人から人へと伝わる噂は何の悪意もなく捻じれ、歪む。
悪意なく誇張された小さな噂は融合し、新たな噂となる。
新たな噂を民衆が受け入れれば、それは民意となる。
民意を得た噂は真実と成り、噂の根源たる
「オレンジリーグに挑む前にお前を倒す! 悪い奴は倒さなきゃ」
「ふざけんな! 誰がそんなことを云った! 言え、クソガキ! 云って良いことと悪いことがあるってことを教えてやる!!」
ラプラスに、人を襲うように指示を出した犯罪者。……なるほど、誰が流した噂かはなんとなく理解したが、随分と悪意があるように誇張されている。
噂の中に真実が一欠けらほどある。ラプラスが人を傷つけたことは本当だ。倒れる直前に男を噛んだ。僕は倒れたラプラスを捕獲し、ポケモンセンターに運んだ。モンスターボールに入れたことで、トレーナーであると認識されたのか。
牙を持ったラプラスのトレーナーとしてこのポケモンセンターに滞在している。ただ、島の中にいる人たちからそんな噂を聞かなかった事から、この噂は外から来たものだと推測できる。何処まで広がったかはわからないが、噂の撤回は厳しいだろう。
こんな楽しくて、会話が膨らむネタを人々は逃さない。悪人を非難するのは良いことだ。相手が悪人であるのなら、さっさと罪を償わないそいつが悪い。
「すーぅ……」
心の潰し方を理解している。噂の広がり方を見て、初犯という訳でもないだろう。
「純粋なポケモンにそんなことさせる奴が悪い! ポケモンの信頼を踏みにじったソイツに、オレンジリーグにチャレンジする資格なんて無い! 今すぐトレーナーを辞めろ!!」
「表に出ろ、クソガキ。躾が必要なのはお前のほうだ」
ギャンギャンと吼える少年の首根っこを掴み、遠くへ遠くへと連れていく。気遣われているな。
……こんな状態でオレンジリーグに挑戦できるのだろうか? 冤罪だけど、こんな噂が流れている中で挑戦するのは自殺行為に等しい。観客は僕を歓迎しないだろう。犯罪者として徹底的にブーイングをしてくるはずだ。とても孤独な戦いになる。逃げてしまったほうがいい。オーキド博士だってこんな事態想定していなかったはずだ。自体が収まるまで、少し、少しだけ待っていれば……。
「ラプラス……?」
『おい、今の話。本当なのかよ』
いつの間にプールから上がってきたのか。嗚呼、二人が出て行ったガラス戸が開けっ放しだ。そこから首を伸ばしている。明るい場所で、ラプラスを見たのは初めてだな。あの時はランタンの明かりのせいかと思っていたが、違ったらしい。
ラプラスらしくない赤色の瞳が、僕を見る。ラプラスの声に反応した風音が僕の代わりに話をしている。随分と熱を込めているらしく、風音らしくないと思ってしまった。とても必死で、やりきれない怒りがあって、ただ、責めようとしているわけではない。
風音との会話を終えたラプラスが僕の服の袖を加え、力任せに引っ張った。ガタンと、机にぶつかる。プラスチックのコップが音を立てて床に落ちた。お冷が残っていれば床は悲惨なことになっていたな。
「ちょっと、どうしたのさ。なに? 痛いところでもあるの?」
引っ張ることをやめない。どんどん、どんどん、外へと連れ出される。
ズルズルとその巨体を引きずり、ラプラスは先程まで居たプールの中に入った。プール端から離れようとせず、じっと此方を見つめる。
「もしかして、あの場所に帰りたいの……? ジョーイさんから許可が出たら連れて行ってあげるね」
『ちげぇ、コッチだ』
ラプラスは短く鳴き、僕をまた引っ張る。プールの中に落とされるかと思ったが、もっと痛いものにお腹はぶつかった。ラプラスの甲羅だ。位置調整をするように、ラプラスが僕の服を咥えて器用に動かす。伸縮性のある服でよかった。そうでないと破れていたことだろう。
『ちゃんとしてください! マスターが濡れちゃいます!!』
『あ? 濡れねぇだろうが』
『濡れちゃうかもしれないって話をしてるんですよ、話が通じませんね!』
いつの間に仲良くなったのか、風音はラプラスの言葉に応酬している。蚊帳の外の僕。何とか濡れないように頑張りながらラプラスの上で体制を変える。一息ついたとき、ラプラスは僕を乗せてプールの中心部に居た。
「(なんだ、この状況)」
ラプラスは僕が嫌いじゃない……? 人を乗せるということはそれなりに信頼されているということだよね……? 嫌待て。ラプラスは人を乗せることが好きなポケモンだ。つまり、それは……!
