蟷螂の斧

063
 野次馬が多い。  神聖なとか、歴史あるとか、そんなものはどうでもいい。
 実力のない奴が、門を潜れなかったヤツに兎に角言って潰そうとしている。
 門まで辿り着いただけ、お前らよりも格上なのにな。どうしてそう威張れる。
 ……珍しいのを連れたヤツが居た。資料にあったな、そうか、そうか。
 お前が例の子供か。


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 攻略法が唯一公開されているジムということもあって、ユズジム内のポケモンセンターの個室は一杯だった。相部屋ならまだ空きがあるらしいが、トラブルの元になるとわかっているため身銭を切ってでも個室を用意するべきだ。
『拙者、もっと上手く動けまするー』
「大丈夫だよ。僕の指示も大雑把だったしね。ホテルだからちょっと声落そうね」
『うぅ……。承知』
 ポケモンセンターで対戦を約束した子とは戦うことはできたが、彼は明日に備えるための軽い準備運動だった為、明日に響く可能性のあることはできず鋭侍としては、攻めても攻めてもスカスカと躱されるじれったいバトルになっていたのだろう。
「(時間の関係で鋭侍以外のバトルはできなかったけど……)」
 できることなら、疾風も外に出しておきたかった。まぁ、パニックになる可能性は否めないし、対戦相手を逆に困らせる結果になったかもしれないが……。
「影分身の対策って鋭侍だけだと難しい?」
『見抜くことまではできますが、先程の場合だと見抜いた後で釣りにされました』
 鋭侍の相手として出てきたモルフォンは影分身≠使用し、鋭侍の周りを取り囲んだ。幾多の分身を瞬時に生み出す影分身≠ヘ敵を翻弄、錯乱するという意味では十分に強力な技だ。落ち着いて見れば、見破れないわけではない。現に鋭侍もモルフォンの影分身≠見破るまではいった。問題は、その後だ。
 本体がいると見抜いた場所に新たな残像を残し、モルフォンは鋭侍の背後に陣取った。バトルフィールドを主観できる僕の立ち位置で明らかに不自然な動きをしていた為、攻撃ではなく回避を優先させたのだが、鋭侍に声は届かず、モルフォンのサイケ光線≠ヘクリーンヒット。
 対戦相手の彼は、この影分身≠フ釣りが上手く機能するのか試したかったらしく、それ以上の反撃を望まないと、鋭侍が一旦怯んだ所でモルフォンをボールの中に戻した。鋭侍としては、いいように翻弄された挙句、一発入れられた末に逃げられたという印象なのだろう。腹立たしくてこの上ないはずだ。
「僕の声、聞こえていた?」
『聞こえてはいたのですが……』
「まだ切り替えは難しいか。うん、そこら辺は慣れだし、僕も考慮しないとね」
 躱すのではなく、回転するように連続切り≠使うよう指示すればまた話は変わっていたのかもしれない。ポケモンが変わるのではなく、自分もポケモンに合わせて変わらなければ……。鋭侍の場合、長くても一年間という短い時間だから、鋭侍よりも僕が変わるように切り替えたほうがいいだろう。
「上手く活かせなくてごめんね、頑張るよ」
『御館様……。拙者も精進いたします』

