蟷螂の斧

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 会場に溢れかえる罵声。
 品のない人を蔑む悪意の塊の言葉を誰もが当たり前に口にする。
 挑戦者が戦っている時は目立たなかったが、急に出てきた。
「(この中で戦い続けるのは精神的にキツイな……)」
 戦いもしない観客が、夢を掴もうと戦う彼らを貶す権利など無いというのに。


▼ △ ▼ △ ▼

 居心地が悪くなったジムを出る。ジムの受付でどのくらいで挑戦できるのかという予定だけを聞いた。初めて挑む子が優先されるのは本当のようで、基本的には翌日に。挑みたい時間帯次第で明後日に。しっかり準備をして、挑めばいい。
「風音」
『はい』
「相手はバタフリーじゃないけどさ、どう?」
 考えるように目線が少し上へといった。
『……? 意味がよくわかりません』
「モルフォンはよく鍛えられていた子だった。戦うってなると、手ごわい相手だね」
『(  嗚呼、なるほど)』
 風音の目が細くなる。これはプレッシャーになるのだろうか。いいや、僕が信じないでどうする。
「勝つよ、風音」
『はい』
「負ける気で挑むなんて、愚かな真似はしない」
 そう、だから対策をしなくては。情報が足りない。自分たちの中の勝ち筋を作り上げなければならない。
 三連勝しなくてはならないということは、誰が負けてもダメ。中途半端じゃいけない。
 疾風はあの会場でパニックになるかもしれない。人に慣れないといけないだろう。
 風音は僕の声をよく聞いてくれるけれど、その分動き出しが遅くなってしまう。後手に回ることが多い。
 鋭侍は風音とは逆で僕の声を聞かない。野生の頃と同じように一人で戦って一人で勝つ癖がある。
「しばらくこの街に居続けることになるけど、大丈夫そう?」
『それよりもマスターのお財布が心配ですね』
 軽やかに返事を返した風音を見るに、現状に問題はなさそうだ。今後なにかが起きる可能性はあるから、注意しておかなければ。

▼ △ ▼ △ ▼

 この街に思ったよりも長く滞在することになりそうなので、宿をもっと手頃なものに変えた。それこそ、寝て起きる程度で済むような小さなもの。小さな鍵一つでセキュリティの問題とかはありそうだったけれど、そこは室内に疾風を出すことで解決した。
 小さな個室では疾風は大きくて動きづらそうにしていたが、薄い壁を挟んで聞こえる他人の足音に慣れてもらう訓練だと称して護衛もしてもらう。次第に慣れてきたのか、足音程度では動じなくなった。素晴らしい進化だ。
『んー……? おはよぉ、ますたぁ。きょーは何するの?』
「く〜ぁ。……おはよう、疾風。今日もありがと、よく眠れた?」
『ひっきりなしに人が歩いててなんかヤダ』
「あー。今日のバトル、どう? やっぱりやめておく?」
 沢山時間を使って、準備をした。疾風に宿の番を頼んでいる為、時間は午後の一番遅い時に。寝付けていない場合は昼間に寝て取り戻そうという対策だ。
『やだ、ぼくがやるの』
「やる気満々だね」
『ふっふーん。ぼくが一番手だからね!』
 機嫌は悪くない。人前に出るというのに堂々と笑っている。これなら大丈夫だろう。
 この拠点も今日で最後。長いこと顔を見合わせた受付に最後の挨拶をし、鍵を返した。

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