四面楚歌

050
 罵詈雑言さえ気にすることなく、高く、高く飛ぶ。
 悠々と飛ぶさまを見て、私は一人妙な確信を得た。
 あれは、どんな嵐が来ても飛びぬく胆力があると。
 目が冴えた。私の瞳は冷え切り、人々をただ見た。
 あんなに高く美しく飛ぶ火竜を、彼らは卑下する。
 我々はいつからあんなにも冷たくなってしまったのか。
 ジムバッジを与えられたトレーナーは我々を見ることなく、自身を乗せて長時間飛びきった火竜をねぎらった。


▼ △ ▼ △ ▼

 人目を避けるような時間帯にジムを出、ポケモンセンターに向かう。ロビーにいる人は皆が備え付けのテレビを見ている。見ると、画面の向こうではアツミさんがジム内を飛び交うディスクを水鉄砲で破壊していた。フィールドも水に代わっていることから、チャレンジャーに合わせて変わっているということがわかる。
「お疲れ様です。良い飛行でしたよ、津波くん」
「ありがとうございます。炎李と風音の診断、お願いします」
『私もですか!? 飛んだのは炎李さんですし、私は行かなくても……』
 離れたくないですと、いうような視線が向けられたが心を鬼にして風音もジョーイさんに預ける。
『ご、護衛が……! マスター一人だと危ないです!!』
「(……多分、別のことで反論したな)」
 昨日のことでも思い出したのだろうか。妙な危機感を植え付けてしまったのかもしれない。
「大丈夫だよ、何かあったら疾風か氷河が出てきてくれるさ」
『うー……』
 氷河は出てこない可能性があるが、事前にお願いしておけば疾風は素直に出てくるだろう。どっちが出てきても目立つのだから、出てくることに関しては気にするべきではない。
「ちょっと見てもらうだけだからすぐだよ」
『……はい』
 駄々をこねても無駄であることを悟った風音は、落ち込み気味ではあるが頷いた。ひらひら手を振って見送り、ロビーにいる人たちの視線を集める備え付けのディスプレイを見上げた。
「(意外と当たってないな)」
 アツミさんが見本として出したタッツーは短く水鉄砲を発射し、空中に放たれたディスクを打ち抜いていた。一方のチャレンジャーといえば、ディスクに充てることはできているが、連続で当てることはできていない。
「(一見すると難しそうには見えないけれど……)」
 水鉄砲の威力コントロールし、最小限の力で結果を出す。見事に鍛え上げられたポケモンは、威力ばかりを重視しすぎているのかディスクを天へと押しやる力はあれど、宙を飛び交う数多のディスクを全て撃ち落とす力はない。
「(傍から見ると、僕らの挑戦も簡単そうに見えたのかな?)」
 長時間飛び続けるというのは疲れる。ただ飛んでいるだけのように見えるが、ほぼ何の準備もなくいつまで目的地もわからず飛ぶというのは疲れる。結果的に二時間程度であったが、それ以上飛び続ける可能性だってあった。
 全て撃ち落とせなかったチャレンジャーにアツミさんは試験の結果を告げた。途端に崩れ落ちるチャレンジャーと、落ち込むポケモン。タッツーを労い、ボールの中へと戻した。
 解説者が高らかに良いところ、悪いところ、もっとこうすればよかったのではないかと興奮冷めやらぬ顔で話し始める。  はて、僕に対してもそういうものがあったのだろうか? 気になるな。ちょっと調べてみよう。ついでに、メールの確認もしよう。

 噂のせいか、僕に対するものは随分と酷い言われようだった。アツミさんの判断を非難することはないが、納得はできないというような顔で悪いところをツラツラと並べる。とってつけたような言いがかりに吹き出してしまいそうになる。
「(ポケモンのことぐらい、褒めてもいいのに)」
 炎李はあんなにも頑張ったのに、僕のせいでその頑張りが認められない。それがとても歯がゆい。高く、高く、炎李が飛ぶ。優美な姿だった。力強く羽ばたく音が聞こえ、機敏な動きでピジョットを追う。
「(僕がまだまだへたくそだな)」
 炎李は涼しい顔をしているが、ボンタン島で手本として見せてもらった彼がピジョットに乗る様とはまるで違う。もっと上手く体を使えば、炎李への負担を減らせるかもしれない。動画を一度止め、自分宛のメールをチェックする。時間を確認し、タイマーをかけて動画を再度流した。
 どうしたら、どうしたら僕はもっとうまくやれるだろう。  失敗ばかりだ。

▼ △ ▼ △ ▼

ジョーイさんに預けていた風音と炎李が帰ってきた。
 怪我もなく、多少の疲労はあったもののゆっくり休めば回復すると言われた。次のジムの目的地は時間を置いて教えられるようで、ポケモンセンター内で待機するよう指示を受けた。特段急ぎの旅ではないものの、長く人の多い町にいるのは休まらない為、早くわからないかなと期待に胸を膨らませる。
 部屋の扉がノックされる。念のために覗き窓を見ると扉の前に立っていたのはラッキー。警戒しすぎてしまったらしい。鍵を開け、部屋の中に招き入れると一枚の手紙を渡された。
「これは……」
『何を貰ったんですか?』
 覗き込んでくる風音にも手紙を見せる。目的を達成したラッキーは扉を開けてよいかと聞くように鳴いた為「ありがとう」と、お礼を言って扉を開けた。本当は見送るべきなのだろうが昨日のロビーの件が思い浮かびすぐに鍵を閉めた。
 これ以上問題ごとが起こると風音たちがポケモンセンター内ですら気を張りそうな為、自己防衛はしっかりと行う。仮に入ってこられたら問答無用でジュンサーさんに突き出してやる。
「次のジムの案内だね。ちょっと待って、今ガイドブックを出すから」
 鞄の中から出したガイドブックで手紙の中に書かれていたネーブル島を探す。ネーブル島の情報を備え付けのメモにざっくりと書き写し、一度ペンを置いた。
「ルートを考えよう」
『はい』
 独り言に近いけれど、風音は答えてくれる。
「ネーブル島に行くためには、どう頑張っても10もある島を経由しないといけなさそう」
『無人島はあるんですか?』
「食料と休憩のことを考えると、もっと時間はかかりそう。炎李と氷河が交互に頑張ってくれているとはいえ、油断すると大変なことになるからね」
 季節によって発生する波の状態なども調べておかなければならない。ある程度候補のルートが絞れたらあとはオレンジ諸島近海の専門家、氷河の出番だ。頭がいいと世間的に評価されるラプラスの氷河は、期待を裏切ることなく頭がいい。……と、いうよりかは声を巧みに使い分ける。
 ボンタン島からナツカン島へのルートの最終決定は僕だが、最適ルートを選び出したのは氷河だ。慎重に間違えないように何度も方位磁石を見ながら進んだ。氷河の進もうとする道は信頼していい。僕のための道だ。
「今日は早めに寝よう。ちょっと早起きして、人がいないうちにパソコンで調べちゃおう」
『深夜にこっそり、はしないんですか?』
「いーのいーの。寝ない子は寝ないから」
 からりと笑って僕は電気のタイマーボタンを押す。ピッという電子音。ベッドの中に潜り込んだ僕を見て、風音も潜り込んでくる。しばらくすれば電気は勝手に消える。もぞもぞといい位置を探す風音がくすぐったい。小さく笑って、息をする。
 いつの間にか視界は暗くなり、僕は眠っていた。

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