蟷螂の斧

062
   甘ったるい試練ばかりだ。
 技の制度も、信頼関係も、本物の試練には程遠い。
 認められたお前たちの技量。手の内はすでに晒している。
 情報収集も一つの手段だ。存分に盗め、奪え、学習し続けろ。
 オレが狭き門になってやる。一旦ココで、リタイヤしろ。


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 オレンジリーグ三つ目のジムがあるユズ島までかなり距離がある。またこのジムの試練は決まっており、事前対策が可能になっている。ユズジムではタイプバトルという呼び方で同じタイプのポケモンと戦う。基本的な相性の優劣は無く、挑戦者の事前選択。土壇場での対応を見ると、予想される。
「(ここに来て、明確なバトルの試練)」
 鋭侍という新しい仲間はちょっぴり癖が強い。すりあわせを行いトレーナーのいる戦いというものに慣れて貰い、ついでに鋭侍について色々と知りたいと思っていたけれどいい意味で裏切られた。
 二度目のすりあわせで鋭侍は必要以上に攻めることはなく、回避、受け流し、相手のトレーナーとの読みあいとなる待ちを許容してくれた。ユズ島に向かいながら自主訓練に励む。
「(本当は対人戦が一番いいんだけど……)」
 例の噂が枷になっている。文句の一つもなく従ってくれる仲間に感謝しなければならない。
 恵まれた、本当に恵まれている。四つの島と十を超える無人島を経由し、時間が許す限り前へと進んだ。ユズ島に到着したのはマーコット島を出発して二週間が経過した。

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 ユズ島のポケモンセンターは混雑しており、沢山のポケモントレーナーで埋め尽くされていた。風音たちの健康チェックも通常以上に時間がかかるといわれ、嫌でも人の多さをわからせられる。
 ロビーで皆が帰ってくるのを待っていると、同じように自分のポケモンを待っているであろう子たちの話が聞こえてきた。
「お前、なんでココにいるんだよ」
「いいじゃん、偵察だよ偵察」
「偵察って……お前、まだバッジ1つだろ? 3つ目のここは不釣り合いだろうが」
 ユズ島はジムの中では唯一データベースに情報がある場所。挑戦の資格がなくとも何かしらのおこぼれを狙っているのか、どうせ通らなければならない道だと思ってか、ルールを守っていない。挑戦さえしなければ自由だろうが、ここまでの混雑は挑戦資格のある者たちからすればいい迷惑になりかねない。
「(  嫌、ユズ島は明確にバトルをすることが決まっている。結果的にトレーナーが集まるのは悪いことじゃない)」
 多大な負荷がかかっているポケモンセンターの人員増加を求めたい所だが、そこまでは手が回っていない様子。いつかを期待しよう。
「ねぇ」
 鋭侍の選出は決まっている。タイプの被りを考えるのなら、炎李か疾風の何方かを選ばなければ……。ジムの構造にもよるが、できればこの辺りで疾風を出しておきたい。この旅で人嫌いに拍車がかかっているような気もするが、たぶん、バトルならできるはず……。うん。
「ねえ!」
 となれば、最後は氷河か風音。氷河はネーブルジムで頑張ってくれたから風音だろうか。いつも応援ばかりしていたから、自分が応援される側なのもいい経験だろう。
「君だよ、黒い帽子の!」
 とんとんと、肩を叩かれようやく顔を上げた。目の前に立つ少年。敵意があるようには見えず、では何だろうかと首を傾げた。
「……僕に何か?」
「君、ユズジムに挑戦する子? 冷やかしの子?」
 意外と大きな声で聞くなぁ。冷やかしって……もっと別の言い方があっただろうに。ロビー中の視線が集まり、ガヤガヤとした騒音が一気に静まり返る。
「挑戦資格はあるよ」
「見せて」
「え」
「さっき表でバトルした奴、弱すぎてさ。問い詰めたら案の定、冷やかしのほうでさあ〜」
 ある程度実力のある者と戦いたいということか。オレンジリーグのバッジは明確な強さではない。強さの元となる基礎に趣きを置いている。現時点のバッジに彼が求めるようなものはないような気もするが……。
「これでいい?」
 鞄の中から二つのバッジを取り出す。それを見た彼はニッコリと笑い、頷いた。
「うん! ありがと」
 ニパッと人懐っこい笑みを浮かべ、礼を口にする。言動で少し損をしている子だなぁと思いながらも、鞄の中にバッジを戻した。
「持ってるポケモンのタイプは? ユズジムの挑戦前に肩慣らしをしたいんだ」
「ノーマル、炎、水、氷、虫と飛行かな」
「お、意外と多い」
 この流れだとバトルすることになりそうだなぁ。まぁ、僕も対人戦がしたいと思っていた所だ。丁度いい。
「それじゃあ、炎と……」
「虫か飛行の子はいる?」
「虫タイプの奴なら一匹いるけど」
 ちょうどいいから、一つ条件を付けよう。
「最近仲間になった子なんだ、できればその子を出したい」
「オッケー。そんじゃあ、炎と虫と後は〜……、んー、水かな? 今すぐできそ?」
「ジョーイさんに預けてるから帰ってきたらかな」
「うげ。……どのくらい待ちそー?」
「そうだな、最初に言われた言葉通りだと後二時間くらいは」
「ひえ〜。そんなに待てないよ、退屈すぎる! 虚無期間じゃん! なんで生きてられんの」
 情報収集をしていればそれぐらいの時間はあっという間だろうに。……僕が真面目に言葉を受け止めすぎているのだろうか。
「じゃあ、適当に吹っ掛けて待ってるわ。ポケモンが戻ってきたら裏のバトルフィールドに来て」
「了解。予定以上にかかりそうだったらどうすればいい?」
「そん時はバトルは無し! 俺、明日ユズジムだから! 調整するから来なくていーよ。んじゃ、またな」
 元気よく去っていった子。……なんだか不思議な気分だ。
 そう、ちょっぴり後悔している自分がいる。
「(名前、聞けばよかった……)」

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