「(怪我の反動で
急いでジョーイさんに相談しなくては。プールの中心部にいるとはいえ、跳べない距離じゃない。ラプラスの甲羅を蹴り飛ばしてしまうことだけが心苦しいが、たぶん大丈夫だ。甲羅だもの。
『な、おい、おち……!?』
蹴った衝撃でラプラスが驚いたみたいだ。ただ、着地に失敗すると僕らがずぶ濡れになってしまうので今は足元に注意。
「よ、……っと」
『うわ、わわわ……』
念のために腕の中に移動させた風音の顔が左右を行き来している。……ん? これぐらいの幅ならみんな余裕で飛び越えられるよね?
呆気に取られていた様子のラプラス。ただ、すぐに切り替え僕を睨みつけた。……? 悪いことなんて何もしていないけれど。それとも、甲羅を蹴った衝撃で傷口が悪化したとか……? それなら、一大事だ!
「ラプラス、ちょっと待ってて!!」
『あ? 何言って……! おい! どこ行く気だ!?』
ポケモンセンターに駆け込み、ジョーイさんを呼ぶ。目を白黒させて不思議そうに首を傾げられたので、埒が明かないと手を引いて連れていく。
ジョーイさんの診察を受け入れず、警戒音を発し続けるラプラス。……戻った? やはりこれが正しい反応。僕は何も間違っていなかった!
「怪我の悪化ということもなさそうだし……。それにしても、随分と打ち解けたのね」
「はい?」
打ち解けた? 何を見て言っている……?
「貴方とラプラス。ラプラスが貴方に歩み寄ろうとしているように見えるわ」
指摘されると気になってしまう。ラプラスの方を見ると、照れてしまったのかそっぽを向いてプールの方へと行ってしまう。今まで気づかなかったが、確かに随分と近くまで来てくれていたようだ。僕への警戒心は解けたということだろうか……?
これならばラプラスの移動にそう手間はかからないだろう。モンスターボールも素直に中に入ってくれそうだ。
「ラプラス、怪我の悪化も無いみたいだから、しばらくしたら海に行こうね」
『…………チッ』
不満だったらしく、潜られてしまった。何を思っているのか行動で判断しなければならない。
……やっぱり今すぐ海に行きたかったのだろうか? ダメ元でジョーイさんに聞いてみようか……?
「……?」
にこりと、目が合うと微笑まれた。うん、これはダメそうな感じがする。ラプラス、諦めて。患者はお医者様に勝てないんだよ。
「ここに居たんだな、津波」
「!」
僕を犯罪者呼ばわりした子を〆るとか言って出て行ったが、帰ってきたみたいだ。宣言道理〆たのか、正義感の強い子は肩を捕まれ逃げられないようにされていた。
「現状は最悪だ。正直、俺はやらないほうがいいと思うが……はぁ。やるんだろ、お前は」
「勿論。ここで引き下がると僕が本物の犯罪者みたいじゃないですか」
数日しか共に過ごしていないのに、見抜かれるとは……。そんなにわかりやすい性格をしていたかな? 僕は。なんにせよ、やることは決まっているのだ。
「とりあえず、状況を整理しましょう。少し調べてみるから、津波君は……」
「ラプラス、もう外に出しても大丈夫ですか?」
「え、えぇ。傷はないみたいだから問題はないけれど……」
「それじゃあ、先に外に出してきます。時間が経つと、野次馬が多くなるでしょう」
何か言いたげなジョーイさんだったが、野次馬の件は僕と同じ考えだったらしい。ならば問題はないと、ラプラスにボールを向ける。嫌がられるかと思ったが、すんなりとモンスターボールの中に入ってくれた。これは助かる。
「風音、ちょっと荒れるからしっかり捕まってね」
『は、はい! わかりました、マスター』
帰り道はまだしも、行きは人目につかないほうがいいだろう。獣道すらない崖を下る。コツさえ掴めば下りは普通の道を使うよりもずっと早く下りられる。ガタガタと揺れてしまうのが風音への負担になってしまうのが玉に瑕だが……。
「しばらくこれが続くから、ボールに入ってる?」
『一緒がいいです!』
間髪を入れずに返事が返って来、肩にしがみつかれた。掴まってくれるなら大丈夫かな。滑るように、急斜面を駆け下りた。
Back - INDEX - Next