休憩

070
 恐怖の色に飲まれ、立ちすくむ。
 あれだけ力強く意気込んでいた癖に、急に弱気になる。
『はっはっは、は』
 熱に溺れ、熱を怖がり、熱から逃れようとする。
 野火が走る。平常を失い、恐怖心に煽られ逃げ惑う様。
   バッカみたい。
 私ならもっと上手くやる。怖いものなんて呑み込んで、全部、全部。
 怖かったのだと涙を見せて、甘えて、適当に済ませるあの子が嫌い。


▼ △ ▼ △ ▼

 オンナの嫉妬心は怖いな。素直に、そう思った。
 ニドラン♀を戦いの場に出すと決めたバカ弟子を見守っていると、問題点がいくつも湧いてくる。弱点を突かれた瞬間に、一気に使い物にならなくなる様を見るとそこらで捕まえたポッポやコイキングのほうがまだ将来性があるように思えた。  コイキングは化けるしな、ギャラドスに。
「跳んで回避。冷凍ビームで牽制して」
 動きは悪くない。最初のころはバトルに慣れていない動きをしていたが、それも徐々に緩和された。
 ストライクと違ってトレーナーの指示には素直に従う。すり合わせが不十分だった頃はトレーナーの無茶ぶりに振り回されていたが今はそれがなくなり、それなりに戦えるポジションには落ち着いた。
「(ただ、今の状態じゃバトルには出せんな)」
 火を見た瞬間、使い物にならなくなるのは致命的な欠点だ。次いで、体格のいいポケモンは無理。周りを取り囲まれるのもアウト。
 多対一に関してはトレーナーが気を付ければいいだけの話だ。公式戦において、それ程の不利を被る場合は早々ない。体格のいいポケモンに関しても、戦略の一環として引かせればいい。やはり、火を見た瞬間使い物にならなくなるのが致命的だ。
「バカ弟子、バトルよりも欠点を何とかしろ! わかってんだろ」
 十日程、素直に見守っていたが我慢の限界だ。見ないふりをするのもストレスになる。無視し続けられる問題じゃない。ストレスは伝播し、それは心理、身体、行動に影響する。目に見えて落ちているのはイーブイだろう。抑え込んで隠そうとしてはいるが、殺気が隠しきれていない。トレーナーの目に見えない所で起こるパーティ内でのイジメは看過することができない。
 そういう意味で言えば、あのリザードンはいい。安定している。イーブイがイラついていたとしても、ガス抜きをして宥め、パーティの崩壊を遅延させている。あくまで遅延だ。根本の解決には至っていない。
「……んー」
 大きい声が怖いですと言わんばかりに震え始めたニドラン。  うっぜえ。若い頃に何回も出会ったなこんな女。媚びて、自分を弱者だと言いふらして周りを味方にする。典型的に面倒な女だ。特に同性に嫌われる。だからイーブイはあんなにイラついてんのか……?
 バカ弟子もバカ弟子だ。現状に甘えて問題を指摘しない。時間が解決するという答えもアリだった。ただ、お前らが選んだ道はそれじゃ足りん。早急に解決しなきゃいけない問題がある。
「沙月」
 腕の中で震えてるヤツに、バカ弟子は穏やかに接した。
「がんばれる?」
 その言い方は無いだろ。選択肢があるようで無い。
 とろりと目を細め、恍惚の笑みを浮かべたニドランは言われるがままに頷いた。
『はい。わたし、できると思います』
『…………』
   っはあ。バカ弟子、お前、やらかしたな。

▼ △ ▼ △ ▼

 ディランさんが少し引いた様子で誤魔化すような笑みを浮かべている。僕、そんな悪いこと言ったかなと腕の中にいる沙月を見下ろす。頑張るのだと素直に頷いてくれたし、ここは経験を経て進化を狙ってみるのがいいだろう。進化をするとポケモンは変わる。見た目も体格も、時には性格すら。
「ディランさん、相手頼めますか?」
「おー、使えるモンは使ってけ〜」
 そういってディランさんはモンスターボールを一つ投げた。
「昼飯作ってやるから、出来たら終了な」
 からからと笑って、ディランさんは煙草を取り出した。前言撤回して今から手伝おうとした所で、あしらわれているのは目に見えている。これを狙っていたのか……。
「沙月、行くよ?」
 名前を呼べば、風音のように返事が返ってくる。とんと、腕の中から降りて前に立つ。小さな背。ディランさんが相手として選んだポケモンは、プクリン。まんまるな緑色の瞳を光らせ、プクリンは穏やかに笑った。
 その笑みで、先手は譲られているのだと理解した。それを理解した沙月が前に出た。指示一つ飛ばせば先手が打てる。
「毒針」
 無数の毒針を吐き出す沙月の攻撃を、プクリンはふわりと浮いて回避した。そのまま毒針を放ち続ける沙月だが、毒針の勢いのせいか、あと少しで当たるという所で当たらない。風か、それとも沙月の特性故か。
「沙月、止まって」
 プクリンはそれらしい攻撃をしない。サイコキネシス≠使われたら厄介なことになるが、まぁそれも経験かと楽観している。
「跳んで、二度蹴り」
 ふよふよ浮いているプクリンの上を取り、小さな足でプクリンを踏みつける。が、はじき返された。
「(弾力のあるお腹で弾いたのか……! 流石)」
 はじき返された沙月は空中で体制を崩し、それを見逃すほど甘い相手ではない。プクリンの手にエネルギーが集まる。  集中している。崩さなければマズイ……!
「毒針!」
 崩れた体制のまま、沙月が毒針を放つ。ただ、流石はジムリーダーサザンクロスが鍛えたポケモン。並みの攻撃じゃ、その集中力は乱れない。プクリンが腕を大きく振り上げ、沙月に殴りかかる。回避できないと判断し、やってくる痛みを堪える様に沙月がきゅっと目を閉じた。
「飯だ」
 その言葉を皮切りに、プクリンの手は緩んだ。キリッとしていた瞳は落ち着き、身構えていた沙月を温かく迎え入れる。
『…………?』
 プクリンの腕の中で不思議そうな顔をする沙月。オロオロと、答えを求めるように視線が泳ぐ。そんな沙月に、出来上がった食事の方向を指さして答えを示す。
「ご飯できたって。食べられそ?」
『へ、あ、……はい』
 なんだか微妙な反応だな。……お腹、空いてないのかな?

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