四面楚歌

052
   どうして、お前はそうなんだ。
   どうして、お前は規律を乱す。
 規律。……それを守った結果、テメェは何を得た。
 頭の悪い奴と会話するのは疲れる。コイツは特にそうだ。
 オレのやったことの意味を理解せず、自身の正しさを主張する。
 もういい、うんざりだ。お前は、お前の秩序を守って、犬死しろ。


▼ △ ▼ △ ▼

 ラプラスが現れたのは、島を守る渦潮が珍しくも止んだ時だった。ラプラスという種族の物珍しさ。群れを成していないはぐれ。滅多に外部のポケモンが立ち寄らないこの島でラプラスはひっそりと生活を始めた。
 観察を続けていくうちに、群れを追い出された若い個体ではなく、自らの意思で群れを去った個体だということを理解した。見慣れない色や姿をしたポケモンをこの島のポケモンたちは怖がるというのに、あのラプラスはいともたやすく打ち解け、彼らに仲間として認められた。
 これは祝福するべきことか。島の生態系に新たなものが加わろうとする歴史の一端なのかもしれない。そんな思いで見守った。ただ、ラプラスは此方の思考を読んだのか島に定着したと思ったのはほんの一瞬で、定期的に外へ出た。渦潮なんて気にも留めず、何事にも捕らわれない掴めない雲のように。
   貴方があの子を、氷河と名付けたのはどうしてなのかしらね。まぁ、私には関係のない話か。
 ラプラスとこの島の関係は、あるようで無い。定期的に島に訪れ、島の特産物である〈ピンカンの実〉を食べ続けたラプラスの瞳に変化が訪れた。
 研究者たちがこの目で見ることはないと思っていた一代による色素の定着。部分的ではあるけれど、食べ続ければこれから染まっていくだろう。  桃色のラプラスだなんて、外の人間に知られたら大変なことになる。
 我欲に溺れた人たちに渡すわけにはいかないと、ラプラスにこの島に留まり続けるように言ったわ。結果は見ての通り。ラプラスはその日を境に私たちの目につく所から消えた。居たという痕跡はあれど、顔なんて二度と見たくないというように拒絶された。
 あの子の為を思っての言葉だけれど、あの子はそう思わなかったのでしょう。ただでさえ珍しい牙という特徴を持っていたラプラス。それに加えて、赤紫マゼンダの瞳まで増えたとなれば人は目の色を変えて求めるでしょう。
 この島とこの子の関係はそんな所。あら、驚いたというよりかは信じられないのかしら?
  きっと、同情されたんです」
 同情ごときであのラプラスが人を乗せるだろうか。
「ジュンサーさんは知りませんか? すっごく有名な噂があるんですよ」
 そういう彼の瞳は疲れ切っていた。まるで、悪いことを白状するかのよう。貴方の罪は、精々この島に不法侵入したこと。それも、ラプラスが勝手に連れてきただけだから別に咎めるようなこともない。
 この島のポケモン、生態系、特産物、全て人に口外しないと約束してくれた。悪い子には見えないけれど、何かあるのかしら?
「今、オレンジリーグに挑戦している者の中に、ポケモンを使って人を傷つけた者が混ざっているんです」
 それが本当であれば、ジュンサーとして見過ごせない噂ね。デマであれば巻き込まれたトレーナーはたまったものじゃないでしょう。私は基本的にこの島の外には出ない。だから、島の外のことに関してはかなり疎い。大切な連絡であれば本部から来るけれど、その程度の噂であれば私の耳には入らない。
  それが僕だと言ったら、信じますか?」
 どうでしょうね。力なく笑う貴方がそんなことをできる子だとは思わない。膝の上にいるイーブイが、慰めるようにちょっかいを出し始めた。優しい手つきでイーブイに触れる。イーブイの信頼しきった顔。
   貴方の話が本当であれば、とんだポケモンたらしね。私がそう言えば、彼は外にいるラプラスを見、小さく笑った。
「そう、かもしれませんね」
 ただの噂、というわけでもないようだ。少なくともこの子は噂の一部を受け入れている。仕方のないことだと思っている節がある。
「どうして、オレンジリーグに挑戦し続けるの?」
「負けたくなかったからです」
 意外な答え。
「調べました。僕以外にも似たようなことで潰された子がいる」
 そうなの、島の外は今、そんなにも変わってしまったの。
「こういうのってきっと、名誉棄損っていうんですよね」
 誤魔化すように、茶化すように、明るく、彼は笑った。
「示談金っていくらくらいになるんだろう」
 難しい言葉を知っているのね。……示談で済ませようだなんてお優しいこと。
   ラプラスが貴方の傍にいる理由が何となくわかったわ。
「ただの同情ですよ」
 そう言うから、教えてあげないわ。自分で分からなきゃラプラスだって報われない。
 同情というものもあるでしょう。でも、一番は貴方が死に急ぐように動いたからだわ。人の悪意を、ラプラスはよく理解している。貴方はきっと、ラプラスの為に動いた結果不名誉な称号を得たのでしょう。彼は、自身が受けた恩を忘れない義理堅い子だから。恩人がそんな風に生き急いでいるのを見ていられなかったのね。不器用な子。ほら、今も窓の外からこっちを見てる。
 私が余計なことを言わないように監視しているの。……えぇ、私のほうがこの子より長い付き合いだからね。貴方のことを今はまだ彼よりも理解しているわ。
「そう、なら一つアドバイスをしましょうか」
 戦い抜くと決めた小さな背中の後押しになれば幸い。

四面楚歌
 息苦しくないのだろうか。
 自分の正義を信じて、周りを敵にするという行為が。
 四面楚歌の貴方たちは、貴方たちが思っている以上によく似ているわ。
 考えの違いから、群れという集団から離脱することを選んだラプラス。
 不確かな噂によって自身の品性が陥れられl、戦うことを選んだ貴方。
 似てないかしら? ラプラスのことをあまり知らないと似ているとは言えないか。
 あの子にとって群れは、社会。社会から離脱するということは死を意味する。
 境遇は似ていても、選んだラプラスと、陥れられた貴方。そういう意味では違うわね。
 だから、いい関係になると思っているのよ。なんだかんだ、ラプラスも貴方を大切に思っている。貴方と一緒にいることを選んだ。その行為が、何よりの証明でしょう。


52/110
Back - INDEX - Next

back to top