかったというのに。
 自分の性格が、自分の顔つきが。なんとなく、消えた父に似ていると自覚した途端にこの旅が怖くなった。サトシと違って、自分は太陽のような母と似ていない。その事実が、真綿で締め上げるように痛かった。

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