信念

048
 証拠は十分そろっている。
 自分の仕事場でこういう不祥事が起きるのは嫌なものだ。
 皆が安全に、安心して使える病院。ポケモンセンターとはそうあるべきだ。
 まさかここまでするとは予想できなかった。手を出すにせよ、軽く挑発してバトルをし、実力差でわからせるものだと思っていたが……。
 強い正義感か。それとも、自分たちよりも弱いものを見つけたが故の愉悦だろうか。彼らはオレンジリーグ攻略を夢見、そして諦めた者たち。ヘッドリーダーたちに、否を突き付けられ、立ち上がれなくなった子たち。


▼ △ ▼ △ ▼

 ジョーイさんの判断でしばらくできる限り喋るなという指示を頂いた。明日、ナツカンジムに挑戦する予定なのだが、スピード感あるバトルの場合僕は期待には応えられないだろう。喋ることはできるが、瞬くように移り変わる戦いに言葉がついていけない。
「(口の中も薬の味でとてもマズイし……。まぁ、こればっかりは文句を言っても仕方がないのだけれど)」
 小さな部屋なので、全員を外に出すことはできない。便利なことに、モンスターボールの中でもある程度は話ができるのでそれを使用することにした。
「よていどおり、ナツカンジムに ちょうせん するよ」
 痛みを我慢すれば喋れるがしばらく動かしたくないレベルだ。喋らなければ伝わらないと口を動かす。
「ぼくは、ほとんど しじを だせない」
 出せたとしてもこの遅さだ。バトルになる訳がない。
「だから ぼくは、きほん なにもしない」
   ただ、みている。
 君たちの勝利を願って、見ている。それが僕らの絆だと認められるかはわからない。ポケモンが優秀でトレーナーが劣っているとみられるかもしれないが、それならばそれで再挑戦すればいいだけの話。何の問題もない。
「ふたんを かける ことになるね。いやなら、やめよう」
『どうして……、どうして、明日に拘るんですか? マスターのお口の怪我が治ってからでも』
 しょぼんと耳を垂らして、風音が鳴いた。
「しんどい?」
『いいえ』
 自己判断で戦うことが嫌という訳ではない。
「ぼくと、いっしょが いい?」
『できれば』
 不確定な声だ。望んではいるが、僕の判断を尊重している……? そんな感じがする。
「あした が いや?」
『どうして、明日なんですか?』
 嫌そうではないが、不思議そうだ。ただ、掴みはあっているだろう。明日に拘る理由を聞いているのかな?
「いくこと に いみがある から、だよ」
『?』
 僕が気を付ければいいだけの話だけど、行かなければきっとこんなことが何度でもある。でも、それに気づいてほしくはないな。だから、これは内緒の話。僕の中だけで留める。
「しんじて、いるよ きみたちなら かてる って」
 負けたって僕が未熟だっただけ。トレーナーが何もしなかったのだから当然のこと。従えているポケモンがトレーナーに勿体ないほど、優秀なだけ。だから、何も臆することはないんだよ。

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 緊張や口の中の痛みで十分な睡眠をとれないかと思っていたが、そんなことはなく、しっかり眠れた。
 口の中は薬の味でいっぱいだ。正直、とてもマズイ。ゆすいでしまいたいが、我慢をする。
「どんなトレーナーが来るのかと思ってたら……。噂よりもずっと大人しそう」
『案内人の方でしょうか?』
 ナツカンジムはカントーのジムと違って存在感があまり無い。大きな看板もなければ、それらしい案内もない。目的もなければ立ち寄りそうもない島の端にあった。
「話は聞いているわ。アタシがサザンクロス西の星、ナツカンジムのジムリーダーのアツミ!」
「マサラタウン、の 津波 です」
「中へどうぞ」
 すんなりとジムの中へ案内され、ある区間で立ち止まる。
「貴方はどうしてオレンジリーグに出場するの?」
 面接か何かだろうか? もしかして、答え方次第で落とされるとかそういうものはあるのか……? 困ったな、何も考えてきていない。少し考える素振りをした為か、アツミさんが補足した。
「アタシ個人の質問よ。どんな答えでも、公平な審判をすると約束するわ」
「すすめられた、ので」
 きっかけは、それだけ。
 そう答えると、アツミさんは少し意外そうな顔をした。
「そう、そんな理由で……」
 その程度の理由で挑むことがおこがましいのか。それとも、そんな理由で挑む者が珍しいのか。

「改めて、ようこそ! チャレンジャー、津波。歴史あるオレンジリーグへ。アタシがサザンクロス西の星、ナツカンジムのジムリーダーのアツミ」
 同じ挨拶だというのに、二度目はとても重い。ジムの中、観客の前だからということもあるだろうか。まるでポケモンリーグのような圧迫感。たかだかジム。カントーのジムだって、数多というチャレンジャーの戦いをこうも大勢の人間が見ることはないだろう。
 これが、伝統。これが、人に見られるということ。ピリピリとした空気に、風音が落ち着かない様子で辺りを見る。  僕も、ちょっと落ち着かないや。
「アタシが貴方たちに問うのは絆!」
 その言葉とともに、天井が大きな音を立てて開いた。白い雲と、水色の空がいい塩梅で交じり合う美しい空模様。目が眩みそうになる太陽。
「舞台はこの大空! うちの子が見せた通りに貴方は自分のポケモンと飛ぶこと」
 バルーンによって浮かび上がる大きなリング。同時に、アツミさんがボールを投げる。
 途端に湧き上がる歓声。高らかに鳴くピジョットが、サービスだといわんばかりにジム内を一周し、アツミさんの傍に降り立つ。
「お手本はこのピジョットが見せてくれる。さ、貴方たちの絆を見せて頂戴」
「……炎李」
 僕の手持ちで空を飛べる子は一人しかいない。トレーナーによって試練を変えているのだろうか? 皆が皆、空を飛べるポケモンを持っているわけではない。
『ついていけばいいんだろ? 問題ない』
 乗りやすいように炎李が体制を低くする。僕が指示らしい指示をする必要がないのは助かる。訓練した通りにやれば、問題ないはずだ。
「荷物は置いて行ってもいいのよ?」
「これが、ぼくらの たび なので」
 鞄を下げて、肩の上に風音がいる。それが日常なのだと遠回しに伝えると、アツミさんは静かに笑って控えていたピジョットに合図をした。
 飛んだピジョットの後を追う炎李。ゴウゴウと、耳元で風が唸る。思ったよりもリングは小さかった。間近で見た炎李も似たようなことを思っただろうか?
「こわい?」
『まさか。お前こそ、怖気づくなよ』
 鼻で笑うように、答えが返ってくる。

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