信念

046
 特別耳が良いと言うわけでもない私の耳にも届く不愉快な声。
 聞こえないと本気で思っているのだろうか?
 それとも、聞こえないふりをしているのを見て、安心しているのか。
   嫌になる。私が何を言ったって結局、変わらないのだけれど。


▼ △ ▼ △ ▼

 オレンジリーグ最初のジムがあるナツカン島。ボンタン島を出発してから三日程時間が経過した。炎李だけで向かっていた場合は更に時間をかけて向かっていただろうから、とても早く着いた。
 個体差なのか、これが氷河ラプラスの普通なのか。目的地の無人島の方角を伝えると迷うことなくグングンと進んでいく氷河。太陽とコンパスを頼りに進むのだと教わったのだが、実践する暇もなくトントン拍子に無人島を経由して行くことができた。
「ありがとう、氷河」
『フン』
 気難しい性格なのか、やることなすこと、そっぽを向かれてしまう。指示には素直に従ってくれるし、名前を呼べば反応してくれるから嫌われてはいないと思うのだけれど……。
「(時間が解決してくれるかなぁ)」
 疾風みたいに、大好きみたいな態度でなくても、炎李ぐらいでいいから仕方なく従っていますみたいな態度をどうにかしてほしい。そう願うのも厚かましいのだろうか。
 ラプラスを持っているトレーナーが珍しいのか。それとも、例の噂のせいか。近くを通っていた人が立ち止まり、観察するように此方を見ている気がした。自意識過剰かもしれないけれど。
『…………』
 見られていることに気づいた氷河が、忌々しそうなものを見るような視線を向ける。ラプラスにしては鋭い視線が更に鋭くなった。気持ちはわかるけれども、勘違いだった時がとても悲しいよ。
 出し続けていてもストレスが溜まるだけだ。確認を取らずにモンスターボールの中に戻すと、不満なのかカタカタとボールが小刻みに揺れた。
「航路を使わないのが珍しいんだろうね」
 なんてわざとらしい言葉で落ち着かせる。納得なんてしていないだろうに、それでも揺れは収まった。ボールベルトに戻し、一旦辺りを見渡す。
「ちょっと待ってね、風音」
『はーい』
 出会って二日は氷河にかみついていた風音も慣れたのか諦めたのか、心のゆとりができたようで何の反応も示さない。喧嘩しないことに越したことはないから指摘はしないが、これから仲良くなってくれるのかとても不安だ。
 ボンタン島で購入したガイドブックを開き、大体の場所を把握する。まずは、ポケモンセンター。炎李と氷河二人の健康チェックなどが目的だ。ジョーイさんの診察が終わって、しばらくしたらジムに挑戦してみよう。
「(町の反応を見て変えるべきかな……? 風音と氷河を一緒にしなければ何とかなるだろうし)」
 考えなければならないことが多すぎる。逃げるのが癪だからとそれを選んだのは僕だ。だから、頑張ろう。

▼ △ ▼ △ ▼

 ポケモンセンターの中に入ると、風音が珍しいのか、それとも僕の格好のせいか。視線が集まった。
「…………」
 好奇心、怒り、戸惑い。わかりやすいのはそんなものだろうか。僕が気にする必要は無い。
 受付のジョーイさんはポケモンセンターの看板としてのプライドか、笑顔を崩しはしなかった。  思ったよりも歓迎されていないな。ただの噂でこうも踊らされるものなのか。内心呆れはするもののニュースで有名人の不祥事を流すようなものだろうか。誰かが失敗したという話は面白いのだ。知らない人であれば傷つかない。悪いことをしたのなら叩いても構わない。当然の権利なのだと言うだろう。
 ポケモンセンターのサービスを受けられるか心配だ。ボンタン島のジョーイさんに書いてもらった手紙が役に立つとは……。予想していたとはいえ、少し寂しいものがある。
「これは……?」
 渡された手紙を不思議そうに見つめるジョーイさん。
「ボンタン島のジョーイさんに書いてもらったものです。……空路、海路で来たのでポケモンたちの健康チェックをお願いします」
「はい。部屋は一番小さなもので大丈夫かしら?」
「大丈夫です」
 預けた〈身分証明書〉が返ってくる。受け取った部屋の鍵には、小さな桃色の貝がストラップとしてつけられていた。こんなものがあるんだとマジマジと見つめていると助手のラッキーが声をかけてきた。
「健康チェック、すぐに出来るの?」
 ロビーの人が多いからすぐには無理だと思っていたけれど。ラッキーは僕の問いに頷き返し、ついてくるように手招きをする。疾風の件だな。とても助かる。もしかしたら、氷河もその中に入っている可能性がある。改めて考えてみると、僕のポケモンって結構特殊枠なんだなぁ……。

 治療室の中でジョーイさんと雑談することができた。手紙の件で概ね此方が冤罪だということを理解して貰えたようで、引き続きポケモンセンターではこの手紙を見せたほうがいいという有無と、風音をしまえない(ボールに戻せない)のなら、せめてトレーナー側の服装を変えたらどうかと提案された。
 オレンジ諸島はカントーと比べると温暖な地域だし、黒は熱を持ち続ける色だから、いっそのこと白い服を着たらどうかと。正直、無駄な努力な気もしたが服の色のことは納得できた。どちらかと言えば単色モノトーンが好きだから、白であれば変えてもいい。備品の補充がてら、僕の服も新調しよう。
「津波君はナツカンジムに挑戦しに来たのよね?」
「はい。厄介な噂さえ無ければすんなり行けると思ったんですが……」
「今すぐ挑戦できる訳じゃないけれど、今夜メールを送ってみるわ。此方でジムの予約ができないか聞いてみましょう」
「ルール違反になりませんか?」
 そう問えば、ジョーイさんは大きくため息を吐き出し、事の重大さを僕に伝える。
「いい? 貴方は他所の子だからイマイチ実感がないのかもしれないけれど、オレンジリーグに挑戦することはとても名誉なことなの。並大抵の子は挑戦しないことを選ぶわ
「……? 挑戦自体は自由では? ボンタン島で特別な手続きもなくすんなりできましたけど……」
 ボンタン島のポケモンセンター内にはオレンジリーグの挑戦者を大々的に募集していた。ポケモンセンターの部屋に備え付けられているテレビも広告の中にオレンジリーグに挑戦するようなことを言っていた。
 ポケモンリーグと違い四つのバッジがあればヘッドリーダーに挑める。実に胆略化されたシステムだと思っていた。ヘッドリーダーに勝利してもカントーのようにチャンピオン交代という訳でもない。名誉トレーナーとしての称号と、記念トロフィーが授与されるだけだ。
 歴史がある小さな大会。カントーでの認識はそういうものだ。だから、態々外から挑戦しようとする者は少ない。〈身分証明書〉に刻まれる栄誉トレーナーとしての称号も世間的にいえばそこまで重要視されない。ポケモンリーグでベスト何位かに入ったほうがよっぽど褒められる。
 ……今から挑戦するものをかなり酷評したが、でもカントーでの認識はそれだった。
「オレンジリーグに挑戦する子たちは、三百年続く歴史と伝統の後継者なの。町ではジムに挑戦している様子は放映されているし、酷い負け方をするとそのトレーナーを陰で虐めることだってあるわ」
「虐めは止められないんですか?」
「何気ない話が人を殺すのよ」
   つまり、今の僕と同じようなものか。
 サザンクロスに挑戦する価値のない者。そんな者たちが映るのは先人たちが築き上げた美しい物語が消えてしまうと。性格が悪い人たちが多いな。閉鎖的な環境だからだろうか。
「しっかりと準備をして挑むのよ。貴方の評判はとても悪い。ジムはその性質上、観客を受け入れなければならない。貴方への直接的な攻撃は無いでしょうが、心無い言葉が飛んでくるわ」
「望むところです」
 赤の他人になんと言われようと構わない。見せつければいいだけだ。
「……。何を言っても止まらないのでしょう。挑戦したい日時はあるかしら?」
「ポケモンたちが十分な休息を取れた後ならいつでも」
「そう。なら、最短でも明後日ね。軽い調整ならしてもいいけれど、本気のバトルはどうなるか保証できないわ」
「わかりました。何から何まで、ありがとうございます」
「仕事ですから」
 誇らしげに笑うジョーイさん。とても、カッコイイ人だ。

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