必然

006
 人に個人差があるように、ポケモンにも差がある。
 人が物に価値をつけたがるように、それをポケモンにもつけた。
 珍しいポケモンと、そうでないポケモン。
 人が持っていない物を持ちたいというのは人間の本質というやつか。
 輝かしい世界の裏側は、ドス黒い闇が広がっているというのはこのことだろう。
 ラジオで流れていた小さな噂話。
 各地を暗躍する秘密結社の存在。  そう、別に出会うことなど珍しくもないのだ。






 かつて、神が舞い降りた地は強い念が込められていた。どんな言葉で表すのが正解だろう。呪い、思い出、純愛、執着。身を焦がすような思いは、簡単にもろい人を壊す。弱いわたしたちはそれを理解できるけれど、強い神になればなるほど、理解できない耐え難いものなのだろう。
 別れを告げたはずなのに、フリージアは津波さんと共に歩く。一緒に行くつもりはないけれど、寂しいのは同じなのだろう。特に変わらない日常の中に現れたあの人は、フリージアにとってはお日様やお星さまみたいにキラキラ輝いて見えたはずだ。
「ちょ、フリージア。重たいって……!」
『あ、ごめん』
 大きな個体ではないが、フリージアが急に頭に飛び乗ろうとすれば焦るのは当然だろう。素直に謝るフリージアだが、ずっと遠くを見た。  あっ、気づいている。
『…………。うん、やっぱり。でも、どうして……?』
 確信を得たフリージアが珍しくブツブツと呟く。
『来ますね。怖くはないんでしょうか……?』
『さぁね……、来るよ!』
 ここは数年前、神が降り立った地。愛おしい愛おしいと思い執着した人の子との思い出を保存するために摂理を燃やした執着の地。怖いと思うのは当然でしょう。私もフリージアも、知っているからこの程度で済んでいるけれど、知らなければ誰もよりたがらない。入っちゃダメな神聖な場所。
「君は……?」
 飛び出してきたのは小さな子。薄汚れていて、小さな傷がいくつもある。怪我をしている子が放っておけないのだろう。恐る恐る近寄り、相手の意識が薄れたところを見計らって確認をしている。肩から下げていたカバンを開き、その中に入れた。
「オーキド博士の所に行かなきゃ……! ごめん、二人とも。僕もう行くよ」
『え、何言ってんの津波! 僕も行く!』
『フリージア……ッ! そんなこと言って、津波さんの迷惑になるわ!!』
 これ以上関わったらダメ。関わったら寂しくなっちゃう。それは迷惑になるでしょう……? そんなことより目先のことを重要視するフリージアは駆け出す。嗚呼、もうしょうがない。彼を理由に駆けるわたしもどうしようもなく悪い子なのだ。





 鞄を大きく揺らさぬよう、気を付けながらも森を走る。向かうはオーキド研究所。ぬかるんだ地面に足を取られ、息が乱れる。立ち止まるようなことは決してしない。オーキド研究所では見かけないポケモン。しかし、テレビで見かけたことがある。種族名は確か……イーブイ。
 カントー地方に生息するポケモンの中でも、野生での個体は極めて稀。空を見上げればポッポがいるが、イーブイはそうはいかない。どれだけ目撃例があった森を歩いても、いない時は居ない。そんな珍しいポケモンだ。
「(怪我をしていた。かなり細かい)」
 間違いなく厄介ごとだ。このイーブイはきっと野生の個体だろう。捕獲しようとした質の悪いトレーナーが近くにいる可能性がある。抵抗できないように痛めつけ、弱り切ったところを確実に捕獲したいのか。そんなことをすれば、捕獲後の関係が目に見えて悪化することも知らず、馬鹿なことをしたものだ。
 オーキド研究所に預ければ、どうとでもなるだろう。オーキド博士は顔が利く。その権力を頼りさえすれば、この厄介ごともどうにかなる。そう思って、走った。  キーィンッ!
「ぐ……っ!」
 声が聞こえると同時に、頭が痛なる。傍にいたフリージアたちも苦しんでいた。何も聞こえていないはずなのに、頭が痛い。何かいる。何かが自分たちを意図して攻撃している。それを見つけるのは、トレーナーである自分の役目だろう。
「上、無差別でいい。10万ボルト!」
 当たるにしろ、回避するにしろこの見えない攻撃は止まるはずだ。二人が電撃を放つとほぼ同時に、頭の痛みも和らいだ気がする。
「二人とも、大丈夫……!?」
『あたま、クラクラする……』
『耳が少し痛いです……』
 警戒を緩めてはいけない。どこに敵がいるのかを察知しなければいけない。このまま、なぶりものにされる気はない。それにしても、人もポケモンも無差別なく攻撃するとは……。随分と掟破りなやつが相手らしい。
「ガキか。大人しくソイツを返してもらおう」
 現れたのは全身黒服の男。黒い仮面とよく目立つ制服は、自らの素顔を隠す。組織単位で動く場合はわかりやすい恰好だ。胸元の真っ赤なRのマーク。どこの団体かは知らないが、ろくな組織でないことは確かだろう。
「誰が渡すか……!」
 質の悪いトレーナーに、傷ついたポケモンを渡すような最低な真似はしない。少しでも情報を引き出すべきかもしれないが、それ以上に時間が惜しい。少しでも早く、イーブイを治療室へ運んであげたかった。
「なら、死ね。クソガキ」
電磁波でんじは!」
 先にルールを破ったのはソッチだ。命がかかった状況で綺麗ごとを守る気はない。指し示したのは黒服の男。指示通りいうことを聞いてくれる二人に感謝しなければいけない。
「くそっ!? ま、待て……!」
 電磁波でんじはは動きを封じる技だ。痺れは時間が解決してくれるが、それによって距離をとることはできる。待てといわれて待つなんてことはしない。全力で逃げる。応援を呼ばれる前に、オーキド研究所に駆け込むことができればコッチの勝ちだ。
「地面に向かって、10万ボルト!」
 姿を現さなかった相手のポケモンは、指示がない限りは動かないらしい。幸運にも恵まれた。土煙を上げ、その隙に行方を眩ませる。
「急ぐよ、研究所まで行けば僕らの勝ちだ」
 研究所にたどり着くまで、二人には協力してもらおう。渡りに船だ。嫌とは言わないだろう。
 目の前で倒れられたから見過ごすのは寝覚めが悪い。ゆえに、この行為は偽善だ。自己満足だ。自分の中の道徳を守るためだけに動いている。目覚めたとき、何処にいてもきっとイーブイこの子は怯えるのだろう。その時、僕は「大丈夫」だと手を差し伸べることはできるだろうか。

6/110
Back - INDEX - Next

back to top