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 ユズジムでの戦う内容はすでに決定されている。つまり、事前準備が容易い。ユズジムは初めの挑戦こそ素早く挑むことができる一方で、二回目となると話は変わる。挑めない訳ではないが、極端に時間を絞られる。初めの子の穴埋めとして挑むことを許されるのだ。その順番も申し込んだ順ではなく、不規則。噂としては挑戦にこそ失敗したがあと一歩まで迫れた子が優先されるのだとか。
 要はこのジム、敵情視察がとても重要になるジムなのだ。
「(立ち見席だけど、いい場所だな)」
 観客席ではないため、椅子がなく長時間居続けるのは骨が折れる。しかし、この場所はジムリーダーが繰り出すポケモンをよく見えるような位置取りにあった。通常の観客席よりも少し下。バトルフィールドにも普段よりも少し近い。
「これより、オレンジリーグ公認ジム・ユズジムの試練、タイプバトルを行います。試合回数は三回。全てのバトルに勝利してください。ではチャレンジャー、最初のポケモンを出してください。タイプが複合している場合は、リーダー・ディランがタイプを選択します」
「行け、モルフォン!」
 虫・毒のタイプが複合しているモルフォン。ジムリーダー側が出すポケモンのタイプを決定できる。
「(鋭侍を出す場合は、飛行タイプ対策をしなきゃいけないな……)」
 現在、近接の技しか覚えていない鋭侍は一定の距離を取られ攻撃され続けることに弱い。一気に距離を詰める、相手が近づいてきた所に畳みかける等、考えられる対策はあるが全て相手依存に近い行動だ。
「(ストライクというポケモンが空中戦をどれだけ行えるのか……)」
 飛行タイプが複合しているということは、多少は飛べるということ。どのくらい飛べるのか、一定時間頑張って浮遊するのか、落下速度が通常よりも大きく下回っているのか。
 現地にきて、見なければわからない情報が最初から転がり込んできたのは嬉しい誤算だ。
「出撃だ、バタフリー」
 虫・飛行タイプのバタフリー。単純な相性だけ見ればチャレンジャー側のモルフォンが不利だ。……さて、どう捌く?
「先行はチャレンジャー。……では、開始っ!」
「モルフォン、サイケ光線!」
「蝶の舞を使いながら回避」
 畳みかけるような速攻をバタフリーはひらりひらりと技名の通り、踊るように回避していく。蝶の舞≠サの技を使われ続ければ相手の独壇場になってしまう。技が技として成功した場合、特攻・特防・素早さが1ランクあがる。
「金縛り!」
 モルフォンの瞳が怪しく光り、バタフリーがびくりと体を硬直させた。先程まで華麗に舞っていたはずの動きはぎこちなく、たどたどしい。
「畳みかけるぞ、影分身!」
 流石はジムリーダーのバタフリー。影分身≠ノよって取り囲まれても焦りはしない。金縛り≠ノよって普段通りの動きができない中でも堂々と飛び、指示を待っている。
「虫のさざめき」
 バタフリーが自身を取り囲む分身を次々と消していく。本体がどこに居るのか見抜く必要はない。圧倒的な力の暴力。範囲攻撃技を持っている強みを生かしている。
 しかし、あのモルフォンは昨日影分身≠使って奇襲を仕掛けてきた子だ。
「サイケ光線」
 既にバタフリーの背後を取っていたモルフォンがバタフリーに迫る。
「暴風」
 淡々とした声が、やけに耳に残った。
 振り返り、十分に接近したモルフォンに対して至近距離での暴風=B避けられるはずもなく、効果は抜群。しかも、蝶の舞≠ノよって通常時よりもバタフリーの攻撃は強く、素早い。モルフォンの放つサイケ光線≠も飲み込むバタフリーの暴風=Bバトルフィールドは荒れ、砂埃が舞い上がり視界を狭める。  勝敗は決した。
「モルフォン戦闘不能、第一試合はジムリーダー・ディランの勝利となりました」
 避けることもできず、釣られたモルフォンは暴風≠フ直撃によって戦闘不能に。
「(あっけない……)」
 サトシと一緒に見たテレビの中のバトルとは違う。技のぶつかり合いもなく、ただ強いほうが弱いのを押しつぶすかのような一方的なバトル。自分のしたいことをして、相手が自分にとって都合のいい場所に来るのを待っていた。ただ、それだけ。
『あれって昨日の方ですよね……? あの時は綺麗に決まってたのに……』
「対応が慣れてる。似たような戦法を使うチャレンジャーにあたったことがあるのかな……?」
 モルフォンをボールの中に戻した昨日の彼は、悔しそうに唇を噛んだ。モルフォンを倒された時点で、彼がこのジムのバッジを得ることはない。
「チャレンジャー。次のポケモンを出すか、棄権するか、選んでください」
 審判は淡々と告げた。悔しがる彼の心情を考慮することなく、事務的に。これ以上手の内を晒す必要はないと、彼は棄権することを選んだ。
「もったいない」
『……? いい選択だと思いましたけど』
 もったいないな。三回チャンスがあったのに一度の挑戦で諦めてしまうだなんて。自分の手の内なんて最初から晒されているのだから、負けだとしても相手の情報を一つでも持ち帰ろうとすればいいのに。
 自信満々に出したポケモンがあっけなく倒されたせいか。機械的に続けるかと問いかけた審判のせいか。淡々と、事務的にバトルを続けるジムリーダーの圧か。  彼は呆気なく、ジムを背にした。

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