休憩

071
 あー……、今すぐ爆発して死んでくれないかな。
 具体的にはそう、今すぐ私の目の前から消え失せて。
 マスターの記憶に残らないような場所で、時間で、全部。
 他人の死を願うことは最低だと思うけれど、相手だってそうでしょ。
 他人わたし一番マスターを奪おうとしてる人のことを心配することなんてしない。


▼ △ ▼ △ ▼

 育ちがいいのか、親のしつけが行き届いているのか。年のわりにはバカ弟子は利口だ。
 やってもらったことには礼を言うし、費用が掛かっているだろうと子供のくせして金の話を始める。流石に食事中にする話ではないと咎めると、食事を終えて一息ついた所で話を蒸し返し始めた。大人の好意には甘えておけといったつもりだったが伝わらなかったらしい。仕方がないのでそれなりの金額を言って引き下がらせた。
「味は?」
「美味しいです」
 いっつもソレだが、嘘はついていない。気に入ったものがあればガキらしく口元を緩めて小さく笑っている。人間の食事もポケモンの食事も一括で引き受ける気だったが、自分のポケモンに関しては気になるようでそれなりに話をしに来た。自分が食うものよりも、ポケモンか。悪くない。
「お前ら、美味いか?」
 素直な声が返ってくる。自分のポケモンも、バカ弟子のポケモンも。声は悪くない。自分の手持ちの好みは把握しているから問題ないが、バカ弟子のポケモンに関してはお互いが手探りな状態だ。
食べ進める速度、食いつき具合。人と違って食に関する嗜好は弱いと聞くが、それでも気になるものは気になる。嫌いな味はとことん食いつきが悪くなるのは目に見えている為、それを避けて食べさせるのが通常ベターだ。
「風音だったか、どうだ?」
 トレーナーに一番近い位置。何なら隣。先程までやや不満げだったが、トレーナーが隣に居て持ち直したか。バカ弟子曰く、好き嫌いはないらしい。強いて言うなら薄味よりも強めに味付けされたものを好む。バッカみたいに苦くしてみたが、本当に顔色が変わらないな。
『?』
「美味しい? 今日はディランさんが準備してくれたんだ」
『はい! 問題ありません』
 流石に吐き出すかと思って、予備を準備していたが要らんらしい。好き嫌いがないとはいえ、ここまでの奴は早々いないがな……。逆にトレーナーが苦労するタイプだ。手っ取り早く好きな味一つが分かればいいのだが。
「(オレが用意した奴だとわかると目に見えて食欲が落ちるな。必要なのは味じゃなくて、誰が準備したか、か……)」
 見てて理解しているつもりだが、相当惚れ込んでんな。トレーナーの冥利みょうりに尽きる。
 食い終わった沙月がバカ弟子の元へやってきた。完食したことを褒めてほしいのか、しきりに鳴いている。オレ達と話していたこともあって、風音の食事はまだ終わっていない。バカ弟子も一度手を止めて、ニドランの相手をした。
「バカ弟子、さっさと喰って午後の移動に備えるぞ」
「はい」
 ニドランの相手を止め、自分のことに戻る。殺意まみれの風音の目が緩んだが、油断は禁物だな。我慢の限界が来たら、やりかねない。

▼ △ ▼ △ ▼

 ディランさんが風音を気にかけている。なんというか、不思議な感じだ。初期のころは渋々受け入れていた風音が、それなりの反応を示すようになった。仲良くなってくれたのはいいことだ。くだんけんで、風音の人嫌いは加速しているだろうし、これはいい傾向だ。
 無人島ということもあって、ポケモンたちはみんな外に出ている。いつものように風音が寝袋の中に入り、それを見た沙月もやってくる。寝袋の中に潜り込んでくる沙月を見、ディランさんが待ったをかけた。
「自殺願望があるのか、バカ弟子」
「?」
「無意識にトレーナー殺しにさせたくないのなら、一緒に寝るな。知ってるだろ、小さくてもニドランの毒針は強力だ」
 寝返りなどを打って、僕が毒針に刺される危険性を示唆している。そんな強い言い方しなくてもいいと思うけれど。
「ごめんね、沙月。ボールの中に入る? 枕元に置こうか?」
 解決策としては間違っているかもしれないけれど、釘を刺された上で強行できる程僕も甘くない。総意として反対の声がやってくるのは目に見えていた。それは結果的に沙月を傷つけることになるし、そんなことはしたくない。しょんぼりと肩を落とした沙月は、首を振って僕らから離れた。誰にも近寄らず、くるりと丸くなる。
「(言い過ぎたって謝んのはちげぇな。もしもたらればの話は不毛だ)」
「おやすみ、沙月。お昼寝は一緒にしようね」
「(多分寝る気はないな。ご機嫌取りか。悪くは無いが……ソッチの対応はどうする?)」

 もぞもぞと、寝袋の中で風音が動く。寝心地が悪いのかなと僕も身じろぎをすれば、ぱちくりと風音と目があった。むんと、何やら不満を訴えている様子で、ただそれを言葉にしない。そこで僕はようやく、風音に我慢を強いていたことに気付いた。沙月が外に出ると、罪悪感とか傷ついた子だから気を些細な変化に気づかなきゃって、思っちゃってたから風音たちにまで気が回らなかったな。
 ただ、風音には申し訳ないけれどもう少しだけ我慢してもらうことになる。
「風音」
 誰にも聞こえないよう、小さく、小さく、囁く。僕の口元に耳がある風音にしか伝わらなければそれでいい。
「進化した子は変わる」
 体格、技、時には性格すら。  進化によって、意識が変化するのだ。
 人が時間をかけてゆっくりと咲かせる花を、ポケモンたちは進化というものを経て瞬く間に変わってしまう。進化を経て変わらないのであれば、沙月は本当に変われないのだ。だから、僕が見切りをつけるとしたらそこだ。
「待てる?」
 意地の悪い質問だ。僕が期待する答えは一つで、風音にそれを強要している。
 待てないって言われたらどうするのか? 考えていない。僕の知っている風音の答えは一つだ。
『ますたーのばかっ』
 か細く、吐き捨てるような風音の声は初めて聴いたかもしれない。誤魔化す様に風音を抱きしめて、目を閉じた。強い抵抗はなく、いつも通り受け入れてくれる風音に甘えて、意識は落ちていった。

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