四面楚歌

051
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「(珍しい。カントーからの子なんて)」
 難儀な子だ。様々な憶測が飛び交う。
 悪い話しかない。事実を淡々と書き連ねてはいるものの筆者の怒りのようなものがにじみ出ている。
「ま、オレのやることは変わらないか」
 極限の状態に置かれれば人は容易に本性を曝け出す。
 鬼が出るか仏が出るか。  何方が出たとしても、果たすべき役目は変わらない。


▼ △ ▼ △ ▼

 ナツカン島を離れて二日が経過した。天気は穏やかで予想よりも早いペースで移動できている。小さな無人島で休憩を挟みつつ迷子にならないよう気を付けて進む。氷河の甲羅の上で楽な体制も見つけ始めた。
 ラプラスが人を乗せていることが珍しいのか。はたまた、氷河の友達だった子か。定期的に海面に浮上しては水ポケモンたちがちょっかいをかけてくる。いい羽休めの場所だと渡りをしているポッポが警戒心無く氷河の甲羅の上に乗ったことには驚いた。
「(うっとおしそうにする割には、攻撃するわけでもなく、身じろぐことも無いんだよなぁ……)」
 研究者たちには知られていないだけで、ラプラスが野生の世界における何らかの役割を持っているのかもしれない。特に指示をしなくとも、迷うことなく泳ぎ続ける氷河。炎李の場合は一定時間で気にする様子を見せるのだが此方は歴戦の猛者と言わんばかりに勝手にやってきっちり成果を出す。
「氷河、そろそろお昼だから次に見つけた小島で休憩しよう」
 返事こそ無かったが、氷河の首が左右に揺れた。否定されたという感じではない。何かを探しているように見えた。
「(どうやって見分けているんだろ。凹凸すらないこの水平線を)」
 ぐらりと、体が揺れる。
「氷河!?」
 こんなこと初めてだと、大きな声が出る。
「なんで、渦が……! 氷河少し耐えて、炎李と交代し」
『いらねえ』
「氷河……!」
 同意か否定か。氷河が声を出してすぐ、また大きく揺れた。本格的に渦に呑まれれば炎タイプの炎李の力を借りての脱出は困難。最悪、炎李をモンスターボールごと海の中に落とす危険すらある。
「風音、振り落とされないように……!」
『氷河さん、何とかしてください!』
『黙ってろ。これが一番近い』
『は? 待ってください、あなた、まさか……!』
 大きく体が揺れる。甲羅の上に乗っているだけでは振り落とされると、氷河の首にしがみつく。海水が容赦なく服や顔を濡らす。

 どのくらい経過しただろうか。揺れが落ち着き、ずっとしがみついていた氷河の首を放す。かなり強くしがみついていた為、もしかしたら痣になっているかもしれないと、慌てて確認をした。皮膚の変色は見られなかったもののずっとしがみついていたせいか、水タイプ特有のひんやりとした体表が生ぬるく感じた。
「大丈夫? 氷河。焼けてない……?」
『あ? 焼ける……?』
 渦の中を泳ぎ切ったというのに、疲れの色は見えない。隠すのが上手いのか、荒れ狂う海を独りで泳ぎ続けた子だったのか。何方にせよ、僕にできることは彼を労うことだろう。
「ありがとう氷河。あの渦潮の中、良く泳ぎぬいてくれた」
『あれぐらい普通だろうが。褒めんな』
『マスターからの賛美ですよ! 素直に受け取りなさい』
 プイッとそっぽを向かれてしまい、苦く笑う。そんな氷河の態度を窘める風音だが、いつもよりも声に疲れが見える。泳ぎ切った氷河もそうだが、離れないよう、しがみついていた風音も中々大変だっただろう。
「(そういえば、進化、しなかったな……)」
 あんな緊急時だからシャワーズになってもおかしくはないと思っていたが、氷河を信じたのだろうか。仲間になってそんなに経っていないのに命を預けている。……まぁ、それは僕も同じか。移動を任せている氷河と炎李に命を預けている。同時に彼らの命も預かっている。
「(氷河が迷ってないってことは、多分来たことがあるってこと。……なら、一番近い島に向かってくれているはず)」
 島に着いたら、しばらくは休憩だな。島の位置把握もしたいし、できることなら炎李でポケモンセンターのある島に向かいたい。

