信念

049
 何人もの挑戦者を見てきた。
 持っているポケモン、使うことができる技。
 それらに合わせて、試練を与えるのがアタシたちの仕事。
   噂を聞いた。最低なトレーナーがどうしてなんて考えた。
 空を見上げる。リングを潜るたびに、観客がわざとらしくブーイングを起こす。
 彼らは気にすることなく飛ぶ。あの距離だ、聞こえていないのかもしれない。
「……どうして」
 人を乗せて飛ぶのはとても疲れる。ポケモンが気を張るからだ。
 なのに、彼らはあんなにも悠々と飛ぶ。文句のつけようのない、素晴らしい飛行だ。


▼ △ ▼ △ ▼

 思ったよりも長い。ピジョットの後を追いかけて、体感、一時間が経過した気がする。
 炎李は涼しい顔をして飛んでいるが、疲れはたまっているはずだ。炎李は最初から飛べるポケモンではなく、進化によって飛行能力を得たポケモンだ。飛ぶことに関してはまだまだ未熟な点が多い。
「(早く終われ、早く……)」
 一時間程度、普通に飛ぶだけなら余裕だ。しかし、ピジョットの後に続いて、リングをくぐって飛ぶとなるとそれなりに集中力はいるし、見られているということを炎李は気にしているはずだ。疲れているだろう。
『津波』
 力強い羽音が聞こえた。
『余所見、してるのか?』
「(……! 僕が信じないでどうする!!)」
 早く終わってくれと思うのは本当。僕は今まで何を見ていただろう。
 一人、勝手に時間に追われ、旅の姿という割に全然景色を見ていない。余裕があるときはそれらしく。伏せていた体制を起こし、景色を見る。
「あついね、のど かわかない?」
『それは行き過ぎじゃないか……?』
『いつも通りならこんな感じでしょう』
 先導するピジョットが高らかに鳴いた。その場で止まり、じっと此方を見た。静かに下りはじめ、僕らの一つ目のジム試練は合否がよくわからないまま、終わったのだ。

▼ △ ▼ △ ▼

「空はどうだった?」
「あつかった です」
 雲が少ないが故に、太陽光をじかに浴び続けた。炎李が炎タイプということもあり、体感温度はかなり高い。試験じゃなければ水分補給をしていた所だろう。
「いい子ね。どんな態勢でもぶれない。貴方を落とさないようにする気遣いもある」
「くんれん、しました」
 氷河の回復を待つまでの間の訓練が役立った。僕がやったことといえば些細な事だ。炎李が頑張った成果と言える。それが褒められるのはとても誇らしい。
『水を飲め、水を』
 炎李が水筒の入っている部分をぐいぐいと引っ張り始めた。あー、水分補給。そうね、指摘されてたものね。あれだけ飛んでたら汗もかいて、脱水症状で倒れる可能性もあるものね。
「ちょっと、まって ね」
「認めましょう、貴方たちの絆。海は専門家がちゃんといるから大丈夫でしょう」
「!」
 そういってアツミさんが何かを差し出す。……貝殻?
「アタシに認められた証。ナツカンジムのサクラバッジよ」
「これ、ほんもの の、かいがら ですか……?」
「えぇ。オレンジリーグのジムバッジは貝殻を加工して作られたものなの」
 サクラバッジを受け取り、頭を軽く下げる。
「ありがとう ございます。では、ぼくは これで……」
 来た道を辿れば帰れるだろうと思ったが、待ったをかけられた。アツミさん曰く、今日は観客の出入りが凄いから一度控室に行くといいとのことだ。まぁ、ジムから出てすぐ絡まれるのも嫌だし、素直に指示に従った。
 控室に入ると、アツミさんがペットボトルを差し出してくる。未開封のもので、ずっと冷蔵庫の中にあったのかすごく冷たい。
「野暮なファンが引くまで少し時間がかかるわ。どうぞ座って。イーブイも、ずっと一緒にいたでしょう? 楽にしていいわ」
「えっと、……はい」
 楽にしろと言われて素直に楽になれる訳ではないが、風音への水分補給はしたかった所だ。机を動かせば炎李も出せるだろうが、そこまでするわけにもいかないだろう。ボールの中ならば多少は無理が利くので、炎李は外に出てから飲んでもらうことにする。
 鞄の中からポケモン用の白い平皿を取り出し、水を並々と注いだ。飲めなければ流してしまえばいいし、もったいないとは思わない。僕も飲まないと風音が気にするので、歯が痛くなるような冷たい水をごくんと、飲んだ。
「気にしてるのなら、そうね……。貴方たちの話を聞かせて?」
「ぼくたちの、ですか」
「訳アリっていうのは聞いてるけど、アタシたちには何の関係もない。アタシたちが見るのは貴方とポケモンとの関係性」
 文字が付きそうなほど、にっこりと綺麗な笑みを浮かべるアツミさん。どうしてそんな顔をするのかわからず、風音と顔を見合わせた。
「犯罪者だろうが、ポケモンは人に従う」
『は? マスターのこと、悪く言うのは』
 今にも噛みつきそうな風音の胴体を掴み、飛び掛からないようにする。兎のように後ろ足でぴょんと蹴られると脱出されそうだが、風音はそんなお転婆なことはしないと可能性から消す。
「だからね、アタシが認めた所で何も変わらない
 知っている。そんなことは、とっくの昔に。息がしづらくなって、ひゅっと、自分の鋭い呼吸音が耳に残る。
「それでも行くの? 別にここじゃなくたって、選択肢は色々と」
   ああ、そうか。気にかけてくれているのか。ちょっぴりキツイ言葉だって、僕らのための言葉だ。僕は彼女に認められた。だから、心配している……の、かもしれない。
「だって、いやじゃ ないですか」
 逃げたら勝ちじゃない。逃げたら、追わないで次の獲物に手を出す。ただ、それだけ。そんなの僕が気に入らない。
「まけたく ないんです。こんな ささいな ことに」
「(些細……? これが、些細なこと……? 事実無根の噂を流され、観衆には目の敵にされ、ポケモンセンターの中でさえ休まらないかもしれないこの状況を……? 貴方は生活音として受け入れるの?)」
 信じられないようなモノを見るような視線を向けないでほしい。思うならせめて、もう少し隠してくれたっていいじゃないか。風音が不思議そうに僕を見上げた。アツミさんの表情に毒気を抜かれたのだろうか。もう、怒っている感じでもない。

信念
 それは、信じる心。
 揺らぐことなく最期まで信じ込む心。
   子供がしていい眼じゃない。
 あんなに生き急がなくたっていいのに、なぜ……?
 どうして、静かに怒っているの? 自分の名誉を傷つけられたから?
 悪意なき圧力に屈することを恥じたから?
   いいえ、きっと貴方は自分のことは一切考えていない。思っているのはきっと……、


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