必然

007
 嗚呼、怖い怖い。あの子が怖い。
 怒ったわけでもない。
 暴力を振るったわけでもない。
 そもそも、会話をしたことすらない。
 それでも、とても恐ろしく見えるのだ。
 怖いから、早く消えてくれればいいのに。
 しょんぼりと、小さくなっていく背中。
 罪悪感なんて、湧かなければいいのに。
 嗚呼、怖い怖い。どうしてそう思うのだろう。






 麻痺、毒、眠気。ポケモンの使用する状態異常への耐性訓練は大事だ。しかし、いくら訓練を積んだとしても、回復には多少の時間がかかる。
  くっそ、つっかえねぇな!!」
 上空を飛ぶその場しのぎのポケモン。お前が手を貸さなかったおかげで仕留め損ねたと、恨みがましい視線を向ける。涼しい顔で枝にぶら下がる。手駒が一つしかない現状じゃなければ、こんなヤツ今すぐにでも処分してやるというのに……!
 〈クラボの実〉から作った特製の丸薬がんやくを噛み砕き、唾と一緒に飲み込む。性能を重視しているおかげで、口の中はかなり辛い。ガムシロップが欲しいが、それどころではないと我慢をする。
 しかし、効果は覿面てきめんだ。自然治癒に任せていれば後数分はまともに動けなかっただろう痺れは取れた。どのくらい距離を離されたかはわからないが、首輪をたどっていけばまだ追いつける距離だろう。超音波によって与えた相手への負荷はそう簡単に消えるものではない。吐き気はまだ続いているはずだ。
「(イクスに深手は負わせた。あのガキを始末さえしちまえば、後は簡単だろう)」
 残念なことに、今の俺が持っているポケモンはその場しのぎの代用品のみ。自慢のコレクションは、完膚なきまでに叩き潰された。他でもない、イクスに。
「(逃がす訳にはいかねぇ……。ったく、支部にももっと使えるやつ置けよな)」
 まともな駒が揃わないまま、脱走を許した。首輪があるからと油断し、輸送コストを勝手に軽減しようとした下っ端の責任だ。流石は最高傑作なだけあって、深手を負わせるのが精一杯だった。忌々しい限りだ。ジョウトに遠征した際には手持ちに加えてみるのもいいかもしれない。ガタが来るのは早いらしいが、強い力はそれだけで正義だ。
「あのガキィ……!」
 首輪からの電波を確認したが、かなり距離が開いている。あれだけ頭揺さぶられて、ここまでの距離をとれるのか。予想外だ。このままいけば何処かに逃げ込まれてしまうだろう。そうなってしまった場合は、積みだ。今の俺の手札でできる範疇を超えている。
「行くぞ、ズバット。仕事の時間だ」
 指示さえ出せばすんなりいうことを聞く。考える頭のない奴は嫌いだ。本部に戻ったらぜってぇ処分してやる。
超音波ちょうおんぱだ、獲物を見つけろ」
 超音波ちょうおんぱは便利な技だ。攻撃用の音としても使えるし、探知能力にも優れている。現にこのズバッドはその二種の使い分けができている。教え込まなければこんな使い方をしない。代用品を持っていた男は、まだ弱そうだったがそれなりの期待が込められていたということだろうか。
「(だとしても、俺の知ることじゃねぇな)」
 捜索をしていたズバッドが、首輪の反応とは真逆を行こうとする。さて、どちらを信じるべきか……。首輪は不規則に移動している。まるで空を飛んでいるかのようだ。
「小賢しい」
 直接攻撃が効いているのか、此方の足を引っ張ろうとしている。となれば、思ったよりも離れていない可能性が高い。
「ズバッド、お前は先行しろ。俺は仕込みをしてから向かう。イクスを逃すなよ」
 代用品は甲高い声を出し、飛んでいく。唯一の懸念点は、イクスの首輪が外れていることだ。仮に回復し、目覚めたときに再度戦うとなると今の戦力では心もとない。本部から応援を要求するか……? 嫌、まともな戦力はない。そうなった場合は再度捜索するのが一番か……。
「回復は間に合うか……?」
 〈元気の塊〉げんきのかたまりを与えてはいるが、根性が足りないのか中々起きない。それほどまでに、イクスからの攻撃は強かったということなのか……。





 視界がかすむ。普段の運動量から考えて、この程度のことで体力の限界を迎えるはずがないと分かっていた。
「(……くそっ)」
 目を開けようとすればするほど、視界が白ずんだ。足がどんどん重たくなる。歩く速度が遅くなってきたからか、フリージアの声が聞こえた。
『津波、大丈夫……?』
 一度足を止めると、どっと疲れが襲ってくる。  ピッ、ピッ。
 呼吸を整え、ぐっと足に力を籠めた。  ピッ、ピッ。何かが見えた。否、そんなことはないと目を凝らす。耳を澄ませる。霞んだ視界の中でも確かに見える。ここに在る……!
 肩さげ鞄の中にいるイーブイに触れた。体毛の中に隠されていたぬるい金属。首元のスカーフのような体毛の中に隠された物。手をこまねいている場合ではない。首を締め上げているかのように、指の入る隙間すらない金属。何処かに外すためのコツがあるのか。それとも、物理的に破壊するべきか。
「……見える? ここ」
 近くにいる二人を呼び寄せ、触れている感触を頼りに、指示をする。難なくやり切ってくれるだろうという信頼感があった。
「10万ボルト」
 イーブイが苦しそうな声をあげた。電流が自分の体にも流れてきたが、この程度の痺れであれば動ける。目が冴えるからいいきっかけになった。機械がバグったのか、音を立てて外れた。小さく点滅する光。まだ動いている。
「ごめん、ちょっといいかな?」
 ちょうど、木の上で休んでいた様子のポケモン。  ポッポ。呼べば素直に降りてきてくれる所を見るに、温厚で警戒心がかなり薄い。しかし、ここまですんなり来てくれるのは珍しいこともあるものだ。
 機械をもって森の中を飛び、ある程度時間が経ったら捨ててほしいと頼んでみる。ポッポは不思議そうな顔をしたが素直に了承。機械をもってすぐに飛び立ってくれた。
「さ、僕らも急ごう」
 先程の首輪がまだ生きていれば、囮になってくれるかもしれない。そうでなかったとしても、行方を眩ませることができる。出会うわけにはいかない。次、出会えば最初のような逃亡を許しては貰えないだろう。

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