▼ △ ▼ △ ▼

 氷河が選んだ島は、とても小さな島だった。ズルズルと砂浜に上がった氷河はまるで道案内をするように浮かんだ。ラプラスが浮いた、飛んでいると、一瞬頭が真っ白になったがすぐに意識を取り戻す。
 氷河は結構珍しい技をいくつか覚えており、その中にサイコキネシス≠ェあった。普通のラプラスが覚えるような技ではなく、何らかの影響で覚えたのだろうとは推測していたがこんな使い方をしていたとは。
「(異なるタイプだと使いこなすのは大変って聞くけど……)」
 じっと氷河を見ていることに気付いたのか、氷河の赤紫色の瞳が青白く光った。自身の体が膜に覆われ、次の瞬間襲ってくる浮遊感。
「うわっ」
 態勢を崩したが、サイコキネシス≠ノよって浮いているため左程問題はない。僕が疲れたとでも思ったのか、氷河は僕を背の上に乗せて進み始める。
「疲れてないよ。氷河こそ、大丈夫なの?」
『舐めてんのか、余裕に決まってんだろ』
 威勢のいい返事が返ってくる。ちょっぴり怒らせたみたいだ。
 本気で怒ったわけではないだろうが、話しかけてもちっとも目を合わせてくれない。声も帰ってこないので、少し凹む。
「何処に行くんだろうねー、風音」
『氷河さんも一言二言ぐらい説明して下さってもいいと思うんですけどねー』
「野生の子たちも見当たらないし、本当に無人島なのかな……?」
 森の状態も良さそうなのに、見当たらないなぁと思っていれば空に影がかかる。
「ん……? あれ……?」
 見間違えただろうか。いいや、あれはポッポだった。
「風音、見た?」
『は、はい。見ました。……えっと、マスターは何を驚いているんですか? ポッポなんて、何処にでもいますよね……? 桃色だったので、疾風さんみたいな色違いでしょうか……?』
「ポッポの色違いって確か小麦色っぽい感じで通常の子とそんな変わらないんだよね」
 桃色のポッポなんて初めて見た。氷河のように一部分だけの変色ならわかるのだが、そういった訳でもない。
「カメラでも有ればよかったのに」
 博士に見せたら大喜びだったに違いない。まだ見ぬポケモンの可能性に目を輝かせて、考察し始めるだろう。氷河がある一角で止まった。桃色の木の実をたっぷりとつけた木だ。サイコキネシス≠ナ木の実を取り、食べ始めた。マイペースだなぁと苦く笑いつつも氷河が食べている木の実を観察する。
 一般に出回る〈モモンの実〉ではない。この島特有の木の実なのだろうか……?
「氷河、そんなに美味しいの?」
『さあな』
 問いかけると、試してみろというように氷河が木の実を渡してきた。僕と風音の分。
 食べてみると、ほんのりと甘い。〈モモンの実〉のような甘さを想像していたのだが、色が似ているだけで味は左程似てはいなかった。
「美味しい? かざ……!?」
『はい、美味しいですよ。……? マスター? どうかされました?』
 瞬き、不思議そうに首をかしげる風音。
 落ち着け、夢じゃない。抱き上げた風音は、瞬き声をかけてくる。落ち着け、落ち着け、よく見ろ。本当に変わってるか……?
「風音、いつから君の尻尾。桃色になったの……?」
『へ? 私の尻尾はいつも……!? なんで!? 本当に変わってます……!』
 夢でも勘違いでもなかった。風音の慌てようを見ると、僕らは同じものを見ている。
「氷河は!? 氷河はなんとも……」
『?』
 変わってない。どこも、何も変わっていない。
「どうしよう、毒って訳じゃないだろうし……。僕もちょっと食べちゃった、何か変わってるかな……!?」
『うー……。この色、変な感じがします。私じゃないみたい……』
 慌てていると、何処からかエンジンの音が聞こえた。
「こらー! こんな所で何をしているのー!?」
 ジュンサーさんがやってきた。もしかしたら、風音の尻尾の色についても知っているかもしれない。
「ここは一般人立ち入り禁止の島よ。何処から来たの」
「渦潮に巻き込まれて、ラプラスが頑張って泳いでくれたんです」
「ラプラス……? あら、そのラプラスは……」
 氷河を知っているのだろうか。じっと氷河を見た後、不法侵入ということもあって鋭かった視線がなぜか更に鋭くなった。
「少年、嘘をつくならもっとマシな嘘をつきなさい」
「嘘なんてついてないですけど……」
「ラプラスよ? あの、ラプラスが人を乗せるなんて……。あら、でもどうして貴方、ラプラスの傍にいるの?」
 昔の氷河を知っているということだろうか。なら、氷河との関係を証明すれば、少なくともジュンサーさんが言う嘘は真であったことを証明できるはずだ。
「氷河」
 黙々と木の実を食べ続けていた氷河が、仕方がないと言わんばかりの表情で目を光らせた。サイコキネシス≠セ。
 ふわりと体が浮き、独特な浮遊感とともにすんなりと氷河は僕を背の上に乗せた。  満足か? と、問うような視線があったので「ありがとう」と、いうと仲の良さを証明するためなのか、氷河が新しく木の実を渡してくれた。……僕、これ食べる気はないんだけど。食べなきゃいけないかな。
「そう、君はその子を選んだの」
「信じて貰えますか?」
「信じましょう。何なら、貴方をラプラスがここに連れてきたんでしょうね」
「事故ではなく……?」
 頭のいい氷河が、渦潮を察知できなかったのかと問われれば首をかしげてしまう。
「この島は、ピンカン島と言ってね。この島特有の実である〈ピンカンの実〉が食べたポケモンの色素に影響を及ぼすの」
「風音の尻尾が変わったのは……?」
「〈ピンカンの実〉を食べたのね。大丈夫よ、一つ食べた程度なら時間経過で色素は抜けるわ。何代も食べ続けると、桃色の色素が定着するの」
 なんともまぁ、不思議な木の実だ。とりあえず、風音が不安に思っていたことは一つ解消された。
「良かったね、風音」
『はい! 慣れないんですよね、この色』
「あ、氷河は……。ラプラスは大丈夫なんですか?」
「その子は既に色素が定着しているわ」
「!」
 あんなに食べてしまうと、変わってしまうものなのだろうか。……嫌、通常は代を重ねて定着するのでは……?
「相性が良かったんでしょうね。ラプラス特有の黒い瞳ではなく、君のラプラスの瞳は赤紫マゼンダ。一代だけだろうから、体にまで色素が定着することは無いと思うわ」
 氷河の瞳の色にそんな理由があったとは……。マジマジと見つめていると、見るなというように氷河が帽子のつばを下す。
「わかった、わかった。見ないから、見ないから放して」
『ふん』
 氷河にずらされた帽子の位置を調整し、一息つく。
「仲がいいのね」
「そう見えますか?」
「あら、違うの?」
「仲良くなりたいんですけど、やっぱりまだまだ会話が弾まなくって」
「ラプラスが傍にいると決めた時点で貴方は信頼されているわ。その子、とっても気難しいもの」
 そうなんだろうか……? ついてきた理由も、同情が入っている気がしてならない。
 仲良く見えるだろう。ぎこちなくとも、氷河は氷河なりにギリギリを攻めている。仲良く見えて、それでいて、一線踏み越えないような。微妙な距離感。
 僕はまだ、本当の意味で氷河に認められていない。……そう、思っているのだ。

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