伝統を守るため今の形式を保っているが、本音を言えば誰でも彼でも受け入れるなんてとんでもないことだ。ジムのバトルの様子を放映するのは金になる。厳選された素晴らしい物語は人々の心を打つ!
だからこそ、我々は挑戦する者を見定めなければならない。
挑戦する価値がないと判断した者はどうなるか……? 我々は何もしない。
ただ、彼らが勝手に潰れ、己の限界に嘆き、高き壁に挑戦しなければ良かったと後悔するだけだ。
ジムの様子が放映されるのなら、服の色を変える必要は無いんじゃ……と、気づいたのは服の購入を終えた後だった。なんだか無駄な買い物をしたような気分になったが、どうせ服は消耗品だ。いつかは買わなければならないもの。それがたまたま、今だっただけだと自分を納得させた。
町中をどうどうと歩いているが、肩に乗っている風音と僕の服装を見た人たちの聞こえる陰口が止まない。ただ、個人経営の店でも商品はちゃんと売ってくれたしそういう線引きはしっかりするらしい。
「(これが長く続くとなると、風音はかなりのストレスだな……)」
実際、ジョーイさんからも指摘されたことだ。外に出続けている風音は常に人目にさらされる。最初のポケモンのように人馴れしていない風音は、噛みつきこそしないものの中身は野生のポケモンに近い。知らない人は嫌で、極力関わりたくない。ついでに見続けられるのも嫌いらしい。町中を歩いている程度ならば問題ないようだったが、今は違う。ちゃんと視られて、非難される。
ボールの中に戻すのが正しい選択しだろうが、風音が嫌がった。だから、ドクターストップがかかるまでと約束させた。本当に気にしないのであればそれはそれで良し。ジョーイさんを騙す技術が上手いのなら僕が見抜くしかない。大変な思いをし続けてきただろう風音の意思を尊重したかった。なんて言うのは風音を使って言い訳をしているだけか。
買い物を終え、ポケモンセンターに戻る。そういえば、オーキド博士にお願いした例の件はどうなったのか。メールを小まめにチェックしておかなければ、多忙な博士の時間を余計に割いてしまう。
〈身分証明書〉を読み込ませ、自分宛のメールを確認する。博士からの返信は無いが、母さんからのメールがあった。何を書くべきだろう。当たり障りのないことを。僕がこんなことに巻き込まれているとしったら、きっと倒れてしまう。そして身近な権力者であるオーキド博士の元に行って何とかできないのかと訴えるはずだ。既に動いてもらっているし、伝える必要はないだろう。色々と端折って、現状を伝えた。
「おい、犯罪者」
〈身分証明書〉を取り出し、鞄の中にしまう。取りにくいようにできる限り奥のほうへと押しやった。
「聞いてんのか? おい! お前だよ!!」
「痛……っ」
『マス……!? きゃ、なに……!!』
無理矢理体を捻られる。逃げないようにする為か、ご丁寧なことに片手に一人ずつ担当がいた。座っていた椅子から力任せに下ろされ、冷たい床にゴツンと膝がつく。話しかけてきた子を見上げる体制になった。
肩の上にいた風音は取り上げられ、見知らぬ子の腕の中にいる。イーブイが物珍しいのか、その子は優越そうな表情で、瞳から光が消えた風音を撫でていた。抵抗しないのは噂が酷い僕への配慮だろうか。我慢させっぱなしだな。気にしなくていいのに。
ボールベルトが小刻みに揺れている。一声かければ誰か出てくるだろう。最悪、手を借りるとして今はどうやって穏便にこれを済ませられるか考えなければ。
「風音、嫌なら暴れていいよ。知らない人に急に抱き上げられるだなんて、マナー違反だ」
反撃したってそこまで酷い罰則はない。むしろ、マナーのなっていない子が責められる。
『で、でも、マスター』
僕を気遣う余裕があるなら大丈夫か。
正直、かるーく暴れてくれたほうが僕としては楽だったけど。これは風音の優しさだから、こんなこと思っちゃいけないね。
「急に人を取り押さえて、何の用です? 話しかけるにしても、もっと言い方があったでしょう」
犯罪者なんて、心当たりはあっても「はいそうです」と答えるわけがない。まぁ、答えないからこそこうして乱暴に話しかけているのだろうけど。
「随分とここは治安が悪いんですね。知りませんでした」
「犯罪者が偉そうに喋るな」
「それに関しては冤罪としか。とりあえず、話してもらえます?」
とても、痛いんですが。そう言うと背中を強く押された。両腕の自由が利かないので顔から落ちるしかない。ゴツンと、顎が冷たい床とぶつかった。鉄の味がする。最悪、舌を噛んだ。
ポケモンセンター内だというのに誰も止めない。ジョーイさんはお仕事中。これは絶体絶命というやつか。舌の痛みもあって喋れず、とりあえずリーダーらしい子を睨みつけた。
「ふん、ざまぁ見ろ。威勢だけがいいからそうなるんだ」
地味に体制がキツいな。起き上がりたいのだが、後ろの子が起こしてはくれない。流石にマズイと思ったのか風音が暴れ、地面に降りる。僕へと伸びる手が、頭上を通り過ぎた。カチャリと、音がする。モンスターボールが抜ける感覚。
「ポケモンがいなきゃ、ジムの挑戦なんかできないよな?」
人のボールに触るな。人を犯罪者呼びしているが、お前のほうがやっていることは犯罪なんだよ! そう、言おうにも舌を噛んだせいか声が出ない。
投げられたボールが青色の光を放つ。中から出てきたのは氷河。よりにもよって、一番派手に暴れそうな氷河だ。出てきた氷河は
自由になった腕をぐるっと回す。地味に痛い膝。足元で風音が心配そうにぐるぐると動いている。誰も登録されていない僕のボールがぽつんと床に落ちていた。氷河を逃がすのは二度目だ。逃がされた感覚というものがあるのだろうか。落ちているボールに鼻先をつけ、自ら捕獲されに行った。
飛ばされた先で信じられないものを見るような視線を向ける。僕らにとっての当たり前だけど、君たちは違うのだろうか? それとも、犯罪者と呼ぶ僕に渋々使われているはずだと思っていたのか。
オレンジリーグは人とポケモンとの絆を見る。だからこそ、僕らの絆が意外だったのだろう。ラプラスを連れた僕がいよいよ恐ろしくなったのか、顔色がとても悪い。だが、僕は彼らにかまっている暇はない。
氷河の入ったボールを拾い上げ、ベルトに戻す。足元にいた風音を抱き上げて、堂々とロビーを歩いた。目指すのは治療室。舌を噛んだのだから、お医者さんに診てもらうのは当然のことだろう